モブとして全力を尽くしたいので、邪魔しないでください!
「春風に恋をした」というタイトルの漫画があります。
中学生時代に付き合っていた彼氏に高校が別になることを理由に一方的に別れを告げられ、暗い気持ちのままごく一般的な公立高校に入学した主人公、佐倉 結菜ちゃん。
しかし初めて足を踏み入れた教室で、運命的な出会いを果たします。同じクラスに、際立って目を引く容姿の男の子、小鳥遊 翔くんがいたのです。
小鳥遊くんは、入学早々その整った容姿ゆえに同級生・上級生問わず女子生徒たちの人気を獲得します。
結菜ちゃんも最初こそ傷心を埋めるべくアイドルを持て囃すように小鳥遊くんファンに紛れ込んでいましたが、小鳥遊くんの素顔に触れる度に少しずつ惹かれていき、やがて一途に小鳥遊くんを想うようになるのです。
*・*・*・*
私はふと、これから自分が通うことになる校舎を見上げました。その動作に合わせておさげ髪が揺れたのを感じます。
今日からここが「春風に恋をした」という物語の舞台として動き出すんだなぁと思うと感慨深いです……と言っても、私は脇役女子高生その1なのですが。
どういうことかと言うと、私は主役たちの背景を飾る、しがないモブキャラなのです。なので名前もありません。
そんな私が昨夜突然、自我を持ってしまいました。原因はさっぱりわかりません。
ただ理解できているのは、この漫画の主人公が佐倉 結菜ちゃんと小鳥遊 翔くんであり、自分はモブキャラであるということ。そして、何故か自分がこの漫画の辿る物語の流れを把握しているということ。
どうして私が自我を持ったのかはわかりませんが、物語を理解すると同時に私は結菜ちゃんに感情移入してしまい、結菜ちゃんの恋が成就するよう物語を見守りたいと強く思いました。
だからこそ、ストーリーラインが崩れるようなことがあってはいけません。なので私は、全力で自分の役割を全うしようと思います。
そう、自分の役割。
物語が紡がれるこの世界で、小さな小さな歯車となることを。
私、モブキャラとして全力で背景に溶け込んでみせます!
私の最初の役割は、主役ふたりの出会いのシーンから。
自我があるとは言え、結局は物語に組み込まれた歯車のひとつ。私自ら取るべき行動を考える必要などなく、私の体は自然とその瞬間にいるべき場所に向かい、あるべき姿で背景に溶け込みます。
そうしてざわつく教室の中、クラスの女子たちから注目を集める小鳥遊くんに私も目を向けました。
小鳥遊くんは高校生になりたてだからか線が細く、けれどやはり女の子とは違う男の子らしい顔つきをしています。
表情が乏しい印象を受けるけれど、じっと手元の本に視線を落として静かにページをめくる姿が妙に絵になります。本人がどういう心境で読書に没頭しているのかはわかりませんが、その静かな表情が不思議と憂いを帯びているように見えるのです。
髪色も色素が薄いのか日の光に透けて柔らかな薄茶の色を浮かべ、窓から吹き込んだ風にさらさらと揺れて。
その姿を目にした周囲の女子たちから密やかに感嘆のため息と悲鳴が上がりました。
教室のドアがガラガラという独特な音を立てて開いたのは、正にそんな時でした。
横目で教室に入って来た人物を確認すれば案の定、主人公の結菜ちゃんでした。
素直な黒髪を揺らし、可愛らしい顔に驚きの表情を乗せ、結菜ちゃんはドアを開けた姿勢のまま小鳥遊くんを見つめています。
再び爽やかな春の風が吹き込み、小鳥遊くんと結菜ちゃんの髪を撫で、教室を通り抜けて行きました。
まるで時が止まったように動かない結菜ちゃんと、相変わらず本に目を落としている小鳥遊くん。
そんなふたりの背景に溶け込んで、私は小鳥遊くんに見とれるクラスメイトのひとりを演じながら、大事な大事なワンシーンを見守りました。
こうしてふたりが出会い、物語の幕は上がったのです。
その後の結菜ちゃんは物語の筋書き通り、小鳥遊くんファンの女の子たちの輪に混ざるようになりました。そして小鳥遊くんを遠巻きに見ながら「天然王子かぁっこいい〜」と、仲良しの女の子ときゃあきゃあ騒ぐようになっていました。
ちなみに「天然王子」というのは小鳥遊くんのファンたちの間で使われている、小鳥遊くんの呼称です。
髪色を含め手を加えずともその容姿が王子と呼ぶに相応しいので、「天然王子」と呼ばれるようになったのです。
なので決して彼の性格を言い表したものではありません。何せ小鳥遊くんはその麗しい容姿とは裏腹に、とても毒のある言葉を吐くので。
ファンの子たちはそのギャップがいいと言っていますが私は小鳥遊くんの毒舌がどうにも苦手で、小鳥遊くんのファン役に徹し切れないことがしばしばあり……ちょっと困っているのです。
しかしそんな私の心境など関係なく、物語はさらに進行していきます。
入学から一ヶ月後、結菜ちゃんは図書室の片隅で隠れるように読書をしている小鳥遊くんと遭遇するのです。
