2話 退屈な日々の終わり
拓也の住む"流華町"は三方を山に囲まれた港町である。
隣町に向かうには山を越える必要があるが、流華町自体がそれなりに栄えた町のため、十二分に住み心地のいい場所であるといえる。
拓也の両親も子供のころからこの町に住んでいたらしいが、拓也にはどこか窮屈に感じる場所ではあった。
ある種、隔離された環境であるため、学校も小中高一貫で同級生メンバーに変わり映えしないことも、拓也が窮屈に感じる理由の一つなのかもしれない。とはいえ、拓也自身が率先して人と関わりにいくタイプではないので、実際交流のある人間のほうが圧倒的に少ないのだが、それでもどこか自分の中だけの世界で完結し、すべてを知った気になっている。一つの少年としての特徴なのかもしれない。
拓也はそんな世界の本当の広さのことなど考えることなど当然ない。登校中の拓也の脳内では、どうでもいい夢の話が変に父親を心配させたであろう恥ずかしさが渦巻いているだけだった。
そう思春期らしくも無意味に等しい恥じらいと戦っている内にあっという間に学校に到着していた。
季節は冬。新年を迎え新学期となってから数日、雪こそ降っていないものの気温の低さは中々なもので、震えながら校舎へと入っていく学生が多く見られる。拓也自身は寒さにかなり強いため、そこまで震えるといったことはない。高校1年の後半戦へと突入しているも変わり映えのない、拓也にとって退屈な1日が今日も始まろうとした。
「知ってる?昨年末に不登校になった隣のクラスの生徒が、実は今行方不明だって話。警察に届けも出されているらしいよ。」
「ただの噂でしょ。まあ不登校も行方不明も似たようなものだし。それを真に受けて、その不登校と仲の良かった子も寝込んだって噂も聞いたけど…バカみたい。」
朝のホームルームまで多少時間があり、特にやることもなく頬杖をついてぼおっとしている拓也。するとそんな不謹慎とも思えるクラスの女子の噂が聞こえてくるが、拓也は特に意識を向けることはなかった。隣のクラスで不登校がいるという話も聞いたことはない。
「よっ拓也。今日も退屈そうな顔してんなぁ。」
すぐに意識を外し、再び退屈そうにする拓也に対し親しげに話しかける声があった。友人の聡である。
聡は高校に入ってすぐ友人関係を築いた間柄で、特に趣味があうわけではないはずなのに割と一緒にいることが多い。入学式の翌日だったか、特に中学からの親しい友人がいるわけでもなく、教室で今と同じようにただ座っていたところ、突然声をかけられたのが最初の馴れ初めだった。中学も一緒だったはずだが、当然まったく関わったことはない。大体があちらから声をかけてくるのだが、割とその日からはしょっちゅう話をしていた気がする。
聡は誰とでも分け隔てなく接する。運動神経もそれなりで、その人懐っこさから割と女子からの人気も高い。加えて、所属している剣道部では1年生にして上級生とも十分に渡り合える才覚を表し、人気を更に上昇させているらしい。ますます何で冴えない自分と一緒にいるのか拓也もわからなくなる。
入学当初、聡から剣道部を勧められ一時期入っていたこともあるが、中二心をくすぐられたくらいで、特に続ける意欲も出ずにすぐ退部している。ちなみに部活は強制ではないため帰宅部もに学生も割と多い。
「おはよう聡。珍しく早起きしたから、少し早めに学校には着いたけど…別にやることないから、退屈な時間が増えただけだった。」
そう言って小さく溜息を吐く。早起きの理由は絶対に言わない。同じ轍を踏んで恥をかくのはごめんである。
「何かやりたいことでも探せって。剣道部への再入部も大歓迎だぜ。」
「嫌だ。運動部は自由がなくなる。俺は自由とやりたいことを両立させたい。それに剣道は…俺のやりたいことと何か違う。」
駄々をこねる子供の用な言い草に、聡はわざとらしく肩をすくめて笑う。
「まあ確かに自由はないよな。俺は好きで剣道やってるからいいけど、中々拓也と遊ぶ時間作れなくて申し訳ないと思っているよ。」
そう申し訳なさそうに言う聡に、拓也は慌てて取り繕う。
「別に…普段学校で話せるだけでも…全然ありがたいし…。」
言いながら恥ずかしくなり少しずつ声が小さくなる拓也の姿に、聡はぷっと吹き出し、拓也の頬を指でつつく。
「ん、嬉しいこと言ってくれるね、このこの!」
「や、やめろ!」
「照れるでない、このうい奴めぇ。」
そんなじゃれる二人に呆れ気味に喋りかける声があった。
「まったく朝から仲のいいことで。見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ。」
