第17話:厄神様はかく出掛けり
今日からゴールデンウィークです。
厄病神はお出掛けしたいようです。
今日はゴールデンウィーク初日。俺も本来ならば世の学生達に倣って自由を謳歌するところである。あるのだが。
「……これは一体なんなんだ」
そう、昨日あの馬鹿神に渡された謎の置物。これが俺の解放感をことごとく奪い去っている。せめて何なのかが分かれば少しは安心出来るのだが。
「直樹さん、今日はどうするんですか?」
「これの正体が分かるまでは何処へも行かん。ゴールデンウィーク中もずっとな」
「……そうですか……」
なんだ。外へ出たいのなら勝手に行け。俺を巻き込むな。
暫く俺の周りを所在なく漂っていた厄病神も、俺に出掛ける気が全くないことがわかるとリビングを出ていった。
「直樹さん! これを見て下さい!」
と思ったらすぐに声がした。俺は忙しいといった筈だ。
「…………」
と言おうと開けた口はいつまでたっても閉まらなかった。
「……え、えへへ……着てみました」
厄病神はなんといつだったか俺がなけなしの有り金をはたいて買った服を着ていた。春らしい明るめの色合いで、普段の巫女装束しか見ていなかったのでインパクトは抜群だ。そういうことにしておこう。
「あ、あの……似合いますか……?」
「あ、ああ……」
俺が何の反応も示さないので不安になったのだろう。厄病神がまた例の涙目で訊いてきた。その目はやめろ。
「あ、ありがとうございます! 直樹さん、お外に出かけませんか!?」
やはりそういう作戦か。確かに置物は日が暮れた後でも調べられるな。
……って、一瞬で行く方向になっていないか俺。ここは少し我慢というのをさせるべきじゃないのか。
だが待て。神楽も市原も我が侭を受け入れていれば早く終わるみたいなことを言っていた気がする。ここで俺が折れれば最終的には早く厄介事がなくなるんじゃないか。
ということで。
「……少しだけだぞ」
「……は、はい! ありがとうございます!」
脳内会議を終了した俺は置物を放っぽりだして外出の支度にとりかかったのであった。
「ここはいつ来ても人が多いですね!」
俺達は今日も駅前の商店街へとやって来ていた。近所で大きな店があるところと言えばここしかないので、当然と言えば当然である。それは他の奴らも同じなようだ。
「休日だからな。余計多いんだろう」
「そうですよね! 皆さんお休みなんですよね!」
なんでそんなにテンション高いんだ。落ち着け。
「あ……。す、すいません。ちょっと嬉しくてはしゃいじゃいました」
子供かお前は。まあ別にはしゃいだところで誰も見てないからいいが。
「とりあえず本屋に行こうと思うんだが」
「はい、わかりました!」
前回不測の事態によって買えなかった本を無事手に入れ、あとは帰るのみとなったのだが、厄病神が他の物も見たいと言い始めたのでそのままウィンドウショッピングと相なった。
「わぁ〜! 可愛いですね〜!」
厄病神はペットショップにずらりと並んでいる犬どもに夢中だ。人間に最も近い存在として利用される一方で年間何万匹もの数が虐殺されるという非常に憐れみ深い存在はこれからの運命など気にもとめないかのように尻尾を振っている。いい飼い主にあたれよ。
「…………! ……!?」
「……ん?」
犬と一緒にぴょんぴょん跳ねている厄病神を見ながら人も所詮動物かと人間本位な環境破壊活動に思いを巡らせていると、ペットショップの角に伸びている路地裏の奥から男の怒鳴り声が聞こえてきた気がした。
「……せよ……の!!」
何やら物騒な匂いがする。厄病神、何が起きてるか見て来い。
「え? あ、は、はい!」
とりあえず人には見えない厄病神に見に行かせる。君子危うきに近寄らず、だ。俺は自分の身を呈して何をしているかもわからない中に飛び込むほど正義感溢れた人間ではない。
「た、大変です! 女の方が何人かの男の人に囲まれて……!」
