第九話 後出し天使は狡い小悪魔
――これって、『俺TUEEE』ってやつなんじゃね!?!?
ステータスを視認した瞬間、良正の脳内は下愚なる思考に軒並み侵食され、被害は拡大の一途を辿った。
聖龍界に召喚されてからここまで、己にあまねく付随する事象然り、等々の現状理解の術が稀薄だったため、自己愛者を抜きにしても無理もない。
しかし、
「この思考すら、言ってしまえば『俺、客観視して物事を考えられていますよ〜。大丈夫ですよ〜』的なアピールにしかならない、よな……」
と良正は自嘲めいて、脳内思考との対話に付け足していく。
この自嘲は、現在の彼を語るには実に的を射ていた。
事実、良正の脳内は、冷静でいようとする心と浮かれていようとする心、その双方に責め立てられていたのだから。
そんな冷静軍と悦浸り軍は、彼の脳の主導権をめぐり、抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げていた。
所謂、『天使と悪魔のささやき』というやつであろう。
結局、彼の傲慢極まりない意志を以て、辛うじてではあるものの天使に軍配を上げ、悪魔に天罰を下し、遂に潔白で冷静な思考への試行を開始するのだった。
✣
安全地帯をその手に収めた良正は、聖人のように清らかで純な心で、今までの出来事を顧みていた――豪勢な食事の取り払われた卓を巣穴に。
瞑想をする僧のように。
――俺ってば、意外にも目覚めてから今までの間、召喚したやつの長話をずっと聞いたり、バカな女子高生に出会ったり、そいつに無意識のうちに攻撃されたり、時空を遡ったり、腹立ててそいつと戦闘したり、あげく大怪我負わされたり……
よく考えれば考えるほど、結構濃密な量と質のイベントに追われ続けてたんだな
称号装着後のステータスをまともに見られたのだって、ついさっきだ
しかし違うぞ、鈴木良正
こんなところで自惚れてくれるなよ、俺
ステータスの良し悪しなんて、まだ解らないんだからな――
「うんうん、その通り」
適切な判断と自制をし、それに賛同しつつ回顧を終えると、やはり気にせずにはいられなかったのだろうか。
良正は、例の彼女はどこへ行ったかと視線をあちこちに移す。
「あいつ、どこいったんだ……?」
卓の中からその外界を左右、下方眺めるも見当たらない。
――あいつと言えど、流石に食卓に上ったりはしないだろうから……
とすれば、考え得る選択肢はただ一つに限定される。
「へへっ……あいつも幼稚だな。背後にぴったりついて立つことでバレないようにしてんだろッ!」
悪戯がバレて悔しがる彼女の面を何としても拝むため、良正は全力の煽り顔を携えて上方に首を動かす。
「……んん……ッ!? パ、パパッ……!?!? あがッ、いッ……でぇっ……」
しかし、そこに待望の彼女の立ち姿と生足、その上に悔し顔は拝めず、卓の下の暗影で唯一光り輝く聖女の最後の砦が面前で待ち構えていた。
一切合切、予想だにしなかった結果と、図らずして得てしまった大き過ぎる副産物の刺激で情報処理が追いつかず、過熱した良正は天板に後頭部を強打。
が、意識サヨナラホームランとまではならず、一時混濁した程度で済んだ。
自己愛者のセンターは何でも首尾よくこなせるのだ。
「――ってぇ……お、おーい。そんなとこ寝そべって何してんだ……?」
とは言えど、良正も年齢と彼女いない歴を等しく持つ男。
どうにか起き上がって影から這い出るも、痛みと迷いとが混在する中で我を見失いながら、囁き声すら上擦らせ彼女に話しかける。
良正同様ステータスを見ていたと思われる彼女は、抱えるほど大きなはてなマークを頭上に浮かべ、未だ天板を見つめ佇んでいた。
――さっきの音で気づかんのかね、この娘は……
「……ん〜? ああ、お兄さんか〜、なにか〜?」
しばらくしてやっと見られていると気づいたのか、彼女は不思議そうな顔で良正の方を見返す。
「な、何でもな……くもないんだけどさ。はははっ……」
彼女の瞳が深淵を覗こうとしているように感じられ、彼は咄嗟に眼と話題を逸らす。
「むむむ〜っ! 女の子に隠し事とは、感心しないな〜っ!」
彼女の頭上のはてなの隣にびっくりマークが現れる。
このマークたちだが、単にそのような表情や雰囲気と言うだけではない。
実際に普通に、至極当然のように具現化し浮かべている。
当の本人はあまり意識していないのだろうが、二つとも自然と何かしらの言霊で発現させているようだ。
――なんて面白い生き物なんだろう、こいつ
「ははっ、こいつはどうしようもなく馬鹿げた野郎だな……」
心の内での笑いでは抑えきれず、溜息混じりに言うと、
「いまの、わたしに言ってるのかな〜? なら、後で痛い目みせてやるよ〜っ!」
「ひィーッ!? そ、それだけは、本当にそれだけはもう勘弁だァーッ!!!」
バゴォォオオオッ!!!