いまだ失恋の傷が癒えていない結菜ちゃんは人のいない静かな場所を求めて図書室を訪れ、図書室の隅っこで人目を逃れて読書をしている小鳥遊くんを発見します。
騒がれることに疲れていた小鳥遊くんは静かに過ごせる唯一の時間を邪魔されて不機嫌になり、そんな小鳥遊くんに結菜ちゃんはびくつくのですが、小鳥遊くんは「別に、ここは俺だけの場所ってわけじゃないからな」と仕方なさそうに立ち上がり、結菜ちゃんに譲って去っていくのです。
そのことで結菜ちゃんは小鳥遊くんに、これまでとは違った意味で興味を引かれるようになる……という流れが発生していたはず。
何故でしょう、その場面を目にしたわけでもないのに、物語を知っているというだけでその様子が目に浮かんでくるのは。まるで、この漫画を私自身が読んでいるかのような感覚。
何だか恐くなってきましたが、それでも私がすべきことはただひとつ。これまで通り結菜ちゃんの恋を成就させるべく、物語の邪魔をしないように背景に溶け込み続けること。それだけなのです。
さぁ、次の私の出番は───
「なぁ、そこの人」
教科書と筆箱を抱えて、自分の意志とは関係なく歩き出す足に逆らわず教室を出た私に、割と大きな声がかけられました。
もしかしたら私に声をかけたのではないのかも知れません。けれど私は思わずその声に振り返ってしまいました。
そして、ぎょっとしました。
声の主は、小鳥遊くんと女子生徒の人気を二分している大曽根 貴也くん……!
高い身長、どこにいても聞こえそうなよく通る大きな声。明るくて裏表のない性格で、物静かだけどどこか毒のある物言いの小鳥遊くんとは正反対。だけど誰よりもその小鳥遊くんを理解している、小鳥遊くんの中学生時代からの親友です。
その大曽根くんがまっすぐ私を見て、にやりと笑みを浮かべました。
「やっぱり、あんたには自我があるんだな?」
や、ややや、やっぱり?
私は大曽根くんの言葉に動揺しながらも、本来であれば止まるはずのない自分の歩みが止まっていることに気付いてさらに動揺しました。
うそ、物語通りにしか行動できない私が、どうして足を止めているのでしょう……!?
「当たりだろ? 何か喋ってくれよ」
「ひぇっ……急に何かと言われましても……!」
動揺の余り半ば悲鳴のような返事をして、私は初めて自分で自分の声を耳にしたような気分になりました。これまでも物語に沿って小鳥遊くんを持て囃す言葉を口にしてきましたが、自らの意志で言葉を発したことがなかったからでしょうか。
そもそも私が自らの意志で喋っていること自体が異常なのですけども!
「おぉ〜、本当に当たりだったか。どうもあんたの翔に対する熱狂のしかたに違和感があったから、もしかしたらって思ってたんだ。よかった、俺以外にも自我がある人がいて」
「俺以外にも……って」
それってつまり、大曽根くんにも自我があるということでしょうか?
呆然と立ち尽くしていると、少し離れた場所にいた大曽根くんが満面の笑みを浮かべながらずかずかと剛胆に歩いて近付いてきました。高身長なせいか、近付くにつれて感じる圧迫感が凄いです。
思わず身を引くと、それに気付いたのか大曽根くんは私より三歩ほど離れた場所で立ち止まりました。
「俺は大曽根 貴也。あんたの名前は?」
「わっ、私はただのモブなので、名前なんてありません……」
「モブ?」
首を傾げる大曽根くんの様子を見て、私ははた、と気付きました。
あれ? もしかして大曽根くんは、自我はあってもここが漫画の中の世界だってことまでは知らないのかも……?
「えぇと、とにかく私に名前はないのです。そういう役回りなのです」
いつまでも首を傾げたままの大曽根くんに、私は慌ててそう付け加えました。しかし大曽根くん首を捻るばかり。
これは……ここがどのような世界なのか、説明した方がいいのでしょうか。
準主役でありながら自我を持ち、にも関わらず自らの役割を知らずにいるにはここは厳しい世界なのかも知れません。何故ならこの世界では、物語の進行に沿って自分の意志とは関係なく勝手に体が動き出してしまうのですから。
そう思い、私は大曽根くんにこの世界が「春風に恋をした」という漫画の中の世界であること、主人公が結菜ちゃんと小鳥遊くんで、小鳥遊くんの親友である大曽根くんは準主役の役割を負っていることを説明しました。
大曽根くんは真剣な様子で私の話に耳を傾け、話を聞き終わると深いため息を吐きました。
「道理で話しかけても返事して貰えなかったり、急に自分の体が自分の意志とは違う言動をしたりするわけだ」
「それがこの世界のあるべき姿だから、変えることは出来ません。そもそも私や大曽根くんのように自我を持つ人物が現れること自体が異質なのだと思います」
「だな」
大曽根くんは再度ため息を吐くと、ちらりとこちらを見てきました。
な、何でしょう……?
