第125話:厄神様はかく喧嘩し
どうもお久し振りです、ガラスの靴です。
実に2週間ぶりの更新となった今回、果たして未だにこの作品を見捨てないでいてくださる皆様がどのくらいいるのか検討もつきません。
忙しさも一段落ついた、という訳ではないですが、これからもできる限り暇を見つけて小説を書いていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。
では、第125話、どうぞ。
「……あれ?」
それは、家に帰って昼食を食べ終え、何をするでもなくのんびりしていた時のことだった。
「うーみゅ……? なんじゃ……?」
「こらこら、床で寝るな。風邪ひくぞ」
「おぉ……? お主の父親も寝ておるではないか……」
確かに父さんは無駄に残っているらしい休暇を全部使いきるつもりらしく、平日だというのにまだ寝くさっているが。それでもアレと同格でいいのか?
「……それで、一体どうした小夜。何かあったのか」
冷蔵庫の中をゴソゴソ探り続ける小夜に、死神が尋ねる。
「いえ……。冷蔵庫に入っていると思っていたんですけど……?」
「夕飯の材料が足りないのか? まだ3時だぞ、今から作らなくてもいいだろ」
「そうではなくて……おやつを用意しようかと思ったんですけど……」
「む? おやつ?」
途端に起き上がり始める玉藻。
「おやつねぇ。そんなもん入ってたか?」
「はい。このあいだの旅行のお土産に買った、温泉まんじゅうが……」
温泉まんじゅうね……饅頭……
「……饅頭?」
「はい。おまんじゅうです」
――
――
「今朝、狭山直樹が食べていたな」
「ええぇっ!?」
うん、あれは美味かった。なるほど、あの旅行の土産だったのか。
「ひ、ひどいです! 皆で食べようと思って大事にとっておいたのに!」
「いやまぁ、わ、悪かったよ」
「もう、人数分とってあったのに、どうして気付かなかったんですかー!」
「な、なら分かるようにとっておけよ! そこまで怒ることじゃないだろ!」
確かにうっかり食べてしまったのは事実だが、そこまで大変なことをしたわけではない、と思う。
「それじゃ、代わりの饅頭買って来てやるから。それでいいだろ?」
「よくありません! お土産だったんです!」
「なっ……」
せっかく。人がせっかく譲歩して、わざわざ代わりの饅頭を買いに行こうとまでしているのに。それでもまだ嫌だと言うのか。
「――だったらもう勝手にしろ! もう一度あそこまで行って買ってくればいいだろ!」
「わかりました! 買ってくればいいんですね! それではちょっと出かけてきます!」
「あーそうかい! 好きにしろ!」
――バン!!
扉が勢いよく閉じられ、次には部屋を静寂が包んだ。
「…………」
そして訪れる気まずい時間。
「お主が悪いな」
「その通りだ」
「うるさい! あーそうだよ俺が悪かったよ文句あるか!?」
物の見事に図星を突き刺してくれる奴らを威嚇する。
「怒りで我を忘れたか。とても正常な判断とは思えんな」
「そうじゃの。お主が悪いの」
「だから連呼するなっつーの!! だいたいアイツにだって落ち度はあるだろ!?」
「確かに、今までの小夜であれば大人しく引いていただろう」
ほれみろ、と思って見た死神の目は、しかし驚くほど冷静だった。
「今まで、お前に対してあそこまでの自己主張を見せたことはなかったな。それが何故このようなことになったのか、良くも悪くも切っ掛けがあった筈だ。違うか?」
「…………」
切っ掛け、があるとするならば、それはもしかしたら温泉旅行のあの夜から始まっていることなのかもしれない。
もしも俺と出会ったばかりの小夜だったら、それこそ俺の屁理屈に従って引いていたかもしれない。
もしも、小夜が自分のしたいことをすることができつつあるのなら。