朗らかな語調とは正反対、歪みある微笑を浮かべパキパキと快音を奏でる彼女の会心の一撃。
「ぎィああァーッ!!! 後でじゃねェのかよーッ!!!」
もー、なーんでこーなったのーッ!!!
良正は喝を、身にも心にも強く深く刻み込まれるのだった。
✣
「と、ところでさっき、ステータス見てたろ?」
殺傷未遂をまたも働いた彼女に全回復を施して頂いた良正は、二つのインパクトで飛び出した本意を思い出し話題を転換する。
「あ〜! あれってステータス、って言うんだ〜! わたし、ゲームとかあんましないからわからんのよね〜」
――まずそこからかよ
斯斯然然。
「で、何となくステータスについてわかったと思うが、何をあんなに考え込んでたんだ?」
「そ〜! え〜っと……それはだね〜、ステータスが良いのか悪いのかピンと来なかったんだよね〜」
――なるほど。こいつもちゃんと悩めるんだな
自分のステータスがよく解らない、良正を悩ますのも正にそれだった。
それも当然。比較対象がなく、基準が解らぬのだから。
「それは丁度いい。実は、俺もそこで困ってたんだ。そこで、提案なんだけど……」
「ふむふむ。い〜ね〜、」
という訳で、二人は互いのステータスを見せ合いっこすることになった。
基本、他人には見えないステータスも承認すれば見せられるらしく、万に一つもないとは思うが、改竄防止のためにも直接見せることとした。
良正は彼女を認めていたが、あの戦闘での鬱憤が溜まったままのため、基準云々よりも『彼女に勝ちさえすればいい』という思考で一杯だった。
彼女に一泡吹かせてやりたい良正は、
――俺ちゃんは称号を装着して、通常出力は二倍、最大出力は一・五倍になったうえ、【特殊能力】だって沢山あるし、それぞれ超絶強力なものなんだぜ
と高を括り、心中でガッツポーズを構えて勝利を確信していた。
「そんじゃ、俺から行くぞ……ドヤァッ!!!」
「……」
「!?」
ステータスのみならず、渾身の『ドヤァ!!!』までも彼女は顔をピクリとも動かさずスルー。
憎たらしく呆けた表情で、ずっと無言を貫いている。
後で確実にコテンパンにやられると理解していても、良正はワンパン食らわせてやりたい衝動に駆られる。
良正にはその顔があたかも、『ほら、殴りかかってみなさい。まあ、かすりもせず私の圧勝で終わるでしょうけどね』とわざと丁寧に伝えることで相手に不快感を与え、情を揺さぶるろうとしているように思えて仕方なかった。
――いかんいかん。彼女を殺人犯にしてはいけない
「……あ、あのー。一応、反応くれますかね?」
ここは、わざと丁寧で来られたのだから、こちらも敢えて同様の手を使うことが大切、と良正は見事な作り笑いを浮かべながら彼女を見つめる。
つまり、『眼には眼を歯には歯を』ということである。
しかし、そのフレーズで彼はあることを思い出す。
――待てよ。あれは確か原典だと、『眼には眼で歯には歯で』と訳せるとかなんとかで、『眼には眼で、歯には歯で償いなさい』って意味になって、報復律ではなく同等の懲罰までに防ぐもの――なんて、世界史のハゲが言ってたな
が、それは、現状に無関係なとてつもなくしょうもない事だった。
そんなタメにならない豆知識なんてクソほどどうでもいい、俺がここで言うべきはただ一つ、と良正は強気でいるためにこの言葉を心の内で思うのであった。
――そう簡単にやられてたまるか、クズがッ!