「そう言えばあんた、名前がないんだよな? 名前がないと不便だよな?」
「え、別に不便では」
本来ただのモブキャラなのだから、名前を呼ばれる機会もなければ名乗ることもありません。なので、なくても何の不便もないと伝えようとしたものの、大曽根くんはそんな私の声を遮ってニカッと笑いかけてきました。
「じゃあ今日からあんたの名前はモブキャラその1ってことで、園 壱子な!」
「はぁっ!?」
何それセンスない! そのまんまじゃないですかっ!
思わずそんな気持ちが声となって漏れ出てしまいましたが、大曽根くんは何処吹く風。何やら楽しそうに「お、どうやら俺の出番があるみたいだな。それじゃあ壱子、またな!」と言い残して去って行きました。
どうやら物語の進行に合わせてこの場を去った様子でしたが、ひとり残された私はただただ呆然と大曽根くんの背中を見送る他なく───
園 壱子。
この日、名など必要なかったモブの私に名前が付きました。
それもどうしようもない由来から付けられた、どうしようもない名前が。
結菜ちゃんと小鳥遊くんが本筋の物語通り、互いの抱えている苦しみを打ち明け合い、図書室の片隅でふたりだけの静かな時間を過ごすようになった高校一年の夏。
「おはよう、壱子! 今日抜き打ちテストやるって知ってるか? さっき部活仲間から聞いて、何も知らないの俺だけでびっくりしたんだけど」
「おーい、壱子。最近新発売した売店の特製焼きそばパンは食べたか? あれすっげぇうまいのな!」
「壱子、数学得意? 今日当てられるんだけど、ちょっと教えてくれよ」
「壱子ぉー、ちょっと聞いてくれよ! 最近、翔がさぁ」
「壱子ー」
「壱子ぉ」
「───あのっ! 前にも言いましたけど、私のことは放って置いてくれませんか? 大曽根くんが傍にいると凄く目立つんです。私はモブであることに誇りを持っていますので目立ちたくないんです!」
互いに自我があるとわかって以降、大曽根くんは私を見つけては話しかけてくるようになってしまいました。自我があり、それぞれの意志で会話が成立するのが余程嬉しいのでしょう。
しかし私はモブとして生きることに不満がないどころか、最近では誇りにすら思っているのです。
だからこそ、目立つ大曽根くんに声をかけられるのはとても迷惑なのです。
最初の頃こそ控えめにそう伝えていたのですが、どうやら大曽根くんは私の意見など聞いてくれない様子。なので最近は、大曽根くんを傷つけるかも知れないと思いながらもはっきりと伝えるようにしているのですが……。
「まぁまぁ。今は壱子も出番じゃないんだろ?」
「それはまぁ、そうですけど」
準主役の大曽根くんと違って、モブである私の出番は極端に少ない状況。最近は教室での場面よりも図書室や校外での物語進行が中心になっているので、益々私の役目など無に等しいのです。
自らの役割に誇りはあるのに出番がない。こんな悲しいことがあるでしょうか。うっ、そう思ったら涙が。
「わーっ! 泣くなよ! 壱子がどれだけモブであることにこだわってるのかは散々聞いてきたし、俺だってよく理解してるから」
「だったらもう放って置いて下さいよぉ……」
辛うじて涙は零さなかったものの、私は自分が思っていた以上に出番がない状況を悲しいと感じていたようです。
滲む視界の中であわあわと両手を振って慰めようとしてくれる大曽根くんの顔を見上げて、私は改めて放って置いて欲しいという胸の内を伝えてみました。
すると。
何故か大曽根くんの顔が真っ赤に染まって、かと思ったら何かに気付いたように「あぁ」と声を漏らして、すぐにしゅんと落ち込んだような表情を浮かべて。
「……わかった。今まで悪かったな、壱子」
大きな体が急に小さくなったように見えてしまうくらい肩を落として、大曽根くんはとぼとぼと去っていきました。
な、何か凄く悪いことをしてしまった気分。
あの日以降、大曽根くんは遠目に私を見つけても何か言いたげな目をするだけで、声をかけてくることはなくなりました。
ほっとする反面、何となく寂しいような気もしますが……これでよかったのだという思いの方が強かったので、私からも特に話しかけることはせず。
しかし一方であの日以降、何故か視線を感じることが増えたのです。振り返っても誰もいない。けれど視線は感じ続けている。
段々と恐くなってきて、私は益々自らの存在感を消そうと息を潜めて過ごすようになり──
秋になり、結菜ちゃんと小鳥遊くんは互いに互いを意識しあいながらも今の関係を壊したくなくて、ようやく形になってきた自分の想いを口には出せないまま、共に過ごす静かな時間を重ねていた……そんな頃。
学校の帰り道。私は全力で走っていました。
夏頃からずっと視線を感じていたけれど、まさかただのモブである私が誰かに付け回されるなんて……!
