第41話:厄神様はかく寝込めり
「かく過ごせり」を更新しました。
今回は霊媒様のお話です。
そして、今日はプロ野球の日。
今の読売ジャイアンツがプロ野球チームとして始めて結成された日だそうです。
もっとも厳密に言えば違うらしいですが。
そんな今日限りの豆知識を既に一日の4分の3が経過した時間に披露しつつ、今回のお話です。
「玉藻さーん! お皿出してくださーい!」
「うむ。この平皿でよいのか?」
「はい!」
ある晩、狭山家のリビングにはいつも通りの光景があった。
「玉藻もだいぶ厄病神に懐いてきたな」
「やはり真心は伝わるのだろう。最初から疑いの目で見るものに心を開くことはない。基盤が動物ならなおさらな」
悪かったな。俺の目にはただの傲慢狐にしか見えないもんでね。
台所から平皿を取り出した玉藻はおぼつかない足取りでテーブルまで運んでいく。
「……危ないな」
「何がだ」
「玉藻が転ぶ」
「は?」
「なんじゃあーーーーー!?」
どうやら皿にばかり気をとられて床にほっぽり出してあった笛を踏んづけたようだ。壊れても知らんぞ。
「た、玉藻さん!」
それを見た厄病神が慌てて玉藻に駆け寄ろうとする。そのはずみで持っていた鍋をぶちまけてしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
――ジュウ。
「……あつーーーーい!!」
「阿呆かーーーー!? 冷やせーーーーー!!」
「ど、どどどどどうやって冷やすんですかーーー!?」
「シャワーで冷水にすればいいだろーーー!!」
「ふう。危ないところじゃった」
「笛を踏んでいたぞ。お前の妖力の源なのだから少し注意しろ」
「こっちの心配をせえやーーー!!」
「わ、わたし、シャワー浴びたことありません!!」
「はい幽霊ーー!! 気分だけでも浴びろ!!」
「では俺が手伝おう」
「玉藻! 厄病神にシャワー浴びせろ!」
「俺が」
「お前は外で行水でもしてろーーーーー!!」
で、翌日。
「ックシュン!!」
「38度6分。風邪だな」
物の見事に顔の赤くなった厄病神がベッドに寝ていた。
「あ、熱い思いをしても風邪になるのか……?」
「それはお前が延々と冷水を浴びせ続けたからだ……」
火傷で風邪をひくとは。笑い話にもならんぞ。
「……ご、ごめんなさい。わたしのことはいいですから、直樹さんたちは学校に……」
あのな。仮にも病人を置いていけるか。俺の事は気にするな。
「死神、悪いが学校に行ったら俺が休むって事を伝えてくれるか?」
「わかった。伝えておこう」
死神はそのまま鞄を持って家を出て行った。
「わ、わらわはどうすればよいのじゃ……?」
しっかりしろ妖狐。タオルを数枚と、それから氷水をボウルに入れたのを持ってきてくれ。
「う、うむ」
「な、直樹さん……本当に私の事はいいですから……」
「いいから黙って寝てろ。お前が元気じゃないと話にならん」
「持ってきたぞ」
玉藻が持ってきた氷水にタオルをつけ、しぼって厄病神の額に乗せる。
「本当は薬局なんかに売ってる冷却シートがあれば一番なんだけどな」
「むむむ……よ、よし、わらわが買ってこよう」
無理するな。その姿で外に出るのは厳しいだろ。容態が落ち着いたら俺が買いに行く。
「……うう……」
そんなに気負うな。お前が行くって気持ちになっただけ大したもんだ。
「とりあえず風邪薬を探すか……」
家の戸棚を引っ掻き回す。そういえば俺ってそんなに風邪ひいたことないな。
「お、あったあった。えー、用法用量は……」
『15歳以上1回3錠、11歳以上15歳未満1回2錠、6歳以上11歳未満1回1錠を一日3回、食事後30分以内に服用して下さい』
「……厄病神、お前っていくつ?」
「……知りません」
まあ見た目からして15歳以上だろう。女の年齢なんてわからんが。
「そうするとなにか胃に入れたほうがいいな……」
よし、作るか。
「直樹さん……わたしが作ります……」
「何を言っておるのじゃ。おぬしは病人じゃろう。寝ておれ」
「で、でも……直樹さんは料理出来な……」
2週間前までの惨状を見ているとひどく腹が立つな。お前が来るまでは1人で飯作ってたんだぞ。
