男泣きでは今ではない。
賢悟の嫁こと千代さんは、薙刀を得意としている。
どこかの流派だったのかは知らない。実際に、薙刀を扱う所を見たことはないが、賢悟の指示でか家の中には至る所に薙刀が飾ってある。
子供の頃に来た時は無かった。無かったが今はある。そう、この賢悟の部屋にですらある。
それは賢悟の座る後ろに飾られ、隣には千代さんが立ち俺の話しを聞いていた。
「…正義、お前がふざけているとは思えない。思えないが、ふざけてるのか?」
「誠に屈辱的な状況を8年続けていますが、事実です」
賢悟、俺はこんな状況で嘘を言えるほど肝が座っていません。分かってください。
それが振られる事が無いと分かっていても、上手くは言えないがオーラ的な圧迫感がお前の後ろからヒシヒシと当てられている俺が嘘を言えるわけがないでしょう?
「これで賢悟が納得するか知らないが」
疑いの目を向けてくる賢悟に、智佳の時と同じように携帯を何処からともなく取り出し見せる事にした。
二人はまじまじと俺の携帯を覗き込み、俺も幾つかの画面を見せた。
「ゲームか」
「これだけ見るとそう思うよな」
「私は、ゲームをあまりやらなかったので分かりません。
……そういえば、食材が少し切れていました。あなた、少し買い物に行ってきますね」
「ん?あ、あぁ」
千代さんは、俺に一礼をして部屋から出ていった。
そして、数分後ぐらいに車の音が聞こえ遠ざかっていく。
まるで、話の興味が失せた様な千代さんの言動に、賢悟が少し戸惑っている。息子の事より食材が…ましてや、この家に人はまだ居たはずだ。その人に行かせればよかったにも関わらずだ。
「賢悟、お前も少し家から離れとかないか?」
「どうした」
「…わりぃ、ちょっと俺が言うのが遅かったみたいだ。'スリープ'」
賢悟に手を向け、時たま使う俺の魔法を唱えた。
この、人が何かと理由を付けて離れていく現象を俺は知っている。
そう、これは不思議空間の効果。あの空間が展開され始めた事を示している。
前後の記憶が無いかの様に突然なにか言い出し、その周辺から離れようとする。その時に抵抗力があるのか移動するための理由が無いのか賢悟や智佳の様に影響を受けない奴等も居る。
そういう人には、こうやって俺が眠らせ比較的安全な場所へと移動させたり俺が移動したり…。
この場合は俺が移動するの早いか。
「ぐっ…眠気が……」
「すまんな賢悟」
さて…どのタイミングで来るか…。
「洒落臭いわ!」
「は!?」
賢悟が、俺の魔法に抵抗しやがった…。
俺の魔法って、気合だけで攻略されるの?え?智佳も短時間しか効果が無かったが、効果が出る前に解けるのか。
「何をした!正義!」
「後で話す。
賢悟、家を少し壊してしまうかもしれないが許せ。代わりに鉄弥君は何とかする。
だから、少し離れるなり安全な場所に逃げてくれ」
感覚が教えてくれる。もうすぐ来る。
賢悟に見られてしまうが、やるしかないか…あぁ、変身したくない。
したくないが、やってやろう。
「何をする気だ」
「すぐに分かる」
瞬間、凄まじい轟音が鳴り部屋の壁を突き破って1台の車が突っ込んでくる。
その車のボンネットを光が纏う拳を振り下ろし思いっきりぶん殴った。
猛スピードで突っ込んできた車は、その速度とボンネットを殴られた衝撃で車体が浮き上がり頭上を縦回転しながら吹き飛んだ。
ごめん、賢悟…今のでも結構家に被害が…。
そんな事を考えている内にも、後ろに吹き飛んだ車は足を生やし立ち上がっている。
前方の視界には、前輪に足を生やし車体の至る所から触手が蠢くバイクが群れを成してこちらへ向かってきている。
相変わらず気色悪い。
こう近づかれればハッキリと分かるな。コイツ等は俺の敵。
鉄弥君が乗ったと言う車は見当たらないが、集まっているなら後で来るだろう。
「片っ端から昇天させてやろう」
全身を光が走り、俺の姿は少女が着る分には可愛らしい服装へと変わっていく。
それを40手前のおっさんが纏い、フリフリと風がフリフリを揺らす。
覗く絶対領域を風が撫でればスースーする。
何時まで経っても慣れない感覚を感じ、空を見上げれば青空。
あぁ、今日もいい天気だ。
「せ、正義?お前…泣いてるのか?」
「賢悟、俺を見ないでくれ…」
泣いてはいない。心は号泣していても、表面には出てくるものではない。
たとえ、長年付き合ってきた友人に見られるとしても。
涙が溢れる事はない。
虚しさと悲しさと羞恥が俺の心を埋めようとしながらふと思った。
アイツ等が群れで来るのは初めてだな。