振り返れば同じ学校の制服を着た、別のクラスの男子生徒が必死に追いかけてきています。長めの前髪が汗で顔に張り付いているようで表情は全く読めませんし、何か言おうとしているみたいだけど聞く耳を持つゆとりなんて今の私にはありません!
あまり運動は得意な方ではないので喉や脇腹が痛いです。走り続けるのが苦しい……。
それでも恐怖の余り走る足を止めることも出来ずに、全力で人気のある場所を目指します。
目的の商店街までの道中は住宅街で、時間帯にもよりますがあまり人通りが多い方ではありません。
あと少し。あと少し……!
けれど疲労で足がもつれて、私は盛大に転んでしまいました。
あぁ、追いつかれる!
私はぎゅっと目を閉じて、体を縮み込ませました……が。
「壱子!?」
久しぶりに聞く声に、私は自分でも吃驚するくらい素早い動きで顔を上げました。
そこには、部活の走り込みで通りかかったのだと思われる大曽根くんと、大曽根くんが所属しているバスケットボール部の部員さんたちの姿。ちょうど少し先の曲がり角からこちらの道へ入ってきた所でした。
大曽根くんは倒れ込んでいる私を見つけて大急ぎで駆け寄ってきてくれました。途端に自分の中にあった恐怖が薄らいで、じんわりと安心感で満たされていきます。
大曽根くんは私を助け起こすと、すぐ傍で立ち止まっていた男子生徒を睨みつけました。
そんな中私が考えていたことと言えば、もしかしたら大曽根くんに自分が転ぶ瞬間を見られていたかも知れないということでした。そう思うと急に恥ずかしくなって顔が熱くなってきます。
一方、長身の大曽根くんに睨まれた男子生徒は一歩後ずさり、慌てて引き返そうとして……ここまで走ってきた疲労感からか無様に転んでしまいました。
……きっと私もあんな感じで転んだんだろうなと思ったら、羞恥心で顔どころか全身が熱くなり、穴があったら入りたい気分になってきました。
「おい、お前! 壱子に何をした!」
すぐ傍で聞こえた大曽根くんの怒声に、私は思わず身を竦ませてしまいました。
大曽根くんの声が恐い。明らかに怒っています。
そんな私の様子に気が付いた大曽根くんはそっと私から離れ、男子生徒の視線から私を隠す位置に立ちました。
私は助け起こしてくれた時に触れた大曽根くんの大きな手が離れた途端に何故か名残惜しいような気持ちになり、同時に肩や手に触れたその熱を思い出して地面を転げ回りたいような気持ちになって……。
ふと大曽根くんの広くて大きな背中を見上げた瞬間、心臓が強く跳ねました。
え? あれ??
し、心臓が急に痛いくらい暴れ始めて、目が、回ってきました、よ……!?
私は壁一枚挟んでいるかのようにどこか遠くで交わされている大曽根くんと男子生徒のやり取りを耳にしながら、ぐるぐると回る世界に酔い始めてしまいました。
そうして目を回しながら混乱していると、突如私の耳に男子生徒の言葉が飛び込んできました。
「ち、違うんですっ! あのっ、ぼ、僕っ! 大曽根くんのファンなんです!!」
さらにくらりと世界が回転しました。
そして私は、そのまま意識を手放したのです。
私を追いかけて来たあの男子生徒は大曽根くんのファンで?
それで何故、私は追い回されなければならなかったのでしょう?
追われて逃げた挙げ句に転んで、手や膝を擦りむいて痛い思いをして。
どうして私が、こんな目に。
「納得出来るように、ちゃんと説明して下さいっ!」
そう叫びながら勢いよく半身を起こした私は、起き抜けに大声を上げたせいで荒い息を吐きながら、ふと視界に入った真っ白な上掛けに気付いて首を傾げました。
あれ? ここはどこです??
そう思いながら周囲を見回して、少し冷静になって状況と景色を照合してみます。その結果、私は今、保健室のベッドの上にいることが判明しました。
「起きたか、壱子!」
自分の状況を把握するなりすぐ傍で聞こえた声に振り返れば、そこには安堵の表情を浮かべた大曽根くん。その後ろには私を追いかけてきていた例の男子生徒が居心地悪そうに小さくなりながら立っていました。
大曽根くんの姿を確認してほっと緩んだ気持ちが、男子生徒を目にしてぎゅっと縮み上がります。
その心境が顔に出てしまったのでしょうか。男子生徒はただでさえ窮屈そうに縮めていた肩をさらに窄めて、数歩後ろに下がって私から離れてくれました。
「どこか痛むか?」
男子生徒の行動を無意識に監視していると、心配そうな様子で大曽根くんが私の顔を覗き込んできました。
急に目の前に現れた大曽根くんの顔に、私は反射的に息を詰めて身を引いてしまいます。一拍遅れて顔が熱くなり、気絶する前と同じ速くて強い鼓動が始まってしまって、再び私の目が回り始めます。
一体どうしてしまったの、私の心臓!
