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後編

 眼に見えないほどの速さで沖田は、下段、中段、上段に突きを放った。残像が見えるほどの、速さ。それはまるで、三本の刀で同時に突いたと、思わせるほどだった。


 一度の踏み込みで足音が一つしか、しなかった、という逸話まで残るほどに、沖田の三段突きは人間業を超えていた。

 その三段突きが武蔵を狙う。


 眼球が飛び出んばかりに、武蔵は眼を見開いた。

 振り上げていた櫂を上段突きにぶつけ、打ち消した。しかし中段突きと、下段突きが武蔵のみぞおちと、下腹を襲う。


「これであっしの勝ちだぁ――!」


 沖田はみぞおちと、下腹に切っ先が喰いこむ感覚を感じた。感じたと思った。武蔵は笑った。


「見事だ!」


 上段突きを叩き落した、櫂が一気に振り下ろされ、中段突き、下段突きを粉砕したのだ。それと、同時に櫂が真ん中から真っ二つに、折れた。

 櫂の片割れが、宙に舞う。


 沖田の三段突きなど、武蔵には無意味に等しかった。四方から繰り出される槍を自在に避ける、武蔵には三段突きなど効かなかったのだ。

 宙に舞う、櫂の片割れを武蔵は掴んだ。


「強き者よ! おぬしを称え、儂も本気で相手してやるぞ!」


 武蔵は折れた櫂を両手でつかみ取った。

 右手には長い櫂。左手には短い櫂。櫂同士を胸の前で交差させた。


「二刀流」


 極めれば最強と謳われる、二天一流(にてんいちりゅう)開祖、宮本武蔵の真骨頂。右を頭上に、左を真下に構えた武蔵に隙などあろうはずがなかった。


 二刀流、右手に大太刀、左手に小太刀を率いる攻防に優れた流派である。左手の小太刀で相手の剣を受けとめ、右手に構えた大太刀でとどめを刺す。

 応用の幅が広い流派である。


 沖田はすかさず、突きを放った。それを武蔵は左に構えた櫂で抑え込み、右手に持った櫂で沖田の脳天へ振り下ろした。

 沖田はすんでのところで回避する。


 武蔵は深追いしなかった。武蔵にとって攻撃とは防御、防御とは攻撃。まさに二刀流とは攻撃と防御、表裏一体なのだ。


「どうした! そんなもんか! かかってこい! かかって来ないなら、儂から行くぞ!」


 武蔵は踏み込んだ。砂浜に大きなくぼみができるほど、力強い踏み込みだ。左手に持った櫂が、沖田の左腕を襲う。


(この攻撃を受けたら、こんどは右で切りつけられる!)


 沖田は猛烈な速さで理解した。左の櫂を宙返りしてかわした。しかしこんどは右の櫂が沖田を襲う。沖田は菊一文字で櫂を払った。


(重い)


 沖田の足が浮いた。その隙をついて、こんどは左手に持っていた櫂の突きが飛んできた。


「終わりだぁー!」


 武蔵は笑った。しかしまだ終わらなかった。沖田は済んでのところで、体を捻り櫂を避けた。まさに紙一重。


「すばしっこさだけは褒めてやるぞ!」


 武蔵の二刀流が沖田を容赦なく襲った。右から、左から、真上から、真下から、四方八方から沖田を襲った。

 沖田は防ぐことしかできなかった。

 しかしいつまで防げるか、もう長くはもつまい。自分でもそのことが分かっていた。


「どうした! 防いでばかりでは儂には勝てんぞ!」


 武蔵は遊んでいた。この戦いが楽しかったのだ。決着を付けようと思えば、今にでもつけられる。しかしそれをしなかった。

 もっと追い詰めればこいつは強くなる、そのことを武蔵は分かっていた。窮鼠猫を嚙む(きゅうそねこをかむ)ように。


 武蔵は沖田を追い詰めて、追い詰めて追い詰めた。

 武蔵は相手の力を引きだすことが得意だった。自分が指導者に向いていることを自分でも理解していた。


 のちに武蔵は五輪書(ごりんのしょ)という自身の戦闘経験、兵法などを書き記した書物を残すことになる。


(もうだめだぁ……。あっしには到底勝てねぇ相手だ……)


