第87話:厄神様はかく語りき
それでも世界は廻り続ける。
第87話をどうぞ。
いつもの場所で、君を待つ。
ネーベルからの伝言ではそう言っていた。
いつもの場所といえば、思い当たるのは学校の中しか思い当たらないのだが。
「死神もあいつがいるならいるって早く言えよ……」
まさか2回も夜の母校に訪れることになるとは思わなかった。非効率的なことこの上ない。こんなルートにしたのは誰だ。
学校の中でも、俺と神楽にとって関係の深い場所と言えば限られてくる。
俺の教室や神楽の教室、屋上前の階段踊り場か部活で使う教室、あるいは。
「やあ、待っていたよ」
「お前ら、もうちょっと捻ろうとか思わなかったのか?」
オカ研の部室。
世界の創造主が、そこにいた。
「ふむ、本当は僕もそうしたかったのだがね。普段行かないような場所で待っていても君をいたずらに混乱させるだけだろう?」
わざわざ俺に訊くな。
「だからここは言わば待ち合わせ場所さ。話をしたい場所は別にある」
「どっかのファミレスにでも行くのか?」
「君もだいぶこの状況に余裕が出てきたようだね。大切な話をする場所というものは大方決まっているものだよ」
少なくともこんなガラクタまみれの場所ではないだろうな。
俺の脇を通り抜けてオカ研を出た神楽についていく。
階段を昇っていき、辿り着いた場所は、屋上。
「ここは普段入れなかったと思うんだが」
「僕を誰だと思っているのかね? 心配せずとも、明日になったら屋上の鍵が壊れていたなんて事態にはならないさ」
さて、今は何時頃なのだろうね。
残念ながら夜空に輝く星の位置から現在時刻を読み取るスキルは持ち合わせていない。そもそもこの世界に時間という概念が存在するかどうか自体怪しくもあるが。
「さて、君はこの世界をどう思う?」
「悪趣味なんてのを具現化したらこうなるんじゃないか」
「そうだね、この世界は美しくない」
はて、この神楽は本当にあの神楽なんだろうか。
別に偽者ではないかと疑っている訳ではないのだが、平時の神楽はこんな喋り方はしないと思う。
「僕は神だ」
何を今さら。
「君は、僕が神であることは可能だと思うかい?」
「言っている意味が分からん。実際に神なんだろ?」
「そのつもりだよ。今のはちょっとした哲学的考察さ、興味がなかったら忘れて構わないよ」
ならお言葉に甘えて記憶中枢からの抹消リスト第一候補にさせてもらうとしよう。
「ところで直樹氏、君は今、文字通り人間離れした存在と接触してきただろう」
お前の筋書き通りにな。
「彼らは極めて特殊な存在だ。人ではない。それだけの理由によって」
少し違うんじゃないか。人に見えるけど人じゃない、だろ。その言い方じゃ虫や類人猿と同列みたいだ。
「あまり変わらないよ。少なくともここ年は人であるか、人でないかが絶対的基準だ」
「ずいぶん無茶苦茶な基準だな」
「まあその基準が相応しいかどうかはまた後日改めて議論するとして、人ではない彼らは人と異なる生を送ってきた」
それは分かる。玉藻やネーベルが人間に持ってる感情はあまり良いものじゃなさそうだってこともな。
「そうだね。彼女らの種族の場合は、人間を圧倒できる力を持っていたことも災いした。人間の力で一番恐ろしいものは何かということは君も分かるだろう」
集団になって戦うことか。
「そうだね。そしてそのように人が人でないものを打ち滅ぼすきっかけ、それは概ね自らの存在が脅かされることに起因している」
「もうちょっと分かりやすく言ってくれ。そういうのは死神で充分だ」
「簡単に言えば、村の娘が妖怪に襲われた、村人全員でやっつけよう。そういった話さ」
そりゃ下手したら次は自分だからな。そういう気持ちにもなるだろ。
「さて、ここで問題だ。人は人でないものを殺しもするし、食べる場合だってある。一方で人でないものが人を殺し、食べることがあるのもまた事実だ。その一方のみをさして悪と見なすのは正義なのかな?」
個人的に言わせてもらえば正義なんてものは傲慢の象徴なんだがね。どの方向から見ても正義なんてものは存在しないのさ。
「なかなか面白いことを言う。君がそういう性格だからかもしれないね。彼女らが君という人間を通して人間社会に再び触れ始めたのは」
「そんなことはどうでもいい」
神楽は何が面白いのか笑みを浮かべながら空を見上げた。ずいぶんと星が明るいな。
「たまにはいいだろう? 本来ならこんな夜空が見れるのさ、今のうちにしっかり目に焼きつけておきたまえ」
余裕があればな。
「あとは厄病神だけだぞ。さっさとヒントなりなんなり教えろ」
先に厄病神と会っていればお前のわけの分からん話にも付き合ってやったんだが。順番を間違えたな。
「ほら、今度の条件はなんだ? じゃんけんでも――」
「誰のことかね? それは」
……なんだって?
「残念ながら僕の知人にそのような名前の人物はいないね。勿論、黄泉君や玉藻君やネーベル君にもいないだろう」
「お、おい、お前なに言って……」
「世界はまわり続けるよ。誰か1人が欠けたとしてもね」
「……っ!!」
どういう、ことだ。
こいつらを見つけて終わりじゃなかったのか? 何だこの状況は?
お前の課題はまだ終わってないだろ?
「ああ、君は僕の課題を見事にクリアしてくれたよ! おめでとう!」
違う。
俺が求めているのはそんな言葉ではない。
あるはずがない。
「実は僕もこの世界がだいぶ気に入っていてね! どうだい!? 空気も綺麗だ! いっそのこと他の皆もこちらで暮らすようにしようか!」
「……?」
「そうだな! 夜明けをもってこの世界を僕たちの世界にしようか!」
「っ! お前、あんまりふざけてると……!」
「ふざけてなどいないよ! ほら!」
神楽が指を掲げて鳴らすと同時に、喧騒が耳を襲った。
「う……っ!?」
同時に夜空の星が消える。
いや、消えたのではない。
見えなくなったのだ。
こんなにも、地上が眩しいから。
「え?」
車のクラクション。電車が橋を渡る音。
街は、何もかもが元通りになっていた。
そう、誰もがそう思えるほどに。
「どうだい!? これでも君はこの世界が不服かね!?」
呆然とする俺を一瞥すると、神楽は最後にこう言った。
「この世界は朝日と共に確定される! もし君がこの世界にまだ尚も違和感を持っているのなら、それが期限だよ!」
「待……!」
「残念ながら待てない! さらばだ!」
風と、光。
思わず目を閉じ、再び開いたその先に人影はなかった。
「……なんだよ、これ……?」
これか。
これなのか。
あいつの、本当の狙いは。
「どうしろっていうんだ……」
そして誰もいなくなった。