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女子高生の休日の始まり

 朝日が差していた。

 気温も暖かくなっているにも関わらず、布団に包まっていると心地良い睡魔が襲ってくる。その睡魔に身を委ねても良かったのにいくら目を瞑ろうとも意識を手放すことはなかった。

 やがて、体を起こして窓の外に目を向けてみると青い空が広がっていた。本日は快晴でお出掛け日和だ。

 その次に目線を真下に向けた。すると、緩やかにカーブを描いた胸が僅かながらに服の下から主張している。

 はぁ、と一つため息を吐いてから今日の事を考える。

 一日経てば元に戻るのではないかという淡い期待は物の見事に外れてしまったので、今日はこれから何をするかを考えなければならない。もしも、こんな事になっていなければ一日新作ゲームで費やして遊んでいる所なのだけれど、生憎海は休日に出掛ける事が多いのでそれに沿って行動したい。

「ああ、どうしようかなー」

 体が妙に疼いて仕方が無い。

 休日だからこそゆっくり休もうという考えは海にはないらしい。精神は自分にも関わらず、体は海なので考えている事と体の習慣は一致しない。昨日もゲームをやっていたというのに時折集中力が切れて外の天気を度々確認してしまったのは海の体の所為だろう。俺の体ならばまず間違いなく太陽が落ちて部屋が真っ暗になったとて気が付かないはずだ。一人暮らしをして、ゲームをしていたらたちまちの内に餓死するだろうと自信を持って言える程に集中するのだから間違いない。

「お兄ちゃん、私の体でゲーム三昧だなんて許さないからね」

 そんな言葉と供に部屋の扉から俺の体が現れた。

「ノックくらいしろよ」

「自分の部屋にノックなんて必要ありません」

 そう言うや否や、寄って来たかと思えばすぐさまこちらを覗き込んだ。

「キャー、変態!」

「自分の体にどこの誰が興奮するのか教えて欲しいな」

「そうかな?案外他の体で自分の体を触ってみると感じ方が違うかもしれないよ」

 俺の体の手を掴んで今の自分の胸に押し付けた。そうすると、自分で胸を触ってみた時よりも明らかに触られた感覚が違う。もしかしたら、自分でどういう風に触るかが想像がついてしまうからかもしれない。けれど、人から触られるというのはどの様に触られるか予想が付かない。それが、興奮剤になっているのかもしれない。なるほど、こういう事を知る事が出来たのならば存外入れ替わりも悪くは無い。

 海の顔が林檎の様に赤く染まっていた。頭の上に薬缶を載せたら沸騰して笛の音を鳴らし始めるだろう。

「何やってんの、お兄ちゃん……」

「ほら、やっぱり感じ方違うんじゃないか?俺も自分でやってみた時と違うしさ。こうなんていうかゾクゾクって背筋から来るみたいだし」

「何やってんの!?お兄ちゃん!?」

 オウム返しの様でそうじゃないらしい。

「なんで、あたかも胸を触った事がある様に喋ってるの!?」

「そりゃあ、付いてたら触るだろう。いつも付いてない物が付いてたら気になって触ってみるというのが普通の反応だろうさ」

「いや、触る必要ないじゃん!」

「それじゃ、海からお墨付きの風呂入らなくても良い宣言を貰ったことだしこれからは毎日汚い体で過ごすとするよ」

「いや、お風呂は入ってよ!」

「それじゃ、見られたら嫌なあんなところやこんなところまで見えちゃうけど良いの?」

 そういうと、犬の様に唸り始めた。それは案外ジレンマらしい。そして、その唸りは止まる所を知らない。

「昨日は風呂入ったけどな」

「それじゃ、今の会話意味無いじゃん」

 威勢の良かった肩をすっかり落としてこちらを向いていた。

「ところでいつまで私は私の体の胸を触り続けてないといけないの?」

「嫌ならすぐに手を離されるでしょ。仮にも男の体な訳だしさ。一向に揉むのやめないから、揉み続けてたいんだと思ってたんだけどさ」

 あまりに揉み続けるので、少し体の奥が大変になって来てるまである。なるほど、これが男と女の体の違いかと関心していると、慌てる様に手を引っこ抜かれてしまった。もう少し触ってもらっていたら他にも違った新発見があったかと思えばもう少し気付かれ難い表現にしてお茶を濁しておくべきだった。惜しい事をした。

