第十話 前途遼遠、嗚呼教壇
春たけなわの頃となり、日本の皆様はますますご隆盛のことと存じます。
私、鈴木良正はいま、聖龍界という異世界にいます――
【平和主義国ダイアス】
その荒廃しきった旧王宮、もとい現廃墟もどきという劣悪な労働環境下で、奇しくも教鞭を執ることとなっているのです。
職場として、安心安全が保証されているとは言えたものではありませんが、それは施設・設備面だけを考えるからそうなるだけで、総じて言えば一人体制深夜コンビニバイトくらいには落ち着きます。
それでは早速、我等が勇者アスカ陣営の錚々たる面々をご覧にいれましょう!
✣
まず最初、勇者陣営参謀と総合教育係を兼任するのはこの俺、鈴木良正。
主な活動内容は、常に勇者であるアスと行動を、戦闘から日常生活まで共にすること。
――いや、この言い方だと誤解が生じかねん……
しかも、ここで即刻解かれなかった場合、俺は社会的に終わってしまうくらいの大事になろう。
訂正を交えつつ再度説明させて頂くと、ここでの常には『全ての行動において例外なく』ということでは勿論ない。
例えば、風呂や着替え、睡眠のときは別である。
“では、それ以外は一緒か”
そんなこともない、断じてない。
個別に自由時間を持っているので、その時は互いが集団から個となり、日々の労苦から解放され、健やかな時を過ごすことにしている。
――まだ、まともに始まってもいないがな
と、俺の訂正と説明はこの辺で終いにして、次の紹介へと移ろう。
俺とアスを召喚した召喚士たちの長、召喚士長ミスリル・ゴルベール。
四六時中ローブを羽織っているうえフードを被っており、普段はよく容貌も見られない。
しかし、召喚士連中の話によると、灰を集めたようなボサボサ髪に少年のような顔つきをしているらしい。
ある程度の魔法なら言霊で模倣でき、陣を描かず詠唱破棄であっても御茶の子さいさい。
魔法全盛時の専門は霊媒術で、降霊含め霊を操ることに長け、何でも自然に眠る精霊を巧みに操る天才らしい。
――見た目的には死霊術師が一番ピッタリだと思うんだけど……よし、次に行こう。
国王ヨゼフの元御傍付き、宰相シェイルベル・ヘムズ。
頭脳明晰な高身長イケメン、墨染めの艶やかな黒髪を腰元まで伸ばしている。
元々は宮廷で執事をしていたらしく、その縁で御側付きに、果ては宰相にまで任命されたのだとか。
宰相として国を動かす手腕は言わずもがな、執事としても王宮内トップクラス、つまり国内でも。
執事時代には、家事や教育、護衛に至るまで全て言霊ナシでこなしていたと伝説的噂が流れるほどの、天然モノの完璧人間である。
さらに、戦闘において言霊を使うのも珍しく、基本的には体術のみで戦っているとか。
――あ゛あ゛ッ! くそッ、こんな紹介を続けているとイラついてくるので次ッ!
最後、あくまで自衛目的、王宮騎士団長ゼノン=ファスキエル。
猛々しく燃え盛る灼炎の如き短髪に、紅玉のような双眸を持つ。
言霊と剣術の併用、言霊と剣術の融合技・言霊剣を編み出した張本人にしてその頂点に君臨する者。
剣術の名家・ファスキエル家に生まれながら、その才に驕ることなく剣術と言霊の厳しい鍛錬を並行し積み上げ、更なる高みを目指し続けることで頂へと登り詰めた。
――超ーッ絶努力家じゃあないか! 「ゼノン」って名前からして強さは明明白白だし、あと何だか安易に「天才」って使ってる現代を嘆きたくなってくるわ……
と、ここまで説明を受ければ否が応でも解ると思うが、彼ら三人は三者三様、全員が全員浮世離れしている。
俗に言う「超人」という部類の、真に「人知を超えた」者たちなのだ。
俺に付け入る隙間など残されていない、そう思うだろう。
――でも、大丈夫。何故なら俺は、単なる「超人」などではない
ほらまた、すぐそうやって、
「こいつぁあ危険だ、逃げるんだよおお」
とか、
「超人じゃないからどうしようもないな」
とか思ってるんでしょ。
――チッチッチ! 残念ながら、どうしようもあるんだな〜! なぜなら、俺は「超神」なのだから!