「だ、だだだ大丈夫ですっ! ご迷惑をおかけしました!」
とりあえず何か言わなければと思い、必死に言葉を探して返事をするものの……あぁ、また気を失ってしまいそう。
鎮まれ、私の心臓……!
一方で私の行動を怯えか拒絶のようなものだと捉えたらしい大曽根くんは慌てた様子で私から離れると、男子生徒の隣に立ちました。そして私が彼の男子生徒に追われていた事情を話してくれたのです。
曰く。
男子生徒の名は犬尾 栄介くん。同年代の男子に比べてやや背の低い、気弱な男の子。彼は自分と違って背が高くて誰とでも親しくなれる、豪快な性格の大曽根くんに憧れを抱いているのだとか。
そして驚くべきことに、犬尾くんも私と同じく自我を持ったモブキャラだったのです。
その犬尾くんは、ある日私が大曽根くんと親しそうに話をしているのを見て、自分と同じように大人しそうであまり目立たない容姿の私が大曽根くんと仲良くなったきっかけを聞こうとして、声をかけるタイミングを見計らっていたのだそう。
けれど気弱な犬尾くんは私にすら声をかけるきっかけが掴めずに季節を跨ぎ、今日ついに一大決心をして私に声をかけようとしたのだとか。
結果、帰りがけで校門近くにいた私を見つけて追いかけてきて、その行動に恐怖を覚えた私が逃げて、犬尾くんは決心がついた今日を逃すまいと私を追いかけ続けた……と。
私は思わずじっとりとした目で犬尾くんを見遣ってしまいます。私の視線を受けた犬尾くんは首を竦め、「ごめんなさい」と蚊の鳴くような声で謝罪しながら勢いよく頭を下げてきました。
「まぁ本人も反省しているし、許してやってくれないか」
「……そうですね」
事情を聞いて、声は小さいもののこうして必死に謝罪されてしまうと許さざるを得ないような気がしてきました。そもそも私が逃げなければこんなことにはならなかったのでしょうし。
なので「謝罪はしっかり受け取りましたから、顔を上げて下さい」と犬尾くんに声をかけると、犬尾くんはそろりそろりと顔を上げました。まだ許されたことに対して半信半疑の様子だったのでにこりと微笑みかけると、途端に犬尾くんは表情を輝かせて駆け寄って来ました。
何故でしょう。一瞬、駆け寄ってきた犬尾くんにわんこの耳と尻尾があるように見えたのですが。
「ありがとう、ありがとう! 園さん!!」
そう礼を述べてくる犬尾くんの前髪がさらりと揺れて、隠れていた目元が露になりました。
するとどうでしょう。そこにあったのは、小鳥遊くんもかくやというくらいの美少年顔……! 満面に浮かべられた笑顔の眩しさに、目がつぶれるかと思いました。
ていうか犬尾くん、何故大曽根くん命名の私の苗字を知ってるんですか!
そして私の記憶を探る限り、「春風に恋をした」に犬尾 栄介くんなんてキャラクターは登場してなかったと思うのですが、あなた一体何者ですか!
「それじゃあ、俺はもう行くな」
私が眩しさに目を細めながら頭の中を疑問符だらけにしている間に、大曽根くんはそう言い残して保健室から出て行ってしまいました。思わず「あっ」という声が漏れましたが大曽根くんには聞こえなかったようで、大きな背中がドアの向こうへと消えて行きます。
何とも言えない複雑な気分になっていると、犬尾くんが小首を傾げました。
「もしかして園さん、大曽根くんのことが好きなの?」
「へっ!?」
急に耳慣れない言葉が飛び込んで来て、私は間抜けな声を漏らしてしまいました。驚愕の視線を犬尾くんに向ければ、犬尾くんはにこにこと優しい微笑みを浮かべながら「わかるよー」と頷いています。
えぇっ!? わかるって、どういうこと!?
「大曽根くんは優しいし、格好良いよね。僕もあんな格好良い人になりたいって思うし、本当に憧れてるんだ。大曽根くんを好きになっちゃう女子の気持ち、少しは理解してるつもりだよ」
急に饒舌になりながらしきりに頷いている犬尾くん。
これはあれですか。普段は大人しい人なのに、自分の好きなものについて語り始めるとやたらお喋りになるという、あれですか。私はそんな犬尾くんにちょっと引き気味です。
しかしこちらの様子に気付いていない犬尾くんは次々と大曽根くんの格好良いと思う点を挙げ連ね、「わかる、わかるよ」と自分で自分の言葉に納得しています。
……この子、大丈夫でしょうか。
私が犬尾くんを保護者目線に近い心境で心配していると、ひとしきり語り終えた犬尾くんは両手を胸の前でぐっと握り込んでこちらに身を乗り出してきました。
「僕は園さんの恋を全力で応援するよ! だって園さん凄くいい人なんだもん。園さんみたいな人が大曽根くんの彼女なら僕も納得だよ!」
「いやいやいや、ちょっと話が飛躍しすぎてませんか!?」
「うんうん、大丈夫。僕にはわかる、わかるよ!」
何が!? っていうか話、噛み合ってないですよね!?
