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大正おぼろ譚  作者: 縞白
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『床の下』





 ある知人の話である。



 彼は夢の中で猫を飼っているのだという。

 それは毎夜、夢の中でみゃあ、みゃあと可愛らしい仔猫の声で鳴いて呼んでくるので、彼は愛おしく思って、ああ、ああ、と答えるのだという。


 語る時に眉尻を下げた猫好きな彼の人は、なかなかに豪胆な質でもあり、しかしあれはどうにも猫ではないらしい、と続けてつぶやいていた。

 一度も撫でられたためしがないし、それが鳴いている間ずっと、どこかで重たいものが這いずるような微かな揺れを感じるのだと。


 それで、悪いものに憑りつかれているのではないかと心配した家族が、憑きもの落としで名高い神社のお守りを、彼に持たせようとした。

 けれども彼は気乗りしない様子で、何の悪さをするでなし、と家族をなだめた。

 今のところ彼が返事をするだけで満足しているらしいのに、追い払うような真似をするのはいかにも気の毒で、狭量(きょうりょう)なことではないか、と。


 しかし、得体のしれぬものが毎晩夢の中に現れるというのは、尋常なことではない。

 家族は承知せず、彼もとうとうその夜、家族を近くの親戚の家へやって、自分一人だけにするように、という条件でお守りを受け取った。


 はたして翌日、帰宅した家族を待っていたのは、見る影もなく崩れ果てた家であった。


 慌てて瓦礫(がれき)をかきわけるも、お守りを持って一人この家で眠っていたはずの彼は見つからず、かわりに家を支える木が傷んでいたことが分かったという。

 ひどい虫食いで大半の柱がやられており、今までなぜ傾きもせず建っていられたのか、不思議なほどの有様(ありさま)であったと。


 そして夢か(うつつ)か、瓦礫の下からようやっと布団を見つけた家族の一人が、彼に持たせたはずのお守りがそこに落ちているのに気付いて拾いあげると、ふっと、目の端を白い蛇がかすめたらしい。

 彼の飼っていた夢の中の猫とは、家を支え守っていた白蛇であったのだろうか。


 残念ながらその夜そこで起こったことは、もはや誰にも分からず、彼はそれきり姿を消してしまった。





 けれども先ごろ町へ出かけた折に、私は雑踏の中で彼とすれ違ったように思うのだ。


 私が慌てて振り向くと、人ごみの向こうで彼も一瞬、振り向いて、ふっと笑って見せた気がした。

 私は狐につままれたように思って、何度かまばたいた。

 そうしている間に彼は人々の背の向こうへと去ってしまい、私は惜しくもそのとき彼が腕に抱いていたのが猫であったか蛇であったか、はっきりと見る機会を逃したのである。


 ゆえに、いまだどちらとも判じられない。

 彼は生粋の猫好きであったから、彼を連れて行った白蛇は今も猫のふりをしてみゃあと鳴いているのであろうか。

 振り返った彼のどこか満足げな笑みを思い出し、相手が何やら分からぬものであるとはいえ、やや同情の念がわく。

 そしてたまに、猫蛇の彼、と思い出す。



 ある知人の話である。





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