くそ、本格的に危ないじゃないか。世の中碧海のような女の方が珍しい。俺は念のためペットショップの店長に警察を呼ぶよう頼んで路地裏に向かった。何かあってからでは遅い。
「だからぁ! お金貸してって言ってんだよ! 日本語理解してんのかテメー!?」
「日本語もわからない奴が日本に来んなっつーの!!」
路地裏には6人ばかりの不良と1人の少女。どうやらカツアゲの現場を抑えたようだ。馬鹿は馬鹿らしく汗水垂らして働いていろこの馬鹿どもめ。
「あん……? テ、テメェ、この前のクソヤロウじゃねぇか!?」
世間は無意味に狭いね。カツアゲをしようとしていたのはいつか素敵に阿呆臭い言い掛かりをつけて碧海にボコボコにされた不良どもだった。お前らまともに学生生活やる気あるのか。
「今日はあのクソアマはいねぇみてぇだな……。ここで会ったのも何かの縁だ、少し金貸してくれねぇか?」
碧海がいないと分かった途端カツアゲのターゲット認定か。思考回路が分かりやす過ぎて笑えてくる。
「あの……私はもう帰っていいの?」
「あぁ!? んなわきゃねーだろ嬢ちゃん!」
不良全員が俺の方を向いたために用は済んだと勘違いしたのだろうか。外人らしいその少女は銀髪をたなびかせて呑気に質問していた。むしろ帰っていいぞ。
「……テメェが決めることじゃねぇだろうがぁぁ!!」
しまった。つい口に出してしまった。不良が一斉に襲いかかって来る。死んだなこれは。
「……直樹さん!! 避けて下さい!!」
「あぁ!? ……ってうおぁ!?」
「ひっ!?」
「うぉ!?」
「なぁ!?」
上からの声に振り向くと視界一杯に何か黒いものがあった。慌てて退けぞると轟音を立てて落下した。どうやら何かが上から落ちてきたらしい。
「直樹さん!! 大丈夫ですか!?」
「な……!」
……落ちて来たのは、鉄骨だった。こんなもの頭に当たったら即死だぞ。
「あぁぁぁぁぁ!!」
「お、おい! しっかりしろ!!」
見れば不良どもも大方は無事だが1人だけ腕に当たったようだ。激痛にパニックを起こしている。
「……救急車だ! 救急車を呼べ!」
轟音を聞き付けた野次馬に呼びかける。すぐに店長が呼んだと思われる警察と救急隊員が到着し、不良は病院へ運びこまれた。
「なんなんだ……」
「…………」
「……厄病神……」
厄病神はさっきの騒ぎを見てから完全に沈黙している。憶測だが、さっきの騒ぎも自分が起こしたものだと考えているのかもしれない。
「……お、おい……」
「わたし、直樹さんに大怪我をさせてしまうところでした……」
確かにあのままだったら大怪我を通り越して死んでいただろう。だがそれを防いでくれたのもこいつなのだ。
「それどころか、無関係の人たちまで巻き込んで……」
「だ、大丈夫だろ。あいつらにとっては腕が折れるなんて日常茶飯事だろうし」
だが今まで他の人間に危害が及んだことはなかった筈だ。そこは少々引っかかる。何かあるのかもしれない。そういえばあの少女はどうしたのだろうか。
「ほ、ほら。もう家だ。今日はとっとと寝て忘れろ」
「……」
なんてことだ。出掛ける前の楽しそうな姿とは対照的ではないか。
「よし、今日は早いところ寝て明日また出掛けに行こう! な!?」
「……はい……」
俺はなんとか厄病神を慰めようとしながら家のドアを開けると、
「遅かったな」
「な……!?」
そこには、先客がいた。
どうもこんにちは。
前回の予告を盛大にミスったガラスの靴です。
新キャラが本格的に出るのは次回ですね。
厄病神の私服は皆様方がそれぞれ想像して下さい。そのため敢えて細かくは描写しませんでした。
嘘です。描写できなかっただけです。ごめんなさい。
次回からどうなるのか!?
お楽しみに〜!!
………いやホント、楽しみにしてください。
「別に全く気になんないし」とか言わないでください。
嘘でも「楽しみにしてます!」と言うと幸せになれます。作者が。