「……いいこと、なのか……?」
「それはお前次第だ。お前と小夜は、そういう関係だということだ」
なんだそれは。訳の分からんことを言う奴だ。
「なんじゃ? 小夜とけんかしたほうが良いのか? もしや小夜はお主らがきらいなのか?」
とりあえず、玉藻は殴っておいた。
「さて、小夜が帰ってこない」
「……もう……限界じゃ……」
「材料も丁度切れているな」
時刻は夜7時。夕方頃には戻ってくるだろうと高を括っていたのだが、どうやら小夜の怒りは俺が考えていたより深いらしい。
「おーい直樹、夕飯はまだか?」
「ああ、まだだ」
「そうか。私も少しばかり腹が減ってきたからな、早めに頼むよ」
「任せとけ」
父さんを追い返してから、再び作戦会議。
「……お主、意外と容赦ないの」
「何のことかな。子供ってのは親に隠し事をしながら生きてくもんなんだよ」
「そんなことはどうでもいい。問題は小夜の所在だ」
死神にたしなめられ、今度こそ本当に再開。
まさかとは思うが、本当にこの間の旅館に行っているわけではないだろうな。
あの剣幕を考えると、あながちあり得なくもなさそうだから困る。
そして、せめて目的地に到着していればいいのだが、迷子になっていそうだから尚のこと困る。
「……仕方がない、神楽のところへ行って協力してもらおう」
「それがいいだろう。行ってこい」
「わらわが死んでしまうまえにはやく見つけてきてほしいのじゃ〜……」
……なるほど、一人で行けと。
「――それで、僕のところへ助けを乞いに来たという訳だね!?」
「まったくもってその通りなんだが、その言い回しは若干腹が立つな」
マンションの一室。
神楽の部屋で俺は事情を説明した。
「まぁ、お前なら別に事情を言わなくても何かよく分からない方法で察せそうだけどな」
「いやはや、君と小夜君もすっかり馴染みの付き合いができるようになってきたではないか!?」
喧嘩するほど、ってか。この状況じゃ全く笑えないな。
「さて、折角君がわざわざここまで足を運んできてくれたんだ、隣へ移動しようか!!」
「隣? 市原のところにか?」
「さぁ急ごう! このままでは玉藻君が大変だ!」
なんでまた、と続けて尋ねようとした俺の台詞は封殺され、渋々神楽について隣の部屋のドアを開いた。
「こんばんは! 今日は珍しいお客さんが来たよ! 直樹氏だ!」
お前だって客みたいなもんじゃないか。
「…………」
やがて、一つの部屋からゆっくりと顔がこちらを覗き込んできた。
「やあやあ! 直樹氏は小夜君に謝りたいことがあるそうだ!」
「話を勝手に捻じ曲げるな」
「……神楽さんはデリカシーに欠けます。人の騒ぎを見て楽しいですか」
「ふむ、僕にとって有意義であるならば大歓迎さ!」
「……そうですか」
そしてまた引っ込む顔。
「……市原の奴、なんか今日は随分と機嫌が悪くないか?」
「ふむ、そう見えたかね!?」
いつも気だるげで眠そうなポーカーフェイスの市原が、今日は不機嫌なオーラが滲み出ている。気のせいか語気も普段に比べて強い。
「さて、では舞君の部屋に行こう!」
「……お前、大物だな」
構わず市原の部屋に上がる神楽に続き、俺も部屋に入った。
ベッドに腰掛けた市原がこちらを睨んでいるような気がして、意味もなく申し訳ない気分になる。
「さて、直樹氏は今回の件について何か釈明はあるのかね!?」
「釈明というか……少し熱くなりすぎた気はするな」
小夜にだって、一日の楽しみがある。それを急に取られたら、それは怒りたくもなるだろう。
時間が経てば経つほど、自分の意地の張りぶりが情けなく思えてくる。
「まぁ直樹氏にしては珍しいことだったのではないかな!? そこまで意地を張ることなどそうはないだろう!」
「お前……俺を攻撃してそんなに楽しいか?」