「おはよ恵、お前もほっぺつんつんしてやろうか、ほれほれ。」
「ば、ばかじゃないの?死ね!」
声をかけてきた恵に対して、拓也に指を突き刺したまま反対の手で、頬をつつくジェスチャーをする聡。その言葉に恵は周囲の目を気にしながら恥じらうように聡に暴言を吐く。
「つれないなぁ、普段はもっと仲良しさんなのになぁ。」
「それ以上言ってると、いつか本当に殺されるぞ?てかいい加減指をどけてくれ。」
「あ、あははごめんごめん。」
怒りながら自分の席についた恵は、なおもじゃれる拓也と聡をみて仕方なさそうにほほ笑んだ。
拓也にとって恵も、聡と同様大切に思う友人である。とはいえ基本的に恵は、たまにバカをやる聡に対するツッコミ役に回ることが多く、拓也とはそこまでよく話すわけではない。ただ聡は基本、拓也と一緒の時にしかバカをやらないので、三人が一緒にいることが多く周りからも見られる。
恵と最初仲良くなったのは当然聡であり、恵は弓道部に所属していることから、剣道部と隣あって練習にあたることが基本で、同じ武道の部活であることからウマが合うことがあっただろう。
恵も弓道の腕はそれなりであり、加えてその整った容姿から隠れファンがいると噂されている。そんな異性に人気の二人がよく一緒にいるのだから、拓也は色々と怖い想像をすることもある。ちなみに拓也は双方のファンからは金魚のフン程度にしか思われていないと思う。あながち間違ってはいないし、自分もお似合いの二人のそばにいつもいるのは気が引ける時もある。
そんな悲しいことを考えていると、担任の教師が教室へと入ってくる。それに合わせて聡も自分の席に戻る。
つまらない人生だ。頬杖を再びつき拓也は小さく溜息をはいた。
いつものように眠気と戦いながら授業と格闘し、その日も放課後を迎えた。
聡と恵は、拓也に挨拶をしてすぐさま部活へと向かった。きちんと「また明日」と言って部活に向かうのだからまめな二人だなと思う。もちろん嬉しくはあるのだが、物好きだなとも思う。
今日も今日とて、拓也は特に学校に未練もなく帰路につくのである。
学校からの帰り道。通学路の途中にある小さな公園に差し掛かった時、ふと何かを感じ立ち止まって公園に目を向ける。日が落ちるのも早いこの時期、公園には誰もいない。これといっていつもと変わらない風景に感じるのだが、この違和感は何なのだろうか。
違和感に誘われるように拓也は公園へと足を踏み入れる。すると公園の隅にある砂場へと自然と足が進む。小さい子が作ったであろう砂のお城的なものを見つけ、小さいころを思い出して自然と笑顔になるが、ふと砂場の角に意識が引き寄せられる。その感覚に身を任せ近づくと、そこには青みがかかった綺麗な丸い玉が落ちていた。
砂場で遊んでた子供の忘れ物だろうか。そう思いながら野球ボールくらいの大きさのその玉を拾う。
冬場で夕方の暗さでも、妙に存在感のあるその玉を空に掲げるように眺めていた時、異変は起きた。玉がうっすらと光り始めたのだ。
「な、なんだこれ…。」
若干の恐怖を覚えながらも、何故かその玉から目を離せない拓也。そして玉の輝きは少しずつ勢いを増していった。
いつの間にか輝きを失っていた玉を握りしめながら、拓也は光の眩しさにやられた視界を慣らしていく。そして目に入ったものは拓也を混乱させた。
「あれ…こんなに木、多かったっけ…。それになんか明るくなってる。」
気付けば先ほどとは大きく違う風景だった。まるで森の中のような場所、日中のように空から射す木漏れ日。当然拓也には見覚えもない風景。違和感しか感じない状況に拓也は混乱する。
「と、とりあえずお、落ち着こう。」
そう言って拓也は大きく深呼吸し、それから再び周囲を見渡す。すると草も短く、道のようになっている箇所を見つける。
「まさか獣道じゃないよな…。」
未だ理解しきれない現状に怯えながらも、拓也はその道を辿って進むことを決意する。強い恐怖も当然あるが、じっとしてても何も始まらないと、半ば諦めに近い行動ではあった。
体感時間で小一時間ほど歩き続けたと思う。実際には30分にも満たない時間しか歩いていないのだが、強い緊張状態にある今、体感時間などあてにならない。拓也は木々のない開けた場所に出ていた。
そこは少し高めの位置にある丘のようになっていて、周囲を見渡すのにもってこいの場所だった。
「一体どこなんだよここは……。」
丘から眺めた景色には視界いっぱいの草原が広がっていた。