そう言いたいのに、きらきらした純粋な瞳で「頑張って! 園さん!」と言われてしまい、私はもうどうしたらいいのかわからずに途方に暮れてしまいました。
この日以降、私にはモブなのに何故か名前持ちの隠れ美少年・犬尾くんという、友人兼自称恋の応援団長を得ることになったのです。
理解が追いつかない……。
季節は再び巡り、冬がやってきました。
最近は徐々に教室での場面も増え、それに比例して、結菜ちゃんの立場が危うくなり始めています。何故なら、小鳥遊くんが教室でも自ら結菜ちゃんに話しかけるようになってきたから。
当然のように結菜ちゃんは小鳥遊くんファンの子たちから嫉妬され、ありがちながら小さな嫌がらせを受けるようになっていました。
嫌がらせは小鳥遊くんの目の届かない場所で行われ、けれど結菜ちゃんはそれを小鳥遊くんに悟らせまいと健気に振る舞っています。
幸い私は嫌がらせをするほど目立つ役回りではないので嫌がらせには加担していないのですが、結菜ちゃんが耐えれば耐えるほど、嫌がらせはエスカレートしていって……。
その場にいなくても物語の進行上で起こる出来事を知っている身としては、胃と心臓が痛い日々が続いていました。助けたくてもメインストーリーに干渉するのは不可能で、私に出来ることなんて何ひとつなくて。
そもそも私のようなただのモブキャラがどうにか出来るとも思えないですし、このまま物語が進めば結菜ちゃんが一時的に苦しんでも小鳥遊くんとは結ばれる運命にあるのですし……。
そう考えるとこれまで通り、モブキャラとして物語に溶け込んだままの方がいいのだろうと思うのですが、どうしても胸が痛みます。特別仲がいいわけでもなく、そもそも言葉を交わしたことすらないけれど、結菜ちゃんが苦しみ傷ついていると思うだけで涙が出そうになるのです。
結菜ちゃんが私を知らなくても、私が一方的に結菜ちゃんをよく知っているからでしょうか。
「園さん、元気ないね」
冬も半ばに差し掛かった頃。放課後にとぼとぼと廊下を歩いていると、すっかり仲良くなった犬尾くんが心配そうに声をかけてきました。
私は犬尾くんに返事も出来ずに、小さくため息を吐きました。今の心境を上手く言葉に出来そうにありません。
「何か悩みごと……? 僕に言えないなら、大曽根くんに相談してみたら?」
反応が乏しい私に不安を覚えたのでしょう。犬尾くんは声を潜めてそう言ってきました。けれど私は緩く首を横に振り、再度ため息を吐きました。
「大曽根くんに迷惑はかけられません。自分から大曽根くんに、私のことは放って置いてって言ったんですから」
なのに犬尾くんに意味もわからず追いかけられたあの日、大曽根くんは迷わず私を助けてくれて。これ以上、迷惑をかけるわけにはいきません。
犬尾くんには私がモブであることに誇りを持っていて、だから準主役の大曽根くんに構われると目立ってしまうから放って置いて欲しいと言ったのだと打ち明けてあります。
なのに、何故犬尾くんはここで大曽根くんの名前を出したのか……。
「大曽根くんもだけど、園さんも頑固だなぁ」
ぽつりと、犬尾くんが呟きました。私がその言葉の意味を呑み込めずに目をぱちくりさせていると、「あ、僕の出番みたい」と、犬尾くんは手を振って自分の教室の中へと消えて行きました。
犬尾くんは結菜ちゃんのお友達と同じクラスなので、結菜ちゃんがお友達の教室に現れる場面で出番がやってくるようです。ということは今、結菜ちゃんがお友達に「私と仲良くしていると迷惑かけちゃうから」と、しばらく離れることを伝えに行く場面でしょうか。
ぼんやりそんなことを考えていると、廊下の向こうから小鳥遊くんがやってきました。今は結菜ちゃんがメインの場面のようなので、小鳥遊くんは物語の縛りとは関係ない状態のはず。
私は小鳥遊くんの方へ一歩足を踏み出しかけて、思いとどまりました。
以前の大曽根くんの口振りからすると、小鳥遊くんには自我がないようです。今ここで私が小鳥遊くんに、結菜ちゃんが置かれている状況を伝えても意味なんてないですよね……。
そう思った時。
「あんたが園さん?」
突然、小鳥遊くんが私に声をかけてきました。驚きのあまり、私は声にならない悲鳴を上げて後退ってしまいました。
「まぁ黒髪で三つ編みしてるのあんたくらいしかいないから、間違いないか」
こちらの反応など気にした風もなく、小鳥遊くんが面倒くさそうに呟きます。
急に主役のひとりから声をかけられるとか、これ、どういう状況です……?