 武蔵の思惑とは反対に、沖田は戦意喪失寸前だった。

 しかし武蔵が次に放った言葉に沖田は激昂した。


「どうした! おぬしに剣を教えた奴も、おまえのような腑抜(ふぬ)けか!」


 沖田は跳ね返す太刀に力を込めた。


「お! 本当のことを云われて怒ったか!」


 沖田は地獄の業火のように怒っていた。自分のことはいくら馬鹿にされても、笑って過ごせる。しかし近藤さんのことを馬鹿にされるのは絶対に許せない! 


 近藤さんは自分を武士にしてくれた人だ。あっしは近藤さんに忠義を尽くす。主人が馬鹿にされて、黙っているのは武士じゃない!


「どうした! おぬしの本気はそんなもんか! そんなんじゃ儂の柔肌に擦り傷ひとつ付けられんぞ!」


 沖田は力任せに菊一文字を振り回した。武蔵は左の櫂だけであしらう。

 沖田のその姿は子供が棒っ切れで、チャンバラごっこをしているのと、何も変わらない。


「そんなもんか、儂を失望させんでくれ。たしか新選組とかいっておったの。それも一番隊だと。つーことはおぬしがその隊で一番強いのか! だったら、新選組などたかが知れておるな」


 沖田の剣にはもう型などなかった。いまの沖田の剣は剣とはいわない、ただの猿が棒っ切れを振り回しているに過ぎなかった。


「何だその剣は、おぬしの師匠はそんな子供の喧嘩を教えたのか」


 沖田の目は血走る。


「あっしのことはいくら馬鹿にしてもかまわねぇ! だが、近藤さんと新選組を馬鹿にすることはだけは許せねぇ!」


「はぁ! おぬしの剣は馬鹿にするにも(あたい)せんわ。つまりおぬしの師匠も馬鹿にするにも値せん!」


 武蔵のその言葉には、何の感情も籠っていなかった。


 武蔵は左の櫂を横に振り、沖田を吹き飛ばす。

 続けて右手の櫂が沖田の横顔を襲った。菊一文字を顔の横に差し込みなんとか受け止めたが、稲妻のように左から右へ吹き飛ばされた。


 沖田の足はもうふらついていた。限界だ。

 これ以上動けない。これが最後になるだろう。泣こうがわめこうが、次ぎで決着がつくことが沖田にも武蔵にも分かった。


 沖田は正眼の構えをとった。目をつむり精神を統一する。波の打ち寄せる音、相手の呼吸が真っ暗な世界に広がった。


「ほう! 構えらしい、構えをやっととりおったのぉー。それじゃあもう仕舞にしようか。小次郎もこんな雑魚を代わりに来させるとは、見損なったわ!」


 刹那、沖田は踏み込んだ。正眼の構えからの突進である。


「甘いわ! 真正面から突っ込んできて儂に勝てると思うたか!」


 二刀流の強さは攻撃ではない。二刀流の強さはその防御力にあった。真正面から切りかかったとしても、容易に防がれてしまう。


 沖田の突きを武蔵は右手に持った櫂で跳ね返した。いや跳ね返したつもりだった。しかし中段の突きを跳ね返した瞬間、上段、下段と刀の残像が飛んできた。


(三段突きか!)


 武蔵は即座に理解し、左手に持った櫂で二段目の突きを払う。


(芸がないの! 一度受けた技は儂にはもう効かんわ!)


 その攻防の刹那、常人には想像もつかない攻防が二人のあいだでは繰り広げられていた。

 武蔵は右手に持った櫂を持ち手を反転させ、逆手持ちを取った。下段に打ち込まれた最後の突きを武蔵は払う。


 続けざめに左に持った櫂を沖田の頭上に振り上げた。


(これで仕舞じゃ!)


 武蔵は見た。


(四段目の突きじゃと!)


