第5話:厄神様はかく聴きけり
第5話です。
今度は部活のお話です。
再び時は流れて放課後。下校の時刻である。
普通の生徒は部活動に所属しているものだが、俺も吹奏楽部に所属している。平凡な人生が俺の目標だ。
掃除も終わり、藤阪に声をかける。
「よし、藤阪、行くぞ」
「行ってらっしゃい」
「待て」
藤阪も吹奏楽部に所属しており、同じ部である以上活動日は同じはずである。したがって俺が行くなら藤阪も行くのが論理的に考えて当然の帰結だろう。
「面倒くさい」
弁論が感情に勝る日は来るのだろうか、そう思いながらも実力行使を交えつつなんとか藤坂を部室にまで連れてくることができた。
「今日は気分じゃないのよ。だから見逃しなさい」
気分じゃないってなんだ。もう少し真面目に人生生きろ。
――ガラッ。
扉を開けるとそこは音楽室。部員たちが思い思いに練習している。
「貴方たち。遅いじゃない」
俺たちに気付いて部長が近づいてきた。どうやら虫の居所が悪いようだ。
「最高学年なんだから、もっとしっかりして頂戴。そんなことで後輩がついてくると思ってるの?」
「煩いわね。自分の事は自分で決めるんだからあんたが口挟むな」
「なっ……!」
「待て待て。悪い、今日は6限の授業が少し延びたんだ。掃除だったしな」
「……授業が延びたのなら仕方ないわね。ただし掃除のことは事前に分かってたんだから、連絡だけでもするようにしなさい」
言いたいことを言って満足したのか、部長は再び自分の練習へと戻っていった。
「なんなのよあの女は!? 思い上がりも大概にしなさいよ!!」
「落ち着け。松崎も悪気があって言ってるわけじゃないんだから。恐らく」
吹奏楽部の鬼部長、松崎静流。
冷静でそつのない行動をとり、きちんとした計画性も持ち合わせているため部長となったのだが、いかんせん口と性格に難がある。
高圧的、自己中心的、冷酷無慈悲……。
部員たちの心の声を集めればこんなところであろうか。
俺たちも同学年のはずなのにどこか格下に見られている節がある。
とりわけ藤阪との仲は最悪で、密室に二人きりで閉じ込めたら扉が閉まって密室になる前から闘いが始まるだろう。
「さて、練習するか」
俺は自分の楽器を手に取ると、練習用の教室に向かった。
部員たちは大抵音楽室で練習しているのだが、俺にはどうも音が交じり合って大きくなるあの状況下で練習する気にはなれない。そのため普段は隣の教室で練習をしているのだ。
俺が教室のドアを開けようとした瞬間、中から誰かが飛び出してきた。
「辻、何やってるんだ」
「へ? ……げ!? センパイ!?」
慌てて教室に逃げ込みドアを閉めようとしたところをすんでのところで抑える。
ドアを境に教室の中と外でにらみ合う俺たちの姿はさぞ滑稽に見えるだろう。
「辻。悪い事は言わん。このドアを開けろ」
「いやだなぁセンパイ。私がそんな変なことするわけないじゃないですか〜」
もはやその一言が全てを物語っている気がするが今は教室に入ることが先決だ。
「いいから開けろ。今なら鉄拳制裁1発で済ましてやる」
「あははー……。みんな消してー! はやくー!」
教室内の後輩に指示を飛ばす辻。どうやら証拠を隠滅しようとしているらしい。
「な……めるなぁぁ!」
「うわきゃあー!」
もてる力の全てを尽くして開け放ったドアの向こうには、大袈裟に倒れる辻と、一生懸命黒板を消そうとしている後輩、そしてデカデカと書かれた『議題:狭山センパイについてどう思うか』という文字。
「……辻」
「……な、なんですかー?」
「アレはなんだ」
「えーと……黒板?」
殴った。2発。
「今なら1発って言ったじゃないですかー!」
「そんな昔の約束は忘れた」
「ひどいです。グレます」
「勝手にしろ」
「あのことバラしますよ」
「悪かった」
「みんな聞いてー! センパイってば実はねぇー!」
「あっさりバラそうとしてんじゃねぇぇ!!」
このかなり油断ならないクソガキの名前は辻満月。何の因果か俺と同じパートになった高2の女子だ。
生意気にさらに我侭と腹黒を足したような最悪な性格で、一見無邪気に見える辻の姿に騙されている奴らも多いが、そいつらにコイツの本性を見せてやりたい。
「大体お前、俺がいないときにも練習してろと言っただろ」
「センパイが見てないならいいかなー、と思いまして」
「あのな……」
何のために入部したのだ、と聞きたくなる。
「センパイこそ、今日は随分ついてなかったみたいですね」
「は?」
「いや、この子が学食で連れ去られるセンパイを目撃したって」
辻が指差した生徒は怯えた様子で頷いている。そんなに俺が怖いか。あと辻、人に指をさすな。
「……というかお前、ラーメンひっくり返した張本人じゃないか?」
「ひっ……! す、すいませんでした!」
涙目で頭を下げる後輩。繰り返すが俺はそんなに怖いのか?
