第76話:厄神様はかく迎えり
どうもこんにちは、ガラスの靴です。
今回は若干長めになってしまいました。
というかもしかして普段から長いですかね?
では第76話、どうぞ。
明くる日の朝。
俺は厄病神を連れて一足先に家を出た。
「ほら、しっかり掴まってないと置いてくぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださーい! 離したらどうなっちゃうんですかー!?」
たぶん、後方へ吹っ飛ぶと思う。
「そんなの嫌ですー! もっとゆっくり走ってくだ――きゃああぁぁぁぁ!!」
まあ俺は別に意味もなく厄病神で遊んでいるわけではない。いや確かにちょっと楽しいが。
本来の目的は、藤阪を自転車で迎えにいくことにあった。
「ふ……藤阪さんには伝えてあるんですかー?」
「大丈夫だ。問題はない」
「……伝えてないんですね?」
「…………」
「きゃああああ!! わかりました! わかりましたからそんなに飛ばさないでくださいー!」
何故か、藤阪の家には早く着いた。
「はぁ……はぁ……」
「普段楽して飛んでるからこういう時に疲れるんだ」
「それは直樹さんが速く走るからです……」
まあ調子に乗りすぎて車にぶつかりそうになったりもしたが。
「…………」
俺は、みっともなく地面にへたりこんでいる厄病神を見ながら、昨日死神が言っていたことを思い出していた。
――お前と小夜の関係について、もう一度考えてみることだ。
「……ただの幽霊と宿り主じゃないか……」
「……? 直樹さん、今なにか言いました?」
いいや、なんでもない。
いつまでも人の家の前で立っているのも怪しい。俺は玄関の呼び鈴を押した。
『はーい……あら、狭山くん! どうしたの?』
最近はインターホンだけで相手が誰か認識できるから楽だ。話が早い。
「いえ、藤阪を学校まで送ろうかと」
『……こんな時間に?』
こんな時間?
腕時計を見る。
8時ちょっと前。
「……変ですか?」
自転車があるから多少遅くなっても平気だと思ったんだが。
『んー……、それじゃあ家に上がっててもらえる?』
マジですか。
結局そのまま藤阪家に。どうやらお父さんはもう出勤したらしい。
「あれ? 狭山先輩、どうしたんですか?」
リビングに藤阪妹が降りてきた。この時間に登校するようだ。
「いや、藤阪を迎えに」
「……え? それって……」
「細かい事は気にするな。藤阪はどうしてる?」
「……お姉ちゃんなら……」
トッ、……トッと不規則な足音。やがてその音の主が現れた。
「……ん、すみれ、おはよー……」
「お、おはようお姉ちゃん。……でもその……」
「……何よ?」
俺は今まで兄弟姉妹というものは同じ時間に家を出るものだと思っていたのだが、どうやらそれは間違いだったらしい。
まあ簡単に言うと、
「……お前、なんでまだパジャマなんだ?」
「…………へ?」
藤阪はまだ寝巻きだった。阿呆みたいな声出すな。
「……な、なんであんたがここにいるのよーーー!!」
「迎えに来たんだよ! いちいち怒鳴るな!」
「だぁーーー!! ちょっと母さんなんでこんなやつ家に入れたのーーー!?」
物凄い言われようだな。
「……藤阪さん、いつもこうなんでしょうか……?」
「さあな……」
もうメール送るのやめようか。
「そうだ藤阪。お前に渡すものがある」
「なに? 金?」
第一候補がそれか。
「そうじゃなくて、薬だ薬。碧海からもらった特製の薬だぞ」
「……へー」
捻挫だとは思えない驚異のスピードで学校へ行く支度を終えた藤阪に薬を見せる。途端に機嫌が悪くなった。
「……どうした? ひょっとしてもう治ったとか?」
「まだちょっと痛むわよ。そうじゃなくて、凛のところって薬局か何かだっけ?」
しまった、普通は特製の薬なんてないよな。
「あ、いやな、あそこは道場だから、そういった怪我のために薬は最高級のものを使ってるんだ」
「……ふーん……」
全然信じてないだろ。
「まあいいわ。行きましょ」
どうやら俺は事態を甘く見ていたようだ。
「ちょっと! 急ぎなさいよこのバカ!」
「無茶……言うな……」
昨日学校から帰ってくるときにはまったく気付かなかったが、学校から藤阪の家にかけては全体的に下り坂になっていたようで、つまりどういうことかというと、学校まで延々ゆるやかな上り坂が続いているという罠。
正直に言おう。無理。
「大丈夫ですか直樹さん!?」
厄病神が普通に飛びながらついてこれている時点でかなりヤバイ気がするのだが、どうも俺はあまり自転車という乗り物と相性が良くないのかもしれないな。
「あーもう死ぬ気で飛ばしなさいよ! 死んでもいいから!」
「ふざけんなぁ!」
藤阪の話によると家から学校までは全力ダッシュで10分かかるという。これはもう諦めた方がいいのではないだろうか。
「よし! 遅刻したら昼食奢りなさい!」
