第1話:厄神様はかく出会えり
本編です。
見切り発車もいいところですが頑張ります。
都心からやや離れた平凡な土地に俺の通う高校はあり、凡人は凡人同士無意味な背比べでもしていろという国の意向に従って総勢1000人近くの生徒が籍をおいている。かく言う俺も平凡な人間であり、今日も社会の歯車になるための教育を受け終えた俺は、スーパーで晩飯の材料を購入し、一人で暮らすには少し広い我が家へと帰宅した。
一人暮らしをしているといっても、別に猛喧嘩の末家出同然に家を飛び出したとか、親より後に死ぬという最後の親孝行をこの年齢で済ましてしまったというわけではない。単純に両親とも海外出張の多い御身分であるだけだ。だから正式な一人暮らしという訳ではないが、まあ一年のうち300日以上は親の顔を見ることなく過ごしている。
そんなんで家族の仲は保つのかと言われたことがあるが、両親は未だに遠距離恋愛気取りの現役バカップルをやってるし、帰ってきたら帰ってきたでスキンシップと称して息子の生活を散々掻き乱してくれやがる。俺としては別にこのまま名実共に一人暮らしをさせてくれても問題ないのだが、子離れのできない両親は未だ許可を出してくれない。
そんなこんなで今は確率で言えば約82%の方にあたる両親不在の時期なのだが、我が家のリビングにあたる部屋の窓からはどういうわけか明かりが漏れていた。
出かける時に消し忘れたかという楽観的な感想を抱き、俺は何の疑いも持たずに玄関の扉を開けたのだが、思えばこの時に物盗りの可能性をもう少し高くみていればよかったのかもしれない。
さて、俺の家は3階建ての構造をしている。1階にはリビングその他生活に必要な各種部屋が存在し、2階と3階は俺の部屋だったり両親の部屋だったり客室だったりする。
「そんなに部屋が多くても無駄じゃないのか」
と以前、両親に問いかけてみたところ、
「将来のことを考えてね! うふふ」
と大層気色の悪いことをのたまってくれたのでその日一日は目を合わせなかった。
ちなみに答えたのは母親である。断じて父親ではない。
まあとにかく何が言いたいのかといえば、我が家は2階にある俺の部屋に行くためには必ずリビングの横を通らなければならない構造になっており、ならば通るついでに一応リビングの中を確認しようと思うのは不自然ではないはずだ。
――ガサッ。
晩飯用に買った惣菜をテーブルに置き、部屋を見渡して物盗りというまさかの可能性を否定しようと思った俺は、キッチンの奥で何かが動いたような音を聞き逃すことができなかった。
「…………!」
まずい。
一人暮らしで物騒な目にあうかもしれないと念のために買っていた非常用木刀は俺の部屋だ。なんのための非常用なのかわからなくなってくる。そもそも俺に剣術の心得はない。そんなものをやらなくても大丈夫だったからだ。
だが今の状況はどうだ。
このままでは金目のものはおろか口封じのために俺の命までとられかねない。夕食の惣菜を献上しても結果は変わらないだろう。
ならば――。
「そこにいるのは誰だ! 今なら後ろを向いてお前がおとなしく帰るのを見逃してやらんでもない! だから帰れ!」
なんでそんなに上から目線なのかだと? これ以上下手に出ようとしたら命乞いに見えるからだ。今もそう見える? 黙れ。
――ガサガサッ。
すると本当に誰かが動く気配がした。くそ、今ならまだ勘違いで大声を出した間抜けな高校生で終わるかもしれなかったのに。それも激しく嫌だが。
「あの」
「帰れ! 俺はなにも見ていない! 封じる口もないぞ――って?」
背中から聞こえてきたのは脅しの言葉でも刃物が体を貫く嫌な音でもなかった。
「何やってるんですか? ……って、聞いても無駄でしょうか」
そっと後ろを振り向くと、そこにいたのはなんと女。巫女装束というのか、白い着物に赤い袴を身に着けている。
……強盗の方がマシだったかもしれない……。
「でもどうやらこの家の人みたいですね。……え? 確かめてみるんですか?」
誰に聞いているんだ。
「……はい。分かりました。がんばります」
受信成功!?
「ま、待て! お前誰だ!?」
何かをされる前に説得を試みる。
「……?」
ところがその女は後ろを見るだけ。
「お前だお前! 今後ろを向いている女!」
「……わたしですか?」
他に誰がいるというのだ。
「人の家に不法侵入して、何が目的だ!」
「わたしが見えるんですか?」
話がまったくかみ合わない。というか「見えるんですか?」って何だ。常人には見えないとでもいうのか。
「そのはずですけど」
「…………」
やばい。本格的に電波だ。
「よしわかった。俺はなにも見ていないし見えていない。だから帰ってくれ」
「なんで見えてしまっているのかは分かりませんけど、わたしにはやることがあるんです。協力していただけませんか?」
全力でお断りする。
「そんな……。わたし、せっかくがんばってここまで来たのに……」
なにやら深い深い事情があるようだ。
「……なんだって言うんだ」
「わたし、実は神様になる修行を――」
「帰れ!」
バタン。
危なかった。危うく俺まで電波に侵されるところだった。
「さて、夕飯を食べよう」
「最後まで聞いて下さい!」
「…………」
後ろを見る。玄関のドアには鍵がかかっている。
前を見る。
……先ほどの女が怒った顔でリビングに立っていた。
「お前、手品師か? イリュージョンか?」
「ですから! わたしは神様になる修行をしているんです! 幽霊なんです!」
この時、俺は自分が固く信じてきた物理法則の万能性と、平穏な生活がガラガラと音をたてて崩れていくのを感じていた。
第1話、いかがだったでしょうか?
さて、早くも第2話のタイトルが思いつきません。
「第2話」とだけなっていたら、「ああ、思いつかなかったんだな」と思って下さい。