違和感のある日常
面倒臭い。
いつもであれば休みであった土曜日でさえもこれからは通わなければならないのかとため息が出てくる。海の通っている学校は知らないので、海に着いて来て貰った。けれど、海はバスと電車に乗っている際には頑なに素顔を隠し、俺との距離を空けていた。余程、自分の兄である俺と一緒にいる所を見られるのが嫌らしい。しかし、それでも少しは気になるのか、チラチラとこちらの様子を伺っては目線が合う度にそっぽを向かれる。
やがて、降車駅まで着くと外に出た。土曜日という事もあってか電車もバスもある程度に空いていたのだが、平日はまず間違いなく満員電車になることだろう。それを考えるだけでも少し憂鬱だった。ただし、なったものは仕方がないと踏ん切りをつけて先のことを考える。
「と、その前に」
海がどこにいるのかを探す所から始めないといけない。人が降りていなくなる中で、辺りを見回した。しかしながら、どこからもいる気配がしなかった。そして、とある一つの結論に達した。
「もしかして、あいつ寝過ごしたんじゃないよな……」
すでに電車はベルの音を鳴らし、走って行ってしまった。しかし、海は一向に姿を見せる兆しがない。そこへ自分の来ている制服と同じ物を着た女性が最後の方で電車のホームへ向かう姿が目に入った。おそらく見失ってしまえばもう一本電車を待つ必要が出てくる。だからこそ、躊躇する事無く彼女の後ろをついていく事にした。このまま、海を待って遅刻した時と同様にこの場に居なかったとしても愚痴愚痴と文句を連ねるだろうから面倒事は後に回す。
階段のホームを降りていく彼女の後ろを人一人分の感覚を空けて付いて行った。耳元を見てみるとイヤホンが付けている事が分かった。
「そういえば、校則どんなのか知らないな」
どこの学校も校則等は大抵似通っていると思うが、持ち込む事ができる物の制限等を知らない。もしかしたら、海の通う学校というのは持ち物は寛容なのかもしれない。そんな事を考えている内に、学校の前まで辿り着いた。そして、校門に辿り着いた矢先、目の前にいた彼女が先生に説教をされながらイヤホンとスマートフォンを没収している姿を見掛けた。物を没収されて身を縮込める姿をしている所をみると本来はその様な事をしないのだろう。思わず可愛いと思ってしまった。
その姿を脇目に見ながら校内に入った。しばらく進んでいくと、朝の騒々しく人が集まる集団が二つあった。それはどちらも玄関口で靴箱がある事が確認できた。しかし、どちらにあるのかは分からなかった。そこで、見た事のある顔を見付けた。そして、その者の元へと駆け寄った。
「おはよう、宵歌」
「おはよう、海ちゃん!」
宵歌はこちらに手を振ってくれた。
「ここで声を掛けてくれるなんて珍しいね、海ちゃん。いつもは教室に入ってから挨拶してたのに。どういう風の吹き回し?」
「たまにはそんな事もあるよ」
「それは嬉しい事を言ってくれるね」
宵歌は照れた様に頭をポリポリと掻いていた。
「それじゃ、一緒に教室に行こうよ」
そう言うと、勝手知ったるのか海の上履きを取り出したのかと思うとこちらに寄越してくれた。そうして、俺はそれに履き替えて、宵歌が取り出した場所に履いて来た靴を入れた。宵歌は目を輝かせながら俺を待っていた。そして、教室に行くまでの間俺の前で奇妙な踊りを上機嫌に踊っていた。しかし、そんな彼女の隣にいる俺の方が注目されてしまい、行動を失敗したと思わざるを得なかった。
注目されながらも教室に辿り着いた。
二階の廊下の突き当たり、進行方向の右手側と教室の場所を頭の中に刻み付けて、宵歌の後ろに付く様に教室に入った。未だ宵歌の奇妙な踊りを続けているにも関わらず、教室の誰も注目しない所を見るとこれが彼女の平常運転なのだろう。
「変わらないな……」
「うん、何か言った?」
宵歌は顔を向けて思案顔をしていた。
「いや、こっちの話のだよ。気にしないで」
「そう?それなら了解だよ。そうそう!そういえば海ちゃんに昨日シャーペン貸してたの忘れてたよ!」
宵歌は頭の前で手を合わせた。いや、それだったら返さなかった海の所為だろうと思わずにはいられなかったが、そう思っている内に宵歌は鞄を机の上に置いた。そして、すぐに違う机に移動して机の中に手を入れた。それから、すぐにお目当ての物を見付けたのかこちらに戻ってきた。
「これこれ」
「うん、昨日はありがとうね。助かったよ」
「いえいえ、どういたしまして」
そう言って、宵歌は満面の笑みを浮かべた。そうしている内に、宵歌に声が掛けられ俺の傍を離れていった。
俺は宵歌がシャーペンを持って行った机に鞄を置いて、椅子を引いて座った。そして、教室一帯を見回した。いつもの教室内でグループを作り雑談に励んでいたり、もしくは机に突っ伏して眠っている人もいる。それは、特段変わる事の無い俺の高校でもよく見る風景だった。しかし、同じ様な風景であり全く同じという訳ではなかった。有体に言ってしまえば、異質な空間だった。それはもちろん、本来いないであろう自分がこの教室にいるから感じられてしまうのだろう。
そんな事を思っているとふいに欠伸が出た。一昨日徹夜をして、今日は思いっきり眠ろうとしていたにも関わらず、満足行くまで寝ることができなかった所為だろう。
時計を見て後五分程でチャイムが鳴る所だけれど構わなかった。俺はそのまま机に突っ伏した。