「普通そこは鞭じゃなくて飴だろ!」
「よく間に合ったな」
「ふ……ふふ……俺を舐めるなよ……」
足がガクガクしているが仕方がない。明日は絶対筋肉痛だなこれは。
「それにしても、もう期末試験かぁー! クッソー! この世から試験というものなど消えてしまえー!」
期末試験1週間前。
今日の朝礼での担任の言葉はクラスの大半を憂鬱にさせた。
「しかし特定の範囲内での効率的な知識の定着及び整理を要求し、その達成度によって評価をつけるこのシステムは実に合理的だ。人間達の考える事の中にも時折目を見張るものがあるな」
自主的な思考能力が育ちにくいと評判だが。というかテストがいつの時代からあると思ってるんだお前ら。
「そうだ、さ・や・ま・くーん?」
「気色悪い声を出すな。言っておくが今回は俺だって人にノート貸してる余裕ないからな。無理だ」
「……はっはっは、オレは分かってるさ。お前がそういうことを言うのは一種のコミュニケーションみたいなものだって。それじゃ、ノート貸してくれ」
「聴いてなかったのか。無理だ」
「…………マジで?」
マジで。
「…………でえぇぇぇぇ!? じゃあどーするんだよオレのノート!?」
「知るかぁ! そもそも授業中に写してない時点でお前の責任だ!」
「やべえええええ!! 授業何にも聴いてねえええええ!!」
放っておこう。
「……直樹。今の話、マジなの?」
「……お前もかよ……」
「なあ、本当に桜乃は呼ばなくて良かったのか?」
「……っ! しつこい! いいのよ! あいつは!」
「……そ、そうか……」
今、俺は藤阪の家で一緒に勉強をしている。
そして、とても気まずい。
どうしてこういうことになったかと言うと、話せば長いのだが……。
――ほらほら、あたしは怪我人なのよ?
――ここにきてそれを言うか……
――何よ、なんか文句あるの?
――分かったよ。ノートを写させればいいんだろ?
――コピーでいいじゃない。
――どうせコピーしたって試験前くらいにしか見ないだろ。
――く〜……こんな時に限って正論を……
――じゃあもうアレだ。どうせ家まで送るんだから、その後勉強会でもしないか?
――……へ? べ、勉強会? あたしの家で?
――無理だったらまた前回みたいに学校に残って皆でやることになるか……
――だ、誰も無理だなんて言ってないわよ!
――お、そうか。じゃあ桜乃も誘うか。
――……は?
――……あれ?
……我ながら、どうしてこんな気まずいのか分からん。
「……っと」
ふと時間を確認するともう6時を回っていた。長居しすぎたようだ。
「なあ藤阪、そろそろ帰――」
「もうちょっと! いいからいなさい!」
藤阪はノートの量にまず愕然とし、ついで絶望し、すると何故か憤慨し、最後に奮闘を始めた。要は俺がいる間に少しでも多くノートを写そうとしているのだ。
「……じゃあ、ちょっとトイレに行ってくるな」
部屋を出る時に厄病神に目配せをする。廊下に出てしばらくすると厄病神も出てきた。
「どうしました?」
「あの調子だともうしばらくかかりそうだ。悪いんだが、先に帰って死神と玉藻の夕飯作ってやってくれないか?」
「……そう、ですか……」
まあここまで連れまわしておいて気持ちのいい返事がもらえるとは思っていなかったが。俺自身そう言われたら殴る。
「本当に悪い。今度何か埋め合わせはするから……」
「……いえ、大丈夫です。それじゃあ、先に帰ってますね」
「帰り道は分かるか?」
「はい。大丈夫です」
背を向けて玄関へ向かう最後の横顔が、昨日とあんまり似ていたから。
「……なあ、厄病神」
「はい? なんですか?」
「……いや、なんでもない」
「……はあ……」
自分でも何がしたかったのか分からなかった。
ただ、不意に呼び止めたくなった。
「……それじゃ、わたしは帰りますね」
「あ、ああ。気を付けてな」
「ちょっと直樹ー! 遅いわよー!」
後ろから藤阪の怒声が聞こえる。というかお前俺が本当にトイレだったらどうするんだ。
「じゃあ厄病神、また後で」
「はい。直樹さん」
出来れば俺も家で夕飯を食いたい。
俺は溜息をつきながら、色々な不満が混ざり合ってぎゃーぎゃー喚いている藤阪の元へ向かっていった。
桜「ちょっと待てお前らーーー!!」
直「なんだ」
藤「なによ」
桜「なんで2人して?マーク頭につけてんだ! どう考えてもおかしいだろ!」
直「お前の顔がか」
桜「あなたとても失礼ですね!」
死「恐らくノートを見せる余裕がないと言っておきながら藤阪葵には見せていることだろう」
藤「別にいいじゃないの」
桜「オレはよくないの!」
まあそういうことってありますよね。
という訳で藤阪さんがオイシイ感じになってきました。
一方厄病神に不穏な空気が流れていますが、まあ気にしないでください。
え? 無理?
次回はそろそろあの人に出てきてもらいます。