だらだらと嫌な汗をかきつつ固まっていると、小鳥遊くんはじぃっと私を品定めするように見てきました。
物語の設定上私は小鳥遊くんファンであるはずなのに、小鳥遊くんを目の前にすると嬉しいどころかどんな毒舌が飛び出すかわからなくて身構えてしまいます。
一方小鳥遊くんは一通り私の背格好を確認して、ふんと小さく鼻を鳴らしました。
「あんた、貴也のこと嫌いなの?」
「へっ?」
思い掛けない言葉を向けられて、私の思考が追いつきませんでした。間抜けな反応を返す私に、小鳥遊くんは深いため息を吐きながら「あのさぁ」と口を開きます。
「正直鬱陶しいんだよね。あ、鬱陶しいっていうのはあんたじゃなくて、貴也の方だから。秋前くらいから『俺は壱子に嫌われてる、どうしたらいい』って、もう耳にタコなんだよ」
心底面倒くさそうに綺麗な顔を歪める小鳥遊くん。
けれど何となくわかります。小鳥遊くんは親友のために私に声をかけてきたのでしょう。物語中でも小鳥遊くんは大曽根くんにも容赦なく毒を吐いているけれど、彼のことを信頼し、大切にしていました。
それを思い出すと同時に、私の言葉でそんなにも大曽根くんを気に病ませてしまっていたなんて思いも寄らず、心が痛みました。
痛くて痛くて、最近こんな思いばかりしていると思って──あ、あれ?
「……もしかして小鳥遊くん、自我があるんですか?」
物語の進行に関係のない場にいる自我のないキャラクターたちは、不自然なほど周囲に干渉せずに過ごしています。賑やかな場面では周辺にいるモブたちが会話を交わすことはありますが、今の小鳥遊くんのように意図が明確な会話は成されません。
そこから導き出せる答えはひとつ。
私の疑問に、小鳥遊くんは再びため息を吐きつつ答えてくれました。
「多分。毎日貴也から無駄に話しかけられてたからな。そのせいで自我が芽生えたんじゃないの?」
ふと、小鳥遊くんの瞳に真剣さが宿ります。その目を向けられて、私は居心地が悪くなりました。
「話を戻すけど。あんた、もし貴也のことが嫌いじゃないならあいつにそう伝えてやってくれよ。あいつがあんな風に落ち込む所なんて今まで見たことがない。いつまでも横でうじうじされるのも鬱陶しいし、それに……」
言いかけて、けれど小鳥遊くんはそれ以上は言葉にせずに黙り込んでしまいました。
私もどう対応したらいいのかわからずにいると、やがて「まぁ、そういうことだから」と言って小鳥遊くんは踵を返します。その背中を見て、私は咄嗟に「あのっ!」と声をかけていました。振り返った小鳥遊くんに、私は捲し立てるように、
「結菜ちゃんっ……結菜ちゃんが、嫌がらせを受けているんです! 小鳥遊くんのファンの子たちから嫉妬されて、目立たない所で。結菜ちゃん何も言わないから段々嫌がらせがエスカレートしてきてて、このままだとその内、もっと酷い目に遭わされちゃうんです!」
そう訴えました。
内容までは口にできませんでした。そういう強制力が働いている気がします。けれど今の私に伝えられることは小鳥遊くんに伝えられたと思います。
すると私の言葉を聞いた小鳥遊くんは私の傍まで駆け戻って、真剣な表情で詰め寄ってきました。
「あんたには、どこで何が起こるのかわかるのか?」
「わかります。でも、何が起こるのかは言えないのです。多分、そういう力が働いています。でも、いつ、どこでということはお伝え出来ると思います」
「……それだけでもいい。教えてくれ」
これで物語の流れが変わるかはわからない。けれど、私に出来る精一杯で結菜ちゃんを助けられるかもしれない。
そんな希望が私の胸の中に湧き上がりました。
私は自分の立場も忘れ、自分が知り得る、そして伝えられる全ての結菜ちゃんが嫌がらせを受けるタイミングと場所を小鳥遊くんに伝え、小鳥遊くんは静かに私の言葉に耳を傾けてくれました。そして最後に「ありがとう」と礼を言って去って行きました。
その背中が頼もしくて、きっと小鳥遊くんなら結菜ちゃんを助けてくれると安堵して、ずっと重くのしかかっていた肩の荷が下りた気がしました。
小鳥遊くんを見送り、ほっと息を吐いたのも束の間。私はすぐさま行動を起こしました。
大曽根くんを探さないと!