 ただし、禁断の愛には興味はない。

「全く、お兄ちゃんはこれだから……」

「お互い様だろう。海も俺の物を見て触ることになるんだから」

 やっと蒸気が出ない様な顔色になっていたにも関わらず、俺の顔が再び赤く染まった。まるで山のに萌える紅葉を見ている様で楽しい気分になってくる。

「誰が嬉しくて家族のそんな物みたいと思うの!あんなの見たくも触りたくも無いよ!」

「これが男と女の違いというものなのかな」

 けれど、確かに家族のそういう物はあまり見たくないという感覚はあるかもしれない。いや、出来るだけ見ない様にしてあげたいと言った方が正しいかもしれない。

 そんな事を考えているうちに、密かに俺の顔の口角が上がった。海のこういう所は分かり易いので予め心構えが出来て凄く良い所だと思う。

「短小」

 少しの間自分の頭の上でハテナマークを浮かべた後に理解した。ああ、なるほど。

「しっかり見てるじゃないか」

「見えちゃった物は仕方ないからしょうがないじゃん。まあね、これに免じて許してあげない事も無いよね。心もちっちゃい男はあそこもちっちゃいから仕方ないよね」

 体を反って、こちら優位に立とうとしていた俺の姿が目に映った。俺の体を貶す言葉が俺の体から発せられたかと思うと滑稽に感じてしまう。そして、何よりもその事について自分が全くダメージを受けてないのが何よりも滑稽さに磨きをかけているのかもしれない。

「それにしても、お兄ちゃんに妹の性事情打ち上げるのはショックだわ。いつからかは知らないけど色んな一物見て来たって発表されたら流石に幻滅するわ」

「性事情とか妹の前で言うこと事態がお兄ちゃんとして失格だよ!」

 三度沸騰した。

 こんなにも真っ赤になってしまったら、血圧が高くなり過ぎて血管が切れて死んでしまうのではあるまいか。流石に、女性の体に興味がある自分であっても女性の体として生きていくのは嫌なので注意してもらいたい。何より恋愛相手が男とか勘弁である。女の子と純粋にピュアな恋がしたいのだ。男にされる等と考えると身の毛も弥立つ物だ。

 女性と恋人関係になれない訳じゃない。しかし、どこぞに行けば塔が立ったと騒ぎ立てる人間がいる境界線は越えたくない所だ。

 早く元の体に戻りたいと口にしてから大きく深呼吸をした。

「さて、今日は何をしようかな」

「それに至るまでの今までの無駄な会話は何だったのよ!そもそも私はそれを言いに来たつもりだったのになんでこんなに時間が掛かったの!」

 海の沸点がそろそろ常温になってしまうのではないかと心配になる。もし、自分が俺の体に戻れても湯気が出そうなまでに真っ赤な顔が続くのは嫌なので、そろそろ自重すべきだろう。

「悪い悪い。けど、一応今は体が入れ替わってるし、ノックくらいはしような」

「まあ、それに関しては謝る……」

 一度謝ると感情の高ぶりはある程度に収めてくれるもので、海も少し反省してくれていた。一度怒り出すと手を拱くが基本的には素直な子である。

「何かいたしてるかもしれないしさ」

「待って、今聞き捨てなら無い事言った気がする!」

 なるべく、小さな声で漏らした言葉であるにも関わらず聞こえてしまった様だ。ここで「キャー、エッチ」とでも言ってしまうと話を停滞させてしまうので喉の奥で押さえた。もちろん、全力で言いたいが仕方が無い。

