第22話:厄神様はかく奏でり
おかげさまで風邪も治ったようです。
皆さんもお体にはお気をつけ下さい。
では第22話です。
「……我が家だ……」
あの忌まわしい事故から三日、俺はとうとう住み慣れた我が家に戻ってきた。
「やっぱり自分のお家が一番ですねー」
全くだ。どこぞの死神のお陰でそのことがよくわかった。
「それはよかった。それで俺の部屋はどこだ」
うん、だから帰れ。
貴重な黄金週間の半分近くを無駄にした俺は少しでも休日を満喫しようと駅前に来ていた。
「今日はどこのお店に行くんですか?」
「行動範囲の狭い奴だ。ここしか来るところがないのか」
黙れ。なんでついて来てる。特に後ろ。
「無論、暇だからだ」
「…………」
こいつと論理的な議論はできないんじゃないかという脱力感に襲われながら俺が向かったのは楽器屋。
「いらっしゃい。今日も楽器かな?」
「本当にすみません」
「いいよいいよ。最終的に買ってくれればね」
「ははは……」
自分の楽器をまだ買えていない俺は休日などに楽器屋で試奏させてもらうのだ。
「そちらのお友達はどうするのかな?」
「わ、私のこと――!」
「俺のことか」
「うん。君も何か吹いてみるかい?」
……泣くな厄病神。気持ちは分かるがそれがお前の宿命だった筈だ。
「大丈夫です……私、泣いてませんから……」
本人が泣いていないと言っているのだからきっと目尻に浮かんだ水滴は汗なのだろう。
「……分からん。適当に選んでくれ」
なんでそんなに偉そうなんだ。
「そうかい。それじゃあ君は結構上背も高いみたいだから、これなんてどうだろう」
そう言っておじさんが取り出したのはチューバ。
「……でかいな」
「吹奏楽の中でもトップクラスだね。どうだい?」
「気に入った」
死神は10kgはあろうかという楽器ケースをひょいと担ぎ上げてしまった。
「おぉ……きみ、凄いねぇ……」
「なんてことはない。どこで吹ける」
「そこの角にある3号室だね。狭山君もそこでいいかい?」
……もうなんだっていいです。
試奏とは何なのかというと、何本かの楽器を最終的にひとつ選ぶために自分で吹いて感触を確かめるためのものなのだが、俺は専らただで楽器を吹くために使わせてもらっている。本当に申し訳ない。
「――ふう。やっぱり早いとこ買いたいな。死神、どうだ?」
「使い方が分からん。ここから撃つのか?」
一通り演奏を終え、死神も音楽の楽しみに目覚めたかと見てみれば楽器を肩に担いで今にも何かを射出しそうな勢いであった。お前は俺が今まで何をやっていたのか見てなかったのか。
「何か音が出ていたな。砲撃前の警告音かと思っていたが」
「けっ……!?」
「だ、大丈夫です! 直樹さんの演奏はとても素晴らしかったです!」
自分の演奏を警告音呼ばわりされてへこむ俺に厄病神が中々ありがたいことを言ってくれた。
「やはり分からん。撃ち方を教えてくれ」
「吹き方だ!!」
金菅楽器というのは音が出る仕組みが共通なので、ひとつ吹ければ理論的には全て音を出すことが出来る。ちなみに俺は無理だ。
「――だから、ここをこうして唇を震わせるんだ。そうするとその音が増幅されて楽器の音として出てくる」
「ふむ。やってみよう」
――ブ、パ。
「すごいです! 音が出ました!」
確かにこの短時間で出せるのは器用かもしれない。
「よし。で、ここのピストンを押したり離したりで音程が変わる」
「……難しいな」
慣れれば簡単だ。
「お前のはこのボタンがないようだが」
「トロンボーンはスライドを伸ばしたり縮めたりで音程を変えるからな。まあ単純と言えば単純だ」
「……どうして長さが変わると音の高さも変わるんですか?」
「…………」
俺が振幅と振動数の関係性を懇切丁寧に説明している間に楽器屋が繁盛してきたようで、他にも試奏したい人がいるからと試奏室を追い出されてしまった。まあそういう約束なのだが。
「わたしも楽器をやってみたいです……」
だからお前、触れないだろ。
「そうですよね……すみません……」
そんな物欲しそうにショーケースを見つめながら言われても。
「……狭山直樹」
どうした、そんな小声で。
「小夜でも触れるとしたら買ってやるのか」
なんだ。触れるって保障でもあるのか。
「保障とまではいかないがな」
