第十二話 騒乱、追跡、初戦闘
俺とアスの二人は今、全速力で追跡してくる--ヘドロか油汚れのように粘っこくへばりついてくる数多の人々から逃避している真っ最中である。
一見--いや一読したところ、何やら珍妙に感じられる文章。
追う方も追われる方も、双方ともが奇奇怪怪といった具合であろうか。
なればこそ、その大いなる誤解を一糸に至るまで解くところから始めねばなるまい。
✣
「ねぇ、ぐっちゃん! 全部のお店見れたわけじゃないけどさ〜……買い物、す〜っごい楽しかったね〜!」
「へへっ。そうだなっ、アス! 興味深いものも色々と物色できたし、異世界ってのも悪くない……かもしれないな。俺も久々に胸が熱くなったわ」
現世の本屋漁りの快感と似たものを良正はこのダイアスに覚えていた。
--アスは、何を思っているのだろうか……?
彼はやはり、隣の年下少女のことが気になって仕方がなかった。
二人は互いを向き合いながら、広場のベンチであれやこれやと談笑を続ける。
顔を見て話すうち、ふと視線が吸い付くように重なって、それでまた笑う。
そんな温かで平和な時を大事に、大事に過ごしていた。
しかし、それもいつまでも続くわけではない。
「――んじゃ、そろそろ帰るか。ほら、空も黄昏てきてるしな」
「えぇ〜! もう帰っちゃうの〜? なんか……なんかやだな〜」
「んまぁ、正直言って俺もだよ。居られることならまだ居たいし、まだ見ていきたい所もある。でも、遅いと流石のあいつらだって心配する。談話くらいならあっちでもできるよ、メイドさんに紅茶でも淹れてもらってさ。さあ、帰ろう」
また来ればいい、そうアスカに言うようで、己が心に言い聞かせ、王宮への帰路に就こうとした。
そんな時だった。
「ガァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
突如、灰に染りこの街とは趣向のズレた洒落ガラスが一羽、劈く甲高い叫喚。
「――待って、ぐっちゃん。なにか、こっちに向かって来てる! それも……えげつなく大量にっ!!!」
「ああ。そりゃ、あいつのあの様子を見りゃヤバいってことは解る。なにか他に言ってないか」
「ごめん、まだわかんない。あの子も事が事で気が動転してるみたい……」
良正のあいつ、アスカの言うあの子とは上空を旋回しているカラスのことである。
万一の備えがあった方がいい、と街に下りる際に捕まえ手懐けておいたのだ。
カラスには、良正が直々に【無始無終】と【着眼大局】の言霊を付与。
解除までの間、街およびその周辺を空から監視してもらう約束を取り付けていた。
アスカが言うには、その時のカラスは、
「うぃーっす、リョーカイっす! オレ、なんでもやるっすよ! まあ……カワイイ女の子の頼みっすからね!」
と言っていたらしい。
洒落た風貌からは想像もつかないチャラさであった。
何かしら異常があろうとアスカの【特殊能力・花の神】で理解することができる、良正には如才ない誇るべき策に思えたが、彼女の特殊能力の効果は花オンリー。
故に、この策は断念せざるをえない、はずだった。
「え〜、話せるよ〜! 生き物なら、生まれつきね〜!」
と、まさかの展開、生来の力として生き物と対話できるとアスカは説明した。
アスカ風に言うのであれば、『えげつなく度肝を抜かれた』が、役立つ力かつ断念を貫く一本槍となったため、良正はその場でとやかく言うことはなかった。
そんな異常者なアスカいわく、大急ぎで飛来したカラスは、
「ギィヤァァアアアーーーッ!!! ヤバいっすヤバいっす! 禍々しい気が大路北方にウジャウジャあるっす!! アスちゃん、マサさん、早く逃げるっすーっ!!!」
と忠告しながら、二人の上をよろめきながらも懸命に旋回してくれていたらしい。
「「ありがとう、お疲れ様」」
二人は見事役目を全うした彼にそう言うと、言霊を解除し作戦を立て始める。
「その気とやらは、もうすぐそこまで来てるんだよな。なら、一旦隠れとくぞ」
良正はそう言うと、アスカを連れ路地裏の薄暗い細道に入る。
「一旦ここで奴らが来るのを待とう。そこからが本番だ」
周囲の警戒を怠らず、いつ来ても対応できるようにして二人はなにかを静かに待つ。
良正はカラスにかけていた【着眼大局】を自らにかけ、万全の監視体制で。
陽も大分落ち、黄昏時が終わりを告げようとしていた。
そんな時、二人の耳に大勢のドタドタのした足音が割り入る。
「ねぇ、ぐっちゃん。これって--」
「ああ、きっとアレがなにかだ。俺がそこから出て見てくるからアスはこのまま待ってろ」
良正はひょこりと物陰から顔を出すと、その音の鳴る方を遠望する。
細部までをよく見れるようになっている彼の目が捉えたのは――ヒトだった。
異質な狂気と血の気をまとった、ヒトだった――
✣
二人はこの時、初めて遭遇したのだった。
これまで、話の中の一存在に過ぎなかったものに。
“魔”というものに、それに蝕まれたヒトたちに――
その様子にゾッとした良正は、すかさずアスカに【以心伝心】で伝達。
――アス、聞いてるか? こいつはなかなかキツいかもしれない。相手は人間、魔に蝕まれた人間だ。視界を共有とまではいかないが、イメージだけ送るぞ。こんな有様だ
――え〜! 魔、ってあの魔のこと〜? こんなとこで出くわすなんて〜、アスカ信じらんな〜い!
