第44話:厄神様はかくお邪魔し
どうもこんにちはー!
今日は銀座のシャンソン喫茶の老舗「銀巴里」が1990年12月29日に閉店したことに由来する「シャンソンの日」!
なんで閉店したらそうなるのかよくわかりませんがきっと何か深い事情があるのでしょう!
では第44話をどうぞー!
「よ! おふたりさん! 明日はどうすることにしたんだ?」
「「は?」」
土曜日。ここのところずっと続いている藤阪との勉強はもはや俺が藤阪に英語を教えるだけのものとなっていた。
「あ、明日って、何のことよ?」
「いや、だから、ビンゴの賞品」
言ってしまった。
ずっと記憶の片隅に留めておきながら、なんとなくこちらから切り出すのも気が引ける気がして言わずにおいた究極のキーワード。 明日は、藤阪に対する絶対服従日である。
「あ、あ〜……。あ、あったわね〜、そんなことも〜……」
「そ、そうだな。忘れてた」
もうこれ以上ないほどの嘘だがまあいいだろう。
「それで、お前ら明日はどうするんだ?」
桜乃、頼むからもうこれ以上この話に突っ込まないでくれ。
「そ、それは秘密よ! いいからあんたはとっとと帰りなさい!」
ついに藤阪が謎の命令を下し、桜乃は意味が分からないという顔をしながらもおとなしく帰っていった。
「……明らかにあっちの方が服従向きだよな……」
「なによ、文句ある?」
いや。ただお前らがどんな中学時代を送ればあんな関係になるのかと思っていたところだ。
「……そ、それで、明日は、その、どうするの……?」
どうするのってお前。お前が決めることだろ。
「そ、そうね。それじゃ……」
それっきり黙りこくる藤阪。どうした。
「う、うるさいわね! 考えてるのよ!」
「なんだお前、考えてなかったのか」
「わ、悪い!? しょうがないでしょ考えてなかったんだから!」
絵に描いたような逆切れである。
「落ち着けっての。考えてないんだったらいつも通り桜乃も入れて3人で遊ぶか?」
「……あ、あんたって奴は……」
どうやらそれでは駄目らしい。難しいな。
「……うん、でも……いやそれなら……」
なにやらブツブツ言っている藤阪。傍から見ると若干怖ろしい。
「よ、よし! 決めたわ!」
「どうするんだ」
「明日、とりあえずあたしの家の前に来なさい! 時間は10時! 遅刻したら殺すわよ!」
やれやれ、結局そうなるのか。
藤阪の家は以前にも何度か来たことがあり、迷うことはない。
「遠いんだよな……」
「駅と学校からは同じくらいなんですよね?」
地図上で見ると、藤阪の家と俺の家の間に学校があり、そこから90度曲がっていった直線状に駅があるような感じだ。ヨットの帆を想像してくれれば多少分かりやすくなるか。ならないな。
「……あー、厄病神。やっぱりついてくるのか?」
「ええ! 藤阪さんを危ない目に遭わせるわけにはいきませんから!」
なんでそんな爽やかな笑顔なんだ。怖いぞ。
警戒している厄病神には悪いが、藤阪が辻のようなことをするとは到底思えん。2人とも他人を困らせるのが趣味みたいな奴だが、方向性が違うとでも言えばいいのか、とにかく藤阪はそういうキャラではない。
「でも万が一ということもありますし」
「お前、ここのところ俺に対して厳しくなってないか?」
「……さあ? 気のせいじゃないでしょうか?」
最初の沈黙はなんだ最初の沈黙は。
と、そんな話をしているうちに到着である。藤阪の家は閑静な住宅街に佇む極普通の一軒家で、場所を知らないと少し戸惑うかもしれない。
だが大丈夫だ。今日は家の前に出迎えの人が……
「……何やってるんですか?」
「あら! 狭山くん! おはよう!」
玄関先で手を振ってきたのは藤阪のお母さん。藤阪はどうしたんですか藤阪は。
「葵なら家の中にいるわよー! さあ入って入って!」
「いや、家の前で待ち合わせって――」
「そんなことどうでもいいから! 狭山くんはコーヒーより紅茶が良かったわよね!?」
人の話を聞かないのは遺伝だろうか。
あれよあれよという間に家の中へ押し込まれ、気付けばリビングに座らせられていた。
「あ、狭山先輩、おはようございまーす」
藤阪妹がやってきた。姉はどうした。
「お姉ちゃんなら今支度してますよー」
「支度?」
時計を見る。
10時2分。
携帯電話を手に取り、117をプッシュ。
――10時3分をお知らせします。ピッ、ピッ、ピッ、ポーン!
よし、時計に誤差はない。
「――じゃなくて、遅くないか?」
「狭山先輩もお姉ちゃんの事は分かってると思いますよー」
そうだな。あいつが待ち合わせに間に合った試しはないな。
「ね! だから狭山くん、葵が準備終わるまでおばさんとお話してましょ!?」
「いや、でもお母さ――」
「キャーー!! お義母さんですって! どうしましょう!」
いや、言ってないし。
――ダダダダダ!!