「消化にいい食べ物……やっぱお粥だよな」
「わらわも手伝うぞ!」
頼もしいな。それじゃ厄病神、大人しく寝てろよ。起き上がってたらぶっとばすからな。
「はい……すみません……」
お粥の作り方。
1.炊いたご飯の2〜3倍の水を加え、さっと混ぜてほぐす。
2.その後土鍋を使って弱めの中火でゆっくり煮る。
「土鍋なんてはじめて使ったぞ……」
「よくあったの」
3.出来上がったら、そこに今度は卵を入れる。
「たまご?」
「卵粥みたいだな」
4.溶いた卵を箸を伝わせながら入れて蓋をし、一呼吸置いてから火を止め、しばらく蒸らして出来上がり。ほんの少し塩を入れても美味。
「よし、こんなもんでいいだろ」
「だいぶ時間かかったの……」
米から作るときはもっと時間がかかるみたいだな。
「厄病神、起きてるか?」
「あ、直樹さん。その、眠れなくて……」
風邪の時は仕方がない。これを食べて薬を飲めば楽になるだろ。
「はい……。ありがとうございます……」
「食べれるか?」
「……ちょっと、難しそうです」
「よし、お主、口を開けろ」
「え?」
お粥とスプーンを持った玉藻が厄病神に命令する。それはまさかあれか。
「てれびでやっておった。口を開けた病人に付き添いの者がこれで食べ物を入れるのじゃ」
「お前はまたテレビを……」
「用は餌付けじゃろう。……そういえば、てれびでは男がおなごにやっておったの」
「「え?」」
「お主、やれ」
ふざけんな。お前でいいだろ。
「そ、そうですよ。た、玉藻さんで充分です」
「それなら交代でやろう。その方が効果的かもしれん」
いや、かなり非効率だから。
「ほれ小夜、口を開けんか。せっかくのおかゆが冷めるぞ」
「……あ、あーん……」
――ぱくっ。
「……あ、おいしい……!」
どうやらなんとかお粥として成立していたようだ。
「よし、ではつぎはお主じゃ」
「やっぱりやるのか!?」
「何を言っておるのじゃ。ほれ」
玉藻にお粥とスプーンを渡される。
「…………」
「…………」
「何をしておるのじゃ。てれびのようにぱくんといかぬか」
簡単に言うなアホ狐。
「……や、やくびょ……ほれ……」
「……は、は……い……」
――ぱくっ。
「……お、おいしい……です……」
「そ、そうか……」
「なんじゃお主ら……? 変な奴らじゃの」
変なのはお前だ。あとは全部任せた。
「うむ、任せよ!」
「小夜の様子はどうだ」
「死神……! 帰ってきたのか……!」
リビングに戻ると、そこには学生服を着た死神の姿があった。
「俺も小夜のことは心配だからな。一応このようなものも買ってきた」
死神が持っていた買い物袋からは風邪薬や冷却シート、インスタントのお粥などが出てきた。
「もっとも、どれもこれも必要なかったようだな」
いや。ありがとう。使わせてもらおう。
時計の短針は3を過ぎ、厄病神も薬が効いているようで今はぐっすりと眠っている。
「……幽霊も風邪をひくんだな……」
死神と玉藻はリビングでくつろいでいる。もう大丈夫だろうと死神が判断したためだ。
玉藻はそれでも看病したいと言っていたが、あまり大人数で看てもかえって悪影響だろうということで今いるのは俺だけだ。
「……死神も看病したがってたぞ。あいつも案外顔に出るからな」
みんなお前のことを心配してるんだよ。
「だから、早く良くなれよ。お前がこんなんだと、俺も調子出ないんだ」
「…………」
ま、眠ってる相手に言ったところで意味無いかもな。俺はそそくさと退散することにした。
で、翌日。
「おーい、ベタの神、出てこーい………!」
「呼んだか」
「情けない奴じゃのー」
「な、直樹さん、ひとまず安静にしてください」
風邪はうつすと治る。
この言葉を考案した奴をぶちのめしてやりたいね、まったく。
どうもこんにちは、読者様の良心を利用して感想を頂いていると評判のガラスの靴です。
幽霊もウイルスには感染します。
ただ人間と違って放っておくと消滅の危機に瀕するので危険です。
まあその分ごくまれにしか感染しませんが。今回みたいに弱った時しか。
という訳で困った時の風邪話でした。
ではまた〜。