 ほんの一瞬気が付くのが遅ければ、武蔵はくし刺しになっていただろう。

 沖田は最後の力を振り絞り、四段突きに進化させた。


(最後にして己の限界を超えよったか! あっぱれじゃ!)


 武蔵は右手に持った櫂を逆手から通常の持ちに切り替え、腹に刺さる寸前の突きを跳ね除けた。

 四方から打ち込まれる槍を自在にかわすことができる武蔵には、四段突きなど無意味だ。


 いや、無意味のように思われた。しかし沖田は己の命と引き換えに、更なる限界を超えた。武蔵の首もとに、五段目の突きが放たれていたのだ。


(なにぃ!)


 防ぎきれない、武蔵は悟った。武蔵は振り上げていた櫂を引っ込め、後方に飛びのく。しかし間に合わない。

 切っ先がゆっくりとのど元に迫る。動きはゆっくり見えるのに、かわすことができない。


 己のおごりが、死を招いたのだ。強き者にとって、おごりこそが最大の敵。そのことを悟ったときには、手遅れだった。


(もはや、これまでか)


 武蔵は覚悟した。最後の最後まで己の真価を隠し目の前の戦いに徹していた沖田の勝利だ。これも儂がこやつを侮ったからじゃ。

 儂もまだまだ、じゃったの。


 そのとき沖田の突きが止まった。武蔵は沖田の突きが止まったことに気付くのに時間がかかった。やっと理解すると、もくもくと怒りが込み上げてきたのだ。


「どうして! とどめを刺さぬ! これは真剣勝負! 生きるか死ぬかの駆け引きぞ! 手を抜くなど冒瀆(ぼうとく)以外の何物でもない!」


 そのとき武蔵の口が止まった。


「おぬし……」


 沖田の口角を、紅糸(こうし)のような一筋の線が伝い落ちていたのだ。


「病を抱えておったのか?」


 沖田はこの戦いの無理がたたったのだ。持病の労咳(ろうがい)が沖田を蝕んば。

 沖田から光りあふれ出た。

 蛍の光のような淡い、光が沖田から発せられ空に舞い上がる。つま先から順に沖田は消えてゆく。


「もう終わりのようじゃな。馬鹿にしてすまなかった。おぬしは強い。おぬしの仲間らも、さぞ強かろう」


 武蔵のその言葉を聞き、沖田はうなずいた。

 沖田は菊一文字を鞘に納め、そして腰から鞘ごと菊一文字を引き抜き、武蔵に投げた。


「その菊一文字則宗(のりむね)をあなたに遣って欲しい」


 武蔵は渡された、菊一文字を眺めまわし、一瞬見惚れていた。


「待て! その刀はおぬしのものじゃ」


 そういった沖田は色白の顔をほころばせ、女のように微笑んだ。淡い光が沖田を包み込み、天に舞い上がった。

 いままで沖田が立っていた場所には誰もいなくなっていた。


(狐に化かされたのか)


 武蔵はしばらく考えあぐねていたが、あの戦いは、あの沖田という者は実在したことは間違いない。


 武蔵は菊一文字の柄をにぎり、刀身を出した。怪しく輝く波紋のなかには確かに沖田の、魂が宿っているように感じられた。


「新選組の沖田総司か……あ奴は強い。儂の負けじゃ」


 そう高らかに笑った。

 武蔵は沖田から受け継いだ、菊一文字則宗を後世大切にした。武蔵は数々の愛刀を持っていたという、その中の一刀に菊一文字則宗がないとも限らないのだ――。

これは、楽しかった。いつもは暗い物語ばかり書いているもので、こういう妄想を膨らませて書くのは楽しかったです。


これは作者の妄想ですので、実際にどちらが強かったかは分かりません。作者的には狭い場所だったら、沖田が有利だったと思うし、巌流島のような広い場所だったら、武蔵が有利だったと思います。


フィールドも大きく左右しますよね。闘わせてみたい武将や偉人が、沢山いてワクワクします。こういう話は、書くのも読むのも楽しいですよね(笑)。ありがとうございました。

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