と、その時、階段を駆け下りる音が聞こえてきた。
「ハァッ……ハァッ……! 直樹! 出かけるわよ!」
藤阪の登場である。どうでもいいがもう少し余裕を持て。
「ダメよ! 狭山くんはこれから私とお茶をするの!」
子供ですかあなたは。
「なに訳わかんないこと言ってんのよ! お茶ならすみれとでもしてればいいじゃない!」
「だってお母さん、お姉ちゃんが支度間に合わなかったら午前中は家で過ごせって昨日約束してたよね」
「そうよ! 約束は約束! さあ、狭山くん? ゆっくりしていってね?」
……いやまあ、娘と同レベルで喧嘩できる母親というのもいいことなのだろう。
「……はあ。直樹、あんた11時59分になったら玄関に行くわよ」
そこまで嫌なのかお前は。家族は大切だぞ。
「そう言えばお父さんはどうしたんですか?」
「んー、お義父さんはゴルフに行っちゃったのー」
漢字が違います。
「いられても邪魔……じゃなくて、会社の人と予定を作って今日慌てて出掛けちゃったのよー」
もうこの人にいくら突っ込んでも無駄な気がしてきた。
「狭山先輩、わたしの作ったクッキーです。よかったら食べてみてください」
「お、ありがとう。結構器用なんだな」
「作り方を覚えちゃえば誰でも簡単に出来ますよ? 料理も似たような感じですね」
……だ、そうだが?
「なによ」
「いや、特に深い意味はない」
「…………」
「…………」
「なんなのよ! 別に女が料理できる必要なんてないでしょ! そういう古臭い考え方がジェンダーフリーの妨げになっているのよ!」
「俺は何も言ってない。藤阪妹は非常に女の子らしいな、と思っただけだ」
「え、お、女の子……」
「そこ! 恥ずかしがるな! あんたも変な事言ってるんじゃないわよ!」
「大丈夫よ。狭山くんは料理は出来る?」
「え、ええ。最近は多少……」
「ほら! これで安心――」
「して何が出来るのよ! いいからとっとと自分の部屋に戻りなさいよ!」
「いいじゃない。こういう斜めのつながりが大切なのよー」
藤阪家での午前中は、概ね平和に過ぎていった。基本的に藤阪が藤阪妹と藤阪母に集中攻撃されるという構図だが。時に俺が攻撃手段に使われるのは非常にむずがゆいが何を言っても無駄なようなので大人しく紅茶でもすすることにした。
「だ、大体すみれこそ、拓斗とはどうなのよ?」
「ふぇ? 拓斗くんがどうかしたの?」
「……い、いや、なんでもないわ……」
……哀れ桜乃弟。
「辻ちゃんは元気?」
「うん! とっても元気だよ! この前も拓斗くんと仲良く遊んでたー!」
それは遊んでるんじゃなくて制裁を加えているのでは?
「思えば、高2トリオの中では拓斗が一番の被害者よね……」
「ああ……不憫だ……」
――ゴーン。ゴーン。
2人で桜乃弟に憐憫の情を注いでいると、リビングの時計が12時を回ったことを知らせた。
「あっ! ヤバ! もう12時じゃない!」
「もう」って言ったって、もともと午前中はここにいる話だったろ。
「だから今から出掛けるのよ! 直樹、急ぎなさい!」
急げといわれても俺がやるのは上着を着て荷物を持つだけだ。むしろ藤阪の方が部屋に荷物を取りに行って時間を食っている。その時間も暇なので玄関先で待たせてもらうことにした。
「今日は桜乃くんもいないけど、どうしたの?」
「いや、ちょっと用事というかなんというか」
流石に絶対服従日だからとは言いたくない。
「今日は桜乃先輩がお姉ちゃんに絶対服従する日なんだよ!」
こら、藤阪妹。何を口走っている。
「ぜ、絶対服従……」
「いや、要は何でも命令を聞くっていう罰ゲームみたいなもので決してやましいものでは――」
「狭山くん!」
「ハイ!?」
肩を掴まれ睨まれる。やっぱりまずかったか。
「葵が着てくれないお洋服があるんだけど――」
「お邪魔しましたぁ!!」
「……辻といい、藤阪母といい、なんなんだ……」
玄関を飛び出して道路で藤阪を待つ。
「直樹さん、そういう格好、似合いそうですから」
「まったくもって嬉しくないぞ。だいたい男が女の服来たって気持ち悪いだけだろうが……」
「直樹さんならかわいらしくなると思うんですけど」
想像したくもない。
――バァン!
轟音に思わず振り返ると、藤阪が母親や妹の追及を振り切ってドアを閉めたところだった。
「ハァ……ハァ……」
「だ、大丈夫か……?」
「ええ。それじゃあ! 行くわよ!」
どこへだ。
服従日の後半戦は、屋外となった。
という訳で意識しすぎてテンパる藤阪さんでした。
前日になって服従→首輪と想像してしまい一人悶えていたのはまた別の話です。
次回は午後の部です。
たぶんこんな感じで午後も終わりそうです。