「何も言ってないよ。それにしても、今日何するか言いに来たって言うけど今日はなんか海に予定あったの?」

「……まあいいや。今日やらなきゃいけない事はないよ。ただ、私は一刻も早く元の体に戻りたいの!」

「なんで?」

「なんでって!女の子と男の子じゃ色々違うの!」

 そういうと、戻ってきていた顔の色が再び赤くなっていた。その上、体が生まれた小鹿のように立つのもままならない状態になっている。そういえば、トイレもまた女子と男子では違う事を今更ながら気が付いた。ただ、そこまで問題が大きいかと考えるとさりとてそんなに重要かと疑問が残る。

「トイレくらい普通に行ったら良いじゃん」

「トイレも慣れない物が付いてるから違和感があるの!」

 それでも我慢が出来ないのか、鬼気迫る顔で部屋から駆け出していく。もしかしたら、さっきまでずっとトイレを我慢していたから感情を制御する事が出来なかったのかもしれない。そうなると、本の僅かに申し訳ない気持ちになる。

 トイレから戻ってきた海は涙を目に蓄えながら戻ってきた。

「もうやだ……」

「そこまでか」

 トイレにこんなにまでショックを受けているとは思わなかった。

「女子のトイレより楽だろうに」

「男はどうやってトイレをすれば良いのか分からないもん……」

「そんなのズボンを下ろすなりして立ってすれば良いよ。慣れたら案外男の方が楽だって」

「だって……」

「なんならその時になったら教えるから」

「変態……」

 流石に見られながらやるのは論外らしい。そして、自分も俺の体とは言え、他の人のトイレする姿を見る様な事はしたくないので助かったと言える。

「男になって戸惑う事とか嫌な事もあるかもしれないけどさ。男だからこそできる事もあるはずだからさ、女じゃできない事もやってみたら良いから。こんな機会生きてる内にはもうないんだからせっかくなんだから男で満喫しなよ。海は太ってたりはしてないけど、体重の事とか男は余程じゃない限り気にしたりしなくて良いんだからさ」

「うん……」

 それでも、まだ海の顔は晴れなかった。

「……よし、それじゃ男なりの楽しみって言うの今日は見付けに行くとしようか」

 海はこちらをあっけに取られた様に無表情になった。ただし、先程の悲愴な顔をよりかは遥かに良いだろう。負の感情は輪廻の輪の様に回り続けてしまう物だからその輪を抜け出せただけでも前進だ。

「それじゃ、準備が完了したら出掛けるよ」

「えっ、どこに?」

「そりゃ、適当に」

 何も決まってなければ、ノープランで構わない。そして、外に出ている内にやりたい事を見つければ良いから問題ですら無い。

 一番重要なのは行動あるのみと言えよう。

 無理やり海に頷かせた所で俺は上のパジャマを脱いだ。パジャマの時にブラを着けると寝辛かったので外して寝た為、上半身は物の見事に裸になった。それを見た海が再度顔が真っ赤になったものの、何も言わずに部屋から出て行った。おそらく、何を言っても無意味だと悟ったのだろう。

 着替えを終えて、リビングへと辿り着くとトーストを焼いて朝食に手を付けた。しばらく食べ続けている内に海が降りてきた。男の体になったとは言え、女の子の着替えは時間が掛かるようだ。

 二人は朝食が食べ終わると、残りの身支度をし終えてから玄関へと向かった。

 俺は化粧はした物かと悩んだものだが、そもそも海が化粧道具を持っていなかったのでその悩みは杞憂に終わってしまった。なぜか、後悔の念があったところを考えると少し楽しみにしていたのかもしれない。嫌な慣れである。

「準備は良いか?」

「うん、大丈夫」

 玄関の扉を開けると太陽の光が一番に目に入った。

 そして、起きた時と同じことを思い出した。

「今日は絶好のお出かけ日和だ」 

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