悩める古道具屋 -店主がしばしば見る光景-
僕の店、香霖堂は常連客が多い。とはいえ、厳密な意味では常連「客」では無い。何回も店に訪れはするものの、何も買う事もなく、商品に興味を示す事もほとんど無く、ただ色々とお喋りして終わり、というパターンが実に多いからだ。もちろん買い物をしたり、珍しい外の世界の未知の道具に目を輝かせることもあるが・・・そんな例は極稀である。
現在の僕は店の経営状況など気にせずに毎日を過ごしているが、よくよく考えてみればこれは大問題ではないか。前に閻魔に説教を食らった通り、商売人としてはそれは良くないことだ。現状でいいや、とそのまま満足していてはならない。確かある外来本の小説の登場人物がこんな事を言ってたっけな、「精神的に向上心のない者はばかだ」と。
・・・だが残念なことに、今の僕は店内の清掃をする気も、商品の整理をする気も起きなかった。この二人がいると、どうにもやりにくいんだよな。もちろん、二人が掃除や整理を手伝ってくれるというなら話は別だが。駄目だ、やってくれそうにないな・・・雰囲気的に。そんな二人が色々とお喋りをするのを横で見ながら、たまに僕はその会話に加わる。さて、人生で何回経験しただろう、この光景は。
「はぁー・・・」
お茶を飲みながら、霊夢が気だるげな息を吐く。何だかいつもよりも勢いが無いな、霊夢の声が。
「何だよ何だよ、随分お疲れのようだな、博麗の巫女よ」
魔理沙がニヤつきながら、茶化すような声で霊夢に言う。こちらは元気いっぱい、通常運転の様子である。
「なんか最近、色々考えることが多くてねー・・・」
もう一度湯呑を口に当てながら霊夢が言う。
「おーおー、お悩み相談ってか」
魔理沙は顔を突き出すようにして霊夢の話を聞いている。
「・・・幻想郷のあちこちをひたすら駈けずり回って異変解決。ようやくゆっくりできると思ったら神社に妖怪がちょっかい出しに来るわ、境内で勝手に弾幕ごっこ始めるわでもう迷惑。それに相変わらず仙人の説教はうるさいし・・・」
「まあ、そこはポジティブに考えりゃいいんじゃないのか?相手されてるうちが華だってな。本当に嫌な相手なら絶対話したくないし、近寄りたくもないぞ」
「そんなふうに前向きに考えられないわよ、私は」
霊夢は相変わらずだるそうにしている。うーん・・・本当に疲れが溜まっているっぽいな。
「それに最近は、神社周辺の結界が異常なのよね。たまに変な外来人が神社に迷い込んでくるの。前はそんな事あんまりなかったのに、最近は多くてさ。・・・まあ、そういうことは紫に丸投げしてる部分もあるんだけどね。すぐに外に帰してあげてるみたいだし」
へえ・・・神社ではそんな事になってるのか。妖怪の賢者はちゃんと仕事をしているのだろうか?僕に構っている暇があるのなら、それよりも自分の仕事をきっちりやるべきではないか。
「おいおい、そりゃないぜ。そこはちゃんと仕事しろよ、博麗の巫女として。紫に任せっきりは良くないんじゃないか?外に帰す、とか言ってこっそり美味しく頂いたりして・・・」
魔理沙は笑いながら言うが、よく見ると目が笑ってない。
「ま、そういう人は運が悪かったってことで」
「それであっさり片付けるのかよ・・・」
呆れた顔で魔理沙は霊夢に言う。
「まあ、それは冗談よ。幻想郷の賢者として、その点はきっちりしてるからね、紫は」
霊夢は笑顔を見せたが、すぐにまた元気の無い顔に戻った。
「でも最近は、神社以外に里の結界にも気を付けないといけないのよね。・・・どうも、定期的にチェックしてもなーんか違和感があるのよ」
「あれ、それは真兵衛が全部やるって言ってなかったか?大体は下道荘周辺だろ」
「ああ、そっちじゃなくて、本当の人里の集落の辺りのほう」
「だったら慧音と一緒にちょちょいのちょいだろ。何心配してるんだよ」
「ちょちょいのちょいで完了してれば、こんなに悩んだりしてないわよ」