普段は静かに歩く廊下を走り、まずは大曽根くんのクラスに。けれど大曽根くんは不在で、ならばと今度は体育館へ。バスケットボール部の大曽根くんがいそうな場所は体育館くらいしか思い付きませんでしたが、体育館にも大曽根くんはいなくて。
そうして大曽根くんを探している間、私は大曽根くんのことばかり考えていました。
大曽根くんがいそうな場所はどこだろう。大曽根くんがそんなに私の言葉に傷ついていたなんて、本当に申し訳ないことをしてしまった。一刻も早く謝りたい。元気になって欲しい。無邪気に話しかけてくれて、笑いかけてくれて、本当は嬉しかった。嫌っているわけじゃないの。そのことを早く伝えたい。
けれどいつも大曽根くんの方から私を見つけて話しかけてくれていたから、私には大曽根くんがいそうな場所の見当なんてつくわけがなくて、学校中を探してみたけれど見つけることはできませんでした。もしかしたら部活で校外に走り込みに行っているのかも知れません。
私は疲労でふらふらになりながら自分の教室に入ろうとしたけれど、思わず足を止めてしまいました。
教室の中に、泣いている結菜ちゃんと、何を言っているのかまではわからないけれど優しい声で何かを語りかけている小鳥遊くんがいたからです。
私はふらつきながらも教室を離れ、階段に座り込みました。
走り回って火照った体にひんやりした床が気持ちいい。けれど私の心の中はもやもやとしていて、重くて苦しいまま。
しばらく気の重さに任せて座り込んでいましたが段々と周囲が暗くなってきて、肌寒さを覚えてぶるりと身震いすると、小さく「もう帰らないと」と誰にともなく呟きながら立ち上がりました。
教室に戻ってみればすでに結菜ちゃんも小鳥遊くんもいなくて、私は自分の鞄を手に教室を出ました。
大分疲労感は抜けて来ましたが、まだふらつきながら下駄箱で上靴からローファーに履き替えて、昇降口を出て、校門を通り抜けて……。
「壱子!」
とぼとぼと学校沿いを歩いていると、背後から声をかけられてびくりを肩を揺らしてしまいました。私を“壱子”と呼ぶ人はひとりしかいません。
何より、この声。聞き間違いようがない、よく通る大きな声。
声の主が誰なのか認識するなり、私の心臓がバクバクと速い鼓動を打ち始めました。何故かじわりと涙が湧き上がってきて、私はゆっくりと振り返り──
◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇねぇ、もう最新号の『春風に恋をした』読んだ?」
「読んだ読んだ! 今週はスピンオフだったね!」
少女たちは楽しげに手に持った漫画雑誌をぱらぱらと捲る。
「作者、このキャラお気に入りなんだろうなぁってずっと思ってたんだよね〜」
「私も私も。最初はモブだったからたまにしか出てこなかったけど、途中から段々登場回数が増えてきて顔の描き込みもするようになってたから、明らかにお気に入りだってわかるよね」
そう言って少女が指し示したのは、地味なおさげ髪のキャラクター。
「でもまさか大曽根くんとくっつけるとは」
「えっ、私は大曽根くんとくっつけばいいなと思ってたんだけど!」
「いやいや、ここは大穴で、園ちゃんと同じでモブからサブに昇格した犬尾くんとかさぁ」
「あぁ、犬尾くんも可愛いよね〜」
「しっかり者の園ちゃんと、頼りないけど一生懸命な犬尾くん、いいカップルだと思うんだけどな〜」
「確かに! でもしっかり者の園ちゃんの弱さを受け止められるのは大曽根くんしかいないよ!」
「それも確かにそうなんだけどぉ」
少女たちは楽しそうにあれこれと語り合いながらも学校に近付いていることに気付くと、漫画雑誌をスポーツバッグに仕舞い込む。
「そう言えば、『春恋』ももう少しでクライマックスって感じだよね」
「だね。もうくっついちゃってるし、最大の難関もクリアしてるし。いやぁ、中盤の、いじめられてる結菜ちゃんを助けるために奮闘する小鳥遊くんも格好良かったけど、前々号の中学時代の元彼氏が結菜ちゃんに復縁を迫って来た時の小鳥遊くんも格好良かったなぁ。また読み返したくなっちゃう」
「えぇ? 確かに前々号の小鳥遊くんは格好良かったけど、いじめの方はそもそもいじめられる原因が小鳥遊くんだからなぁ、私はちょっと微妙だったな。でも泣いてる結菜ちゃんを慰める小鳥遊くんの優しさにはキュンときたね! 普段毒舌なのに何あのギャップ! 萌え!」
「わかる! ギャップ萌え!!」
きゃあきゃあと賑やかに話している少女たち。そんな彼女たちに水を差す声が校門側から聞こえてきた。
「おーいお前ら! 遅刻したくないなら走れー! 門閉めちゃうぞ〜!」
「うわっ! 本当だ、ギリギリ!」
「あ〜、先生ちょっと待ってー!!」
少女たちは全力で走り、滑り込みで遅刻を免れた。
ほっと息を吐いて、ふたりは再び話を戻す。
「みんなもう最新号読んでるかなぁ」
「雑誌持ってきたし、読んでない人にも回そう! 園ちゃんのお相手は大曽根くんだったって広めなくっちゃ」
「何その使命感」
「みんなで園ちゃんのお相手が誰になるか予想してたけど、大曽根くんは王道過ぎるとか言ってたみんなに王道の素晴らしさを伝えたい」
「あ〜、ね。それはわかる気がする。でもやっぱり犬尾くんがよかったなぁ」
堂々巡りする話題。
それでも少女たちは楽しそうに何度でも語り合いながら、校舎の中へと消えていった。






