そしてまた始まる
休日が終わった。
昨日は海と分かれた後は一目散に家に帰ってきた。玄関の扉を乱暴に開け放ち、少し物音を大きくして歩いた。それに、気付いた母さんが「どうしたの?」と聞いてきたので、間髪入れずに「お兄ちゃんが途中で遊びに行った!」と伝えた。お兄ちゃんが居なくなったので、腹が立って家に帰ってきたとすればあまり疑問も浮かばないだろうと考えてのうえだった。
後は、今の自分の部屋に直行してゲームに取り掛かる。そして、欠伸を繰り返しながらもゲームに没頭していた。ボスを倒した所で一息吐いた。ふと外を見ると真っ暗になっていた。最後に欠伸を一つした後にゲームの電源を落として、リビングへと向かった。
そこには、疲れたという文字が顔から浮かんで来そうなまでにやつれた自分の顔をした海がいた。気を利かして二人にしたつもりだったのだが、存外疲れてしまった様だ。確かに、君村はテンションが上がってくると徐々に面倒くさい性格になる。それを直に受け止めてしまうと相当に疲れるだろう。
「お疲れ」
「あっ、お兄ちゃん勝手に帰るなんて酷いよ!」
こちらに気付くと開口一番そんな事を言った。親も居ると言うのにそれを考慮する事もできない程に疲れ切っているらしい。
「あれ?大地今なんか変な事言わなかった?」
母さんにそう言われても反応が無いあたり頭の回転もすこぶる落ちているのだろう。
「お母さん、お兄ちゃん今疲れてるから変な事しか言わないんだと思うよ」
「だろうね。それにしても大地が外に出た後に疲れて帰ってくるのは珍しいね。家に居る時の方が疲れているのがいつもの事なのに」
そういうと、母さんは料理を再開した。机に載っているお茶請けを食べにこっちに来ていただけなのだろう。
「お兄ちゃん、いつものお兄ちゃんらしくないって言われてるよ」
「仕方ないでしょ……。君村さん本当に疲れたんだから」
「けど、あの性格なら適当にしてても問題無さそうでしょ。今のお兄ちゃんの態度は家の中じゃ問題あるけどね」
その言葉に気が付いたのか、咳を鳴らした。やはり、俺と海の体が入れ替わっている事は家族には知られたくないらしい。しかし、両親に「実は体が入れ替わっちゃいました!」等と伝えた所で、お金を渡されて二人仲良く病院を勧められる事が想像に難くないので言わない事にする。その上、大半の人間はその様な事を信じないだろう。無論、入れ替わる前であれば自分も絶対に信じなかっただろう。しかし、それでも振りをしとくのが利口である。
「お兄ちゃんは君村さんと楽しめた?」
「君村とは確かに楽しめたよ。サバサバしてるから気を回すと馬鹿を見るのが分かったから後はずっと適当な話題を探して話してた。それだけでも女と男って全然違うんだなって思ったよ」
周りから見ると正常で、中身が変わった歪な状態に戻った。
「ご飯できたからそっち運んで」
私がリビングに来ていた時には料理はすでに大詰めを迎えていたみたいだ。たまたま、最後の仕上げで時間ができたから母さんはこっちに来ていたのだろう。そう思うと長い間ゲームをしていた物だと思う。
返事も適当にして、料理を運ぶ。
大皿二品と汁物と焼き魚の計四品が今日の晩飯の様で、ゲームに没頭して時が止まっていたお腹も唸り声を上げてまだかまだか待ち望んでいる。しかし、動いているのは俺だけの様で、海は机に突っ伏して動く素振りを見せない。本来の俺であれば料理が出来上がるまでゲームをやり続ける事が大半だったので本来の自分であれば手伝いをすること自体が珍しいとも言える。けれど、現在は海の姿をしている。
そもそも、海は手伝いは進んでやる様な奴なのだ。怪しまれる様な芽は摘んでおくに限るので今までの海と同じ様に行動する。海が現在突っ伏しているのは別に意図的な行動ではなく、単に疲れたから動けないだけなのだろう。しかし、それで正解だ。
やがて、晩飯の準備が終わるとそれぞれが料理に手をつけ始める。晩飯を食べ終わったらゲームを再開しようと思っていたが、食べている内にその気持ちが霧散していた。おそらく、慣れない体でゲームをやるのに疲れたのだろう。
晩飯を食べ終えると自然に足が今の自分の部屋へと向いている。そして、部屋に到着するとすぐに体をベッドに預けていた。
無意識な行動はいつもの海の習慣が出るのだろう。ベッドに預けている内に徐々に目蓋が重くなっていく事を感じた。
「ああ、お風呂に入らなくちゃ……」
しかし、まどろみはいつしか限界に達して来つつあった。徐々に、見えていた範囲が狭くなってきてしまい、やがて一面が真っ暗になっていた。
再度目を開いた時には紫色掛かった空が目に入った。
「完璧に寝ちゃったな……」
目覚まし時計は無機質な文字で五時と示していた。
二度寝をするのも一案ではあったものの、風呂に入り忘れている現状と目が冴えてしまって、眠れそうの無い今となっては起きる事を決めた。そして、一目散に風呂へと目指す。今はまだ朝早く誰も起きている気配は無い。
脱衣所に入ると男の様な速さで服を脱いで、風呂場に入った。浴槽に手を付けると湯は当たり前の様に水へと変わっていたので湯船に浸かるのは諦めた。変わりにシャワーで事を済ませる。
体が入れ替わってから、風呂に入ると海の髪が短くて良かったと思う。もしも、ロングだった場合は髪を洗うだけで時間が掛かる事だろう。その手間が無いだけ本当に助かったと思う。そして、そうじゃないからこそ、体を洗う事に関しては困る事が無かった。もしかしたら海は困った事があったかもしれないが、俺に関しては特段問題が無い。
全身を洗いを終えると気持ちが晴れ渡るようだった。しかし、今後はこんな事にならない様に毎晩風呂に入らないといけない。気をつけることにしよう。
そう決意してから風呂場から出ると、脱衣所の扉が開いていた。どうやら、脱衣所の扉を閉めるのを忘れていた様だ。朝が早いからと高を括り、あまり慌てる事もせずに扉を閉めようとドアノブに手を掛けた瞬間に目の前に人が立っていた。その人物は、口元に手を当てながら欠伸をしながら脱衣所を覗き込んでいた。
「おはよう、良い体してるだろう。お前の体だぜ」
間髪入れずに、覗き込んでいた挨拶をすると海の顔は茹蛸の様に真っ赤になった。
「扉くらい閉めて風呂に入れ!」
そして、扉は壊れそうな程な音を立てて扉を閉められてしまった。そもそも、自分の体を見ているだけなのにそこまで恥ずかしがる必要は無いのではないかと思いながら制服を着た。そして、なぜ海はこの時間に風呂に入ろうといたのだろうかと考え、一つの結論に達した・
「あいつ、基本的に朝に風呂入ってたんだな……」
俺の体とはいえ、目が覚めた時点で風呂に入ろうとしたのがその証拠である。もしかしたら、夜に入ってから朝にも入っているのかもしれないが。しかし、それは些細な事だろう。
脱衣所から出て海に声を掛けた後、自分の部屋へと戻った。
昨日はそのまま眠ってしまったので、今の内に準備をしておいた。そして、一度深呼吸をした。
今日からまた学校が始まる。