✣
「――ふ〜ん。な〜んだ、こんなもんか〜! よかった〜!」
間が開いて彼女から返ってきた言葉は、思いがけないものだった。
「んんッ!? えぇ!?!? こ、こんなもの!? しかも、よかった!?」
「じゃ〜あ〜、わたしの番だね〜! ふっ、どやぁ返し〜っ!!!」
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桜羽アスカ
【職業】
伝説の勇者
【称号】
なし→かけだし! 伝説の勇者
※この称号は進化を遂げ、最終的に伝説の勇者となります
【装備】
初期(制服&黒パーカー)→純白のワイシャツ(古龍毛製)、チェックスカート(古龍毛製)、純黒のパーカー(古龍毛製)
【性能】
魔力 なし
言の波 100+0+0→(100+0+5000)×10
・通常出力 6/分→10200×2/分
・最大出力 60/分→47350×1.25/分
魔法耐性 なし→Lv.5
属性耐性
・火 なし→Lv.5
・水 なし→Lv.5
・木 なし→Lv.5
・光 なし→Lv.5
・闇 なし→Lv.5
・天 なし→Lv.5
・地 なし→Lv.5
【特殊能力】
〖勇者〗
言の波の量と回復速度をともに10倍する。また、その通常出力を2倍、最大出力を 1.25倍する。さらに、かの者が逆境を乗り越えんとする時、その力はより絶大なものとなり、世界を崩壊せしめるやもしれない
〖猪突猛進〗
所謂、馬鹿や無謀のこと。故に、実力不問で何者であろうと対峙し、偉業をなすのである
〖花の神〗
可憐な少女の楽しみは、日々愛でている愛らしい花々との会話。他人にとって、これはおかしなことかもしれない。しかし、それは彼女と花々だけの特別な営み。彼女たちだけの禁断の花園、乙女の秘密、なのである
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「何ィィイイイッ!?」
良正は、自分が伝説の勇者ではないと告げられた時以上に声高に驚嘆する。
そう、彼女――桜羽アスカには何かあればこの有様、勇者特権が施行されるのだ。
良正も薄々感じていたが、自分のステータスを見てからは冷静さの保持に必死で、完全に頭から抜けていたらしい。
いや、抜いていたと言う方が正しいだろう。
嘘でもこの俺が彼女を抜いて一番なのだ、良正はそう思っていたかったのだ。
しかし、
――現実はそう甘くない、それが常である
そう思った途端、良正は箍がすっぽり外れてしまった。
数十分前、彼女にキレてしまったときのように。
いや、それとは微かに異なる形で。
「……ば、」
「ば〜?」
「こんなの馬鹿げている。なんだ、なんかしたんだろ」
確かに良正の言う通り、アスカは何をとっても馬鹿げている。
【性能】がとか【特殊能力】とかそういうことではなく。
だが、
「そのなんかをさせないための直接、でしょ〜?」
アスカの核心を突いた的確な一言に良正は苦しめられ、
「うぐぐ……こ、こんなはずじゃ――嗚呼、何故だ。何故なんだ神よぉ! なあ、そこだな! そこに居るんだろ!」
結果、とち狂ってしまった。
ついに、怒りではなく狂いになってしまった。
――もう流石にこれ以上は一生ものの恥になる
良正は狂う思考と、それとはまた違った思考とで並行思考を実践。
暗黒面的存在、ここでは下の名を全て対義語に変え悪誤とでもしよう。
その悪誤から良正は一瞬だけ神経系の奪還に成功、脳から唇へと司令を伝達する。
――【冷静沈着】
ギリギリだが音として発し、詠唱して言霊を行使できた。
そして。
「……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛、戻ったぁぁあああっ!!!」
「な・に・が『戻ったあああぁぁ』なの〜? その前のばか痛々しい茶番劇といい、よしまさずっとうるさ〜い! 少しは静かにできないの〜?」
帰還して興奮気味の良正は、アスカにまたも喝を入れられた。
「何だよ、悪いかよッ! 己に打ち勝ったんだ、こんぐらいいいだろ。てか、さっきも聞いたけど、お前のステータスなんでそんな馬鹿高いんだ、チーター勇者様?」
それに対して、キレながら良正は雰囲気もなく重要な質問をする。
「さ〜ね〜、わかんないけど〜勇者だから!」
当然、その件についてはアスカもわからないようで、ノリで返してくる。
――そんな理由が通るかってんだ、この野郎
そう思ったが、あながち間違いとも言えないのが現状である。
何より、アスカのステータスの伸びを見ると跳ね上がり方が尋常ではない。
その点で言えば、良正も教師になってからステータスが爆上がりしたという事実もある。
「ウザったくて嫌で許せねぇ……けど、俺はお前の教師をしなきゃならないんだよな。タチ悪いぜこの野郎はよ……」
だから、良正はこのように悔しがっておいた。
そうすることで、アスカの自尊心も育つというものだ。
それに、否が応でもこれから良正が教師としてアスカを教えることに変わりはない。
どんなに些細なことでもみっちり教育してやらないといけない。
なにより、彼は彼女の魅力に既に惹き込まれていた。
「タチが悪いと思われてもい〜よっ!」
――だって、わたしはみんなの勇者だから〜! にっひひ〜!
初めて見たその時から見蕩れていた、天使のように可愛らしく、柔和な笑顔。
何としてでも守ってやりたくなる、いつまでも絶やしたくない笑顔。
今後、良正がアスカのことをどんなに憎いと思う時があろうと、怒ってしまったとしても、彼女の笑顔は彼の瞳にダイヤモンドみたいに輝かしく映ることだろう。
――そう、俺は敵わない
頭脳で勝っていようと、身体能力で勝っていようと、今後何があっても良正は敵わないのだ。
彼女には、この、桜羽アスカには。