おいそこ!
「ああ。いよいよやばいよ、これは」
とか思ったな、今。
この「超神」は「神をも超えた」者という意で、俺にとっての最適解だ。
――だーって、ステータスにも『神に比肩する』とか書いてあったし〜? 「並べた」はもう「超えた」も同然だよね〜っ!
異論は認め……ておいてやろう、一応な。これでも善良な神だからな、超神だけど……
是非、この俺を崇め奉るときには、
「――超神、それは鈴木良正。」
とでも書いておいてくれ、フォントサイズ大きめ影バチバチでな!
✣
さて、本筋に戻そう。
一体何を言いたくて、俺はこの三人を紹介したでしょうか?
そう、この陣営ならあのバカ勇者をまともに教育していけるという事だ。
まあ、「充実の講師陣」的なことをうたう○○塾やら○○ゼミナール、○○予備校と思ってくれていい。
話を端的にまとめると、霊術に体術、剣術、言霊を突き詰め、その頂に鎮座する者たちが集ったのだから、バカ勇者の教育をしてやれないことはないだろうということだ。
となれば、必然的に教師となった俺は教鞭を執りやすいというわけだ。
――では早速、授業を始めるとしよう
✣
「魔法において、魔法陣なしで発動・発生させられるものは言霊でも同様、ってことで良かったですよね?」
自らの学習し取り込んだものに誤りがあるか、適宜確認する。
「えぇ、大体は合っていますねぇ。理論上、その話通りできるはずですよねぇ。言の波は魔力を還元して生まれたものであり、いわば、言霊は魔法と同等ですからねぇ。くふふっ。でもこれがですねぇ、その魔法を構造等々よく理解し、且つ言霊を使いこなせなければ足掻いたところで不可能なんですねぇ」
そんな質問に、彼――ミスリル・ゴルベールはわかりやすく丁寧に説明して返す。
「ん? なんだお前、授業始めるって言ったよな?」
と思っているだろうから補足説明すると、アスが教師を依頼したのはあくまで俺であり、最強三人衆ではない。
したがって、俺が全授業を担当して総合的に教育してやらねばならないのだ。
だとしたら、やれることはただ一つ。 俺が最強三人衆から学びに学んだ成果をアスに教授すること。
流石にまだ至らないことも多くあるが、俺がしっかり理解したものであれば、もっと噛み砕いて学ばせてやることができるという自信はある。
それに、俺たちの元いた世界が同一世界線上で時間軸が一年ずれているだけだとすれば、同一言語使いとして語彙力上昇に一役買える。
そういうことで、まずは俺が三人から授業を受ける段階からスタート。
授業はミスリルの「魔法学と霊術」、次はゼノンの「言霊学と剣術」、最後にシェイルベルの「社会学と体術」というコマのローテーションとなっている。
その授業から学習し、三人衆からの課題にそれぞれ合格したら、晴れて俺の教師生活の幕開けとなる。
ざっと説明し終えたので、続きを――
「つまり、それの不可能を可能にするための魔法学ってことですよね?」
「まぁ、そうなりますねぇ。ところで、どうしてそんなに堅苦しく話しているんですかねぇ? なんだか貴方にこう……堅苦しくされると、会話がしづらくて仕様がないですねぇ……」
部下との会話では全く気にしないのに、ミスリルは俺に敬語を使われるのだけがむず痒いらしい。
「それはお互い様だ。じゃあ、これからは対等にいこうか。俺のことは、よしまさって呼び捨てにしてもらって構わない。そのかし、俺もあんたのことをミスリルって呼び捨てにするかんな!」
「……わかりましたよ、よしまさ。でもですねぇ、完全に敬語をなしにとなると、私にはできかねますねぇ。この口癖も相まって……あぁ、できませんねぇ」