霊夢がまただるそうに大きな溜息をついた。
「結界の調整っていうのは、そんな簡単に済むものじゃないの。どうしても紫の協力が必要になる場合もあるしね。里の結界の場合、そうね・・・例えるなら、襖をきっちり閉めてもいつの間にか少しだけ開いてる状態、みたいな」
「なんだそりゃ」
魔理沙が首をかしげる。
「・・・原因がどうもわからないってこと。閉めても閉めてもまた開く。襖の立て付けが悪いわけでもないし、誰かが勝手に開けちゃうわけでもない。自然にスッーと開く、って感じかしらね」
自然に開くねえ・・・河童が開発してる自然に開く扉みたいだな。
「あはは、ちょっとしたホラーだな」
魔理沙が声を上げて笑うが、霊夢の表情は真剣なままだ。
「もう、笑い事じゃないわよ。魔理沙はあんまりそういう仕事に携わったことがないからわからないだけで、割と重要なのよ、博麗の巫女の仕事としてはね」
「ふーん、そっか」
・・・うーん、魔理沙の態度を見る限り、自分にはあまり関係がないと考えてないように感じるんだが。
「神社はまだしも、里近くの結界が壊れたらかなり大変なことになるわよ。特に今の状況だと、ちょっとした弾みで、外の世界の悪霊とか悪魔とか、邪神とか、そういうのがわんさか幻想郷に訪れる可能性があるんだから」
「おー、そりゃーこええな」
魔理沙は余裕の笑顔をしているが、霊夢は冷静に言う。
「・・・大抵はすぐ退治すればいい話だけどね。ただ」
霊夢はそこで一旦言葉を止めた。
「本当に凶暴なのが来たら、洒落にならないから」
「凶暴なのだって?」
僕は思わず魔理沙と同時に同じ言葉を発した。
「うお、びっくりした」
魔理沙が驚いた顔で僕の方を見る。
「そういう可能性があるのかい?凶暴な奴が来るって―」
僕は二人の会話に口を挟んだ。
「何だ香霖、ビビってんのか」
魔理沙がニヤニヤ笑っている。
「あのねえ、こっちは真面目に話してるのよ、魔理沙」
霊夢は呆れ顔で魔理沙を見ると、次に僕の方に顔を向けた。
「あくまでも、可能性の話よ。手に負えない凶暴な奴が里で暴れたら大変って事」
「そんな時に頼りにされるんだろう?博麗の巫女は」
僕は霊夢の目を真っ直ぐ見た。
「そうだそうだ、霊夢ならすぐやっつけられるだろ」
魔理沙も霊夢の顔を見ながら笑顔で言う。
「そうね・・・ただ」
霊夢はまた、だるそうにしながら下を向いた。
「私、たまに思うのよ。私でいいのかなって」
「は?」
「そもそも、私以外にも異変解決してる人って大勢いるじゃない。早苗とか―」
霊夢が力の無い声で言う。
「まあ、そりゃまあ―そうだけどさ」
魔理沙は歯切れが悪そうに頷く。
「他にもいっぱいいるわよねえ」
霊夢が俯いたまま小さな声で言う。
「咲夜、妖夢、文・・・挙げればキリがないね」
僕は顎に手を当てながら呟く。
「他ならぬあんたもその一人じゃない」
霊夢は顔をすっと上げると、魔理沙をじっと呆れた目で見つめる。
「いやいや、私はどっちかっつーと相棒だろ?霊夢の」
「手柄」
「え?」
「独り占めしたこともある癖に」
「あ、ああ・・・そんな事もあったか」
魔理沙の視線が霊夢の目から逸れた。・・・まったく、しょうがないな。
「何かもう、全部投げ出してすっきりしたい」
霊夢がボソッと呟いた。
「何弱気なこと言ってるんだよ、霊夢らしくないな」
魔理沙が霊夢を心配そうに見ている。
「だって・・・何回も言うけど、色々やらなくちゃいけないことが多いのに、きっちりやれなくて歯痒いのよ」
霊夢は辛そうな顔をしている。
「それで仙人にはお説教、神社の結界とかは紫に頼りっきり。・・・心の休まる暇が無いのよねー」
「いいや」
僕はそんな霊夢の顔を真っ直ぐに見据えた。
「そんなマイナスの方向に考える必要はないんじゃないか、霊夢」
「え?」
「本当に大変で、どうしても力を貸してほしい時は、頼りになる仲間が大勢いるじゃないか」