「ほら、センパイ、普段から機嫌悪そうな顔ですから」
「しょうがないだろ。一番疲れないのがこの顔なんだ。そんなものに怯えられてもどうしようもないだろ」
「いいんじゃないすかー? どうせセンパイ自身は全く怖くありませんし。顔もそれだけでみたらまあ男らしいというよりは女らしい? みたいな――」
殴った。
「なんでですかー!」
「それはそれで腹が立った」
「まったく……ほんとにどうしようもありませんね」
もう1発殴ろうか。
「いいから、練習するぞ! ほらお前らもとっとと練習行け!」
「は、はい!」
辻と一緒に遊んでいたと思われる後輩たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。4月からこれでは先が思いやられるな。
「ほら、今日はここから」
「えー」
「えー、じゃないっ!」
部活が終わり、そういえば部活中はなにも起きなかったなと思いながら学校を出ると、久しく見かけなかった厄病神がそこにいた。
「なんだお前、今日は結局何してたんだ」
「えと……お昼休みまでは学校のいろんなところをみてたんですけど、午後からやっぱり心細くなっちゃってあなたの様子を隠れて見てました」
どうして隠れる必要があるというのだ。
「わ、わたしのせいで大変な目に遭っているのに、ずっと付きまとってたらと思って……。そ、それに、わたしは他の人には見えないから……」
やっぱりこいつは阿呆だな。
「別に関係ないだろ。お前がいなくても俺はお前に文句を言っていたしな」
「…………」
「まあ独り言はボケの兆候らしい。他人には同じ独り言に見えるかもしれんが、話し相手がいた方が俺のためにもなる」
「…………」
「だから、お前はお前の好きなようにやれ。どうせ俺には見えるし、聞こえるんだから」
「……はい」
厄病神はゆっくりと、しかし笑顔で頷いた。
「そう言えば、演奏聞かせてもらいました!」
「なに!?」
「楽器、とってもお上手なんですね!」
「あんなものは上手い内に入らん。恥ずかしいからやめろ」
「でも、あなたの……」
「……ん? どうした?」
「そういえば、まだお名前をお聞きしていませんでした」
そういえばそうだな。
「俺は直樹。狭山直樹だ」
「わたしは――」
「厄病神」
「……わたしのなま――」
「厄病神」
「……わた」
「厄病神」
「……もうそれでいいです……」
「それじゃ、厄病神。これからよろしく」
「……はい、直樹さん。よろしくお願いします」
少し遅い自己紹介を済ませ、俺たちは一緒に家へと帰っていった。
新キャラ第3弾、松崎静流&辻満月でした。
それぞれ違った意味で部活における直樹の悩みの種ですね。
ちなみに作者は実際に吹奏楽部だったのですが、全然それらしい描写をできませんでした。要練習です。
女の人ばっかりになってきました。
そろそろ男を登場させたいです。