………まあ、安い物ならな。
「おい厄病神、どれが欲しいんだ」
「………え?」
「俺の気が変わらない内に選べ。安いやつな」
「……は、はい! え、えーと……」
死神の口車に乗せられて買う羽目になってしまった。口が巧い奴だ。うん。
「……これがいいですっ!」
「…………」
――チーン。
「えへへ……」
――チーン。
「おい……」
――チーン。
「いい音だな」
――チーン。
「えへへ……」
――チーン。
「――うるせえぇぇぇ!!」
「わっ!? な、直樹さん、どうしたんですか!?」
「どうしたもこうしたもあるかぁ!! なんべんもなんべんも叩くなぁ!!」
「ひ、ひどいです! 直樹さんが買ってくれたのに!」
厄病神が選んだのはトライアングル。らしいと言えばらしいが、何か違う気もする。
「俺が買ってお前にやったのは確かだ。家に帰って開封したら何故かお前も触れるようになっていたのも認めよう、だから叩くなら1時間に1回までだ」
「ど、どうしてですか!?」
無論、煩いからだ。
「……そ、そうですよね……直樹さんのご迷惑になるようなことをしてごめんなさい……」
……まったく、面倒くさい。
「わかったよ。あんまりうるさくはするなよ」
「え? い、いいんですか?」
あんまり訊くと気が変わるぞ。
「……あ、ありがとうございます!」
――チーン。
「途轍もなく甘いな」
「何とでも言え……」
「狭山直樹、これはどうしたんだ」
「あぁ?」
――チーン。
死神が持って来たのはいつか神楽に貰った置物。そうだ、そいつを忘れていた。
「お前、それが何か分かるか? 神楽から貰ったものなんだが」
――チーン。
「神が持って来たのか。……まあ、害はないようだ」
それはよかった。呪いのアイテムなんかだったらすぐさま桜乃の鞄に入れておくのだが。
――チーン。
「……ふむ、面白い。解いてみるか」
何をだ。数学の課題か?
「俺はここに来る前に自分の使い魔を召喚する術を覚えた。この置物には何かが封印されている。それを解いて俺の使い魔にする」
――チーン。
……待て。
「封印だと? 全然害がなくないじゃないか。封印されてるならされてるまま放っておけ」
これ以上厄介事を増やしてたまるか。
――チーン。
「ふむ。まあ害は無いだろう。大した妖力を感じない。そもそも解いたところで俺の使い魔になるだけだ」
そう言われるとまあいいかという気になる。正直中に何が入っているのか気にもなるしな。
――チーン。
「何か正多角形の物はあるか?」
パンドラの犯した罪は決して責められる物ではなかったのだなと俺が人類の愚かさを再認識している間に死神は支度を済ませたらしい。どうやら魔法陣代わりの物を探しているようだ。
――チーン。
「さっきから腹立たしい程に自己主張の激しい三角形ならそこにあるが」
「……アレか。まあ正多角形には違いないな」
「……え? おふたりとも、どうしたんですか?」
「そのトライアングルを貸してくれないか」
「……はあ。構いませんが……」
厄病神からトライアングルを借りた死神は床に置いた置物が丁度中心になるようにトライアングルをセットした。
「……よし、いくぞ」
死神がそう言うとその手に以前見たのより小さな鎌が現れ、それを思い切り置物めがけて振りかぶった。
――バァン!!
「きゃあ!?」
「――ケホッ! な、なんだ!?」
突如轟音とともに小さな爆発が起き、リビングは煙に包まれた。
「……狭山直樹」
なんだ。
「スマン」
「は?」
「どうやら失敗のようだ」
「……けほっ、ふふふ、とうとう封印が解けたか、見ておれ人間どもめ、今度こそ恐怖のどん底に叩き落としてくれる!」
「……やはりトライアングルはまずかったか」
……いや、そういう問題じゃなかった気がする。
どうもこんにちは、テストで筋肉をmascleと綴ったガラスの靴です。
きっと熱のせいでしょう。うん。
というわけでまたまた新キャラです。
「まるで新キャラのバーゲンセールだな……」って感じです。
キャラクター多すぎですね。許してください。
本当に初作品でここまで無茶していいのでしょうか……。
封印が解かれて出てきたのは誰なんでしょうか。次回にご期待下さい。
……ご期待下さい! お願いします!