「あ、そか。それなら別に構わない。無理にああしろこうしろなんて言うつもりはないよ。ただ楽にしてくれれば、自分の好きなようにしてくれれば、俺はそれでいいんだ」
俺はミスリルに提案し、ミスリルはそれを許諾した。
――そこまでは良かった
「そう言って貰えるとありがたいですねぇ。ではよしまさ、授業の続きといきましょうかねぇ」
「ああ、そうだな。授業再開して、ちゃっちゃと進めよう。そして、課題合格して教師になってアスに教えて。その後は、ダイアスの魔に蝕まれた人々を救って、そして、そしてっ……でゅふふ、でゅふふふふ、でゅふふふふふふ……」
「よ、よしまさ? 何だか気味が悪いですねぇ。この場合、気色悪いの方が正しいでしょうかねぇ。ほら、何してるんです。早くこちらへ戻ってきてくださいねぇ。ほーら、こっちですよぉ」
「でゅふ、でゅふふふふふふ……そこはああしてぇ、後はこうしてぇ……でゅふふふふふふ……」
俺は妄想暴走悪相錯綜、要するにとち狂ってしまったのだ、またも
「はぁあ……全く仕方ないですねぇ。では、」
――【冷静沈着】
緊急事態に対する厳正な措置として、ミスリルが言霊を発動。
――パァンッ。
凍てつくような優しい音が、俺の心を取り去った。
✣
前回、良正が自己解決して見せたものとは較べようもない言霊の圧、天穿つ銃声にも似た壊音が無意識下の深海まで届く。
この深海も――心海と呼んで差し支えないくらいには――もう良正の行きつけになってきた。
「っと、これで治ってくれてますよねぇ。流石に高位精霊術なんて手荒な真似はしたくはないのでねぇ……おやぁ、目醒めたようですねぇ」
やはり、この手のものは【冷静沈着】だけで対処可能と見える。
「――ん、あぁ、す、すみませんでした。授業中にも関わらず妄想を膨らませ続け、挙句暴走、ご迷惑をおかけしてしまって……」
浮上早々、気勢が制せていないものの、間髪入れず弁明の意を並べ立てる。
「ああっ!」
バッサリ削ぐように最大声量のミスリルが立ち塞がる。
「やりましたねぇ、よしまさぁ……?」
「……!?」
ニチャっとした笑みを零すミスリルに、良正はつい怯んで子犬みたいに萎縮してしまう。
「敬語ですよぉ、け! い! ご!」
再起動した良正の立ち上がりは酷く、未だ読み込みが要旨不明瞭のままに留まっている。
そのため、畏怖の念だけが脳を走り、この場にそぐわぬ言動のミスリルに思わず小刻みに慄く。
「まったくぅ……言い出したのはよしまさだったでしょうにぃ……」
困り顔をしているであろうミスリルの子供じみた『言い出しっぺ』の話題で、更新中の乏しい検索機能に一件ヒットが出てきた。
「ああ、すみません。俺が提案したくせに約束まで破ってしまって……」
「よしまさぁ……また、ですねぇ……」
再警告に脳内思考が順応、引けていた血が流動性を孕み間もなく滾る。
「す、すまん! 授業中だと思うとなんか……ふとした時に出ちまうもんだな……って」
「それはそうかもしれないですねぇ。ふふふっ」
「「ふふっ。ふはははっ。ははははっ……」」
暫時、二人は笑いの世界に包含される要素となり、心ゆくまで倫理の箍の外れる際まで笑い続けた。
良正は自ら滾らせ首をかっ切り、流血淋漓に陥る己が醜態に、ミスリルは良正の敬語と口才さに。
良正はこの時、初めて大笑いする彼を見、彼と心が通った気がした。
それは、ミスリルも同じだったというのはまた別の機会に。
――そして、ここから怒涛の授業ラッシュが始まり、数多の星粒の如き血の雨が降りしきるのだった