僕の言葉で霊夢の表情が変わる。
「霖之助さん・・・」
「異変の解決にしたって、君一人の力でなく、誰かと一緒に協力し合う事も可能だろう?なあ魔理沙」
僕は魔理沙の方を見た。
「ああ、霊夢と一緒ならどんな事でもやれる自信はある」
「魔理沙・・・」
「一人で抱え込むのは良くないぜ。手伝えることがあったらいつでも協力してやる」
魔理沙は霊夢に向かってニッコリする。
「ありがとう・・・」
霊夢は照れくさそうに顔を背けた。
「その通りだよ。魔理沙の言う通り、僕にも出来ることがあったら遠慮なく伝えてほしい」
僕も霊夢に向かって言う。
「ほらほら、そんな顔するなよー、元気出せよ元気」
魔理沙はぽんぽんと霊夢の肩を叩く。
「・・・ううん、ちょっと今日は本当にだるくってさー」
「だったら今日はもう休んだほうがいいんじゃないのかい?」
僕は霊夢に提案する。
「だな、無理は良くないぞ。・・・何かやれる仕事あったら引き受けるぜ」
「いいの?じゃ、じゃあお願いしてもいいかな・・・」
霊夢が店を出ていった直後、魔理沙は渋い顔で盛大な溜息をついた。
「勘弁してくれよ、もう・・・」
「・・・」
「香霖」
「何だい?」
「これ、お前が引き受けたことにしてくんない?」
僕の目の前に、箇条書きで書かれた魔理沙への指示書が突き付けられた。
「絶対に僕には出来ない仕事がいくつか入ってるんだけど」
「じゃあできる奴だけやってほしいな」
「・・・」
「何だよ?」
「後はどうするんだい?」
「出来そうな人に当たってみる」
「・・・」
「勘違いするなよ、私だって二、三個はちゃんとやるからさ」
「まったく、しょうがないな・・・」
「にしても、あいつがこんなにいろんな事に追われてたとはなあ」
魔理沙がもう一度指示書に目を通しながら言う。
「こりゃあ、嫌になる気も分かる気がする」
「そうだね・・・だからこそ」
僕は魔理沙と目を合わせた。
「助けてあげるべきだと思うよ」
「だな!」
「あら?これからお出かけですか」
準備を済ませ、店を出た僕の目に入ってきたのは、紅魔館のメイド長の姿だった。
うわあ・・・最悪のタイミングじゃないか。せっかくのお得意様だってのに・・・
「・・・ああ、申し訳ない。ちょっと野暮用で・・・臨時休業に」
「そうですか・・・残念です」
「色々と片付けなければいけないことがあってね」
「・・・」
「それじゃ」
「待ってください!」
後ろから咲夜に呼び止められた。
「この時間でそんなに慌てて出ていくというのは・・・何かありますね」
む、鋭い。
「・・・霊夢の仕事の手伝いだよ。色々とね」
「・・・」
「どうしたんだい?」
「いえ・・・よろしければ、お手伝いしましょうか?」
「え・・・いいのかい?」
「構いませんよ」
咲夜は笑顔で言う。
「実はさっき、魔理沙からこんなに手伝いを頼まれてしまいましてね」
「え?」
咲夜は一枚の紙を僕に見せつけた。
「多分、あなたのその手伝いと被ってるのもあると思いますけど」
「・・・」
僕の店、香霖堂はお得意様はそこそこいる。だがどういうわけか、店に来た時にトラブルに巻き込まれたり、結局お目当ての品物を買う事ができない事も多い。それでも足しげく僕の店に通ってもらえるのは、僕の努力の賜物か、はたまたお得意様たちが寛大な心を持っているからか・・・
現在の僕は店の評判など気にせずに毎日を過ごしているが、よくよく考えてみればこれは大変なことだ。ある程度お得意様はいるが、その人たちの心証まで悪くするのはまずい。お得意様に「あの店は駄目だ」と少しでも思われたら大きな損失になってしまう。さて、ここは正念場だな・・・
「・・・まあ、これぐらいなら、すぐに終わるでしょうね」
「ええ?いやそんなに簡単には・・・」
「・・・ふふ、お忘れですか?私の能力を。終わったら、お店をまた開けてほしいんですけど」
十六夜咲夜は、僕に向かってニッコリ笑顔を作った。