――アス、そんなぶりっ子は今出すな! 後でにしなさい! ……も別によくて。おい、なにか策は思いつくか?
キャピッ、とした彼女の状況にそぐわぬ返しに良正も乗っかりかけるが、この状況ではそんな余裕など作ってはいけないと制する。
良正の脳内機能占有率は、戒めがわずかながら上回っている。
――い〜や〜、それはぐっちゃんの分野でしょ〜? わたしは〜、あくまで実動隊で〜すっ! 策なんてのはずる賢隊長に任せるのだ〜!
に〜っひっひ、と調子のいいことを言うアスカにイラッときたが、今はそれどころではないので、良正は無事王宮に帰ったあと説教することに決めた。
――はァ、わかったよ。策はこっちで考えとくよ。だが一旦、奴らの狙いと行動確認のためにこっから移動するぞ
――よ〜しっ! 作戦おねがいね〜、じゃ〜あ、いっくよ〜!
せ〜の、の合図で細道から抜け、人通りの少ない路地へと走り出す。
瞬間、辺り一帯のヒトの狂気に満ちた眼差しが二人に注がれる。
「ゔわぁぁあああっ! 気ン持ぢわりぃぃいいいっ! アス、急ぐぞッ! 戦闘しようにもここじゃダメだ。どこか広場に移動し終えないといけない」
「お〜よっ! で〜、このヒトたちの狙い、やっぱわたしたちっぽいね〜」
「ああ、ここまで必死に尾けられてるのを見るとそうみたいだ」
彼らは二人の気配を感じ取ってか、どの脇道を通ろうが店裏を通ろうが執拗に追尾。
「チッ。コイツら、割と足速えな。魔ってやつはこんなにも厄介なのか、よッ!!!」
良正はその間近までやってきた彼らを足止めするため、路傍の樽やら酒瓶やら麻袋やらあらゆるものを散乱させながら疾走。
「あ〜う〜。ぐっちゃ〜ん、わたし足疲れた〜」
そんな激動の中、アスカの足の動きは疲労でひどく鈍くなっていった。
いくら一般的量産型女子とは異なっていても、アスカも女子なのだ。
それを見た良正は彼女に手を伸ばすと、その手首を強く引っ張り抱き抱えた。
「――くっ……おい、アス、アスッ! 大丈夫か?」
「う、うん、何とかね。それより、コレなに?」
「なにって。女性を抱き上げる時はこうするものと思ってな」
良正は、女性に関しての情報を人並みと言えるほど持ち合わせていない。
故に、彼の情報は冗談で教えられたり本で得たものが大半である。
そんな彼の知る限り、女性の抱き上げ方は横にして抱き抱えるほかなかった。
――所謂、お姫様だっこというものだった。
「ほ、他にもなにかあったんじゃないかな〜、なんて……」
アスカはかあ〜っと顔をみるみる赤らめ、恥じらいながらボソリと口にした。
が、
「ないな。というか知らんな」
女性に関して昏い良正には通用しなかった。
そんな彼は、アスカの抱き方より現状打破を考えていた。
「とりあえず、大通りからは結構離れたから街人に被害が出ることは心配しないでいい。さてと、ぶちかまして殺るッ――」
今、俺たちが殺らなくて誰が殺る、誰ができる?
だから、ここで俺たちが殺るしかない……ッ!
そんな責任を背にひしひしと感じながら、良正はちょっとした広間に出る瞬間を狙うことにした。
――さあ来い、魔の厄介来訪者ども。お前らは俺たちが滅する