「いやいや、そんなつもりはないよ! 落ち着きたまえ!」
こいつ、明らかに愉しんでやがる。
「さて、直樹氏はそれなりに反省しているようだね! 小夜君はどうなのかな!?」
「お前、そんなの俺に聞かれて分かるわけがないだろ」
「……神楽さん」
「例えば、勢いで飛び出してしまったはいいが、自分はどうしようもない我が侭を言ってしまったと落ち込み、君たちに会わせる顔がなくて帰るに帰れない、ということは考えられないかね!?」
……そう言われると、充分にあり得るような気がする。むしろ、温泉宿にスクランブル発進したと言われるより遥かに信憑性が高い。
「だが、君はもう小夜君に対してそのような思いは抱いていない筈だ! では、この事態を無事に回避する方法はあるかね!?」
それがあったらとっとと教えて欲しいもんだ。
……もしも小夜が我が侭を言ったということで自分を責めたりしているんだったら、それは間違いだろう。誰だって自分の望む事があるし、それが他人と衝突することなんて日常茶飯事だ。むしろ、我が侭を言わない奴がいたとしたら、俺はそいつと本当に仲良くはなっていないのだろう。
そもそも、小夜の主張だって我が侭ではないのだ。俺が引くべきところで引かなかっただけで、悪いのは俺なのだから。
そう考えると、なんだか俺まで家に帰れなくなってきた。このままじゃミイラ取りがミイラだ。
「……ふむ、君の考えが僕の予想に概ね反していないようで安心したよ!」
「お前に予想されるのも癪だな」
だが、この全てを見通しているような男を頼って、俺はここまで来たのだ。
「……君は、今の言葉を聞いてどう感じたかね!? 小夜君はどう思っていると思う!?」
俺が話している間、一言も言葉を発しなかった市原に神楽が尋ねる。
「…………わたしは、もう直樹さんのことを怒ってはいないと思います。……そういう風に思ってもらえることが伝われば、きっと大丈夫だと思います」
「……よし! では直樹氏! 僕らはこれから夕飯だ! 残念ながらお引取り願おう!」
「…………は? 夕飯? ていうか結局どうすればいいんだ? 伝わればって、小夜は?」
「ではまた学校で会おう!」
人の話を聞けよ。
「大丈夫さ! もう問題はない!」
「何がないんだか……。まぁいいや、おかげで少しは自分の気持ちも整理できた。ありがとな、神楽」
「なに、僕は単に来客をもてなしただけだよ!」
市原も、ありがとう。
「はい。さようなら、直樹さん」
「ああ、それじゃあな」
さて、小夜は帰って来ているんだろうか……――
「――…………『直樹さん』?」
「……あ」
待て、普段市原は俺のことをなんて呼んでた?
――狭山さんは楽しそうですね。
――狭山さん、神楽さんを知りませんか?
「…………」
「……お前……、まさか……?」
「……ええと、その……」
「ハッハッハ! まぁ帰り道にゆっくり話し合いたまえ! どうかね僕のちょっとした演出は? なかなか良かっただろう!?」
……最悪だ、この野郎。
玉「んん? どういうことなのじゃ? 小夜はおらんかったのではないのか?」
死「正解はWebで」
直「何のCMクイズだ」
というわけで、ちょっとした喧嘩。
ついつい意地を張っちゃうことってあるよね、というお話でした。
喧嘩するほど仲がいい、というのは実際ある面において正しいと思われます。
喧嘩する、ということは、すなわち互いの意見を素直にぶつけ合えるということであり、それはどちらかが遠慮をしてしまっていては決して不可能なことであるのではないでしょうか。
まぁそんなことはどうでもいいのですが、結末、というかオチというか、は今回はっきりと書きませんでした。
よく分からんという方がいましたら感想なんかで送っていただけると助かります。
ではでは、次回は恐らく続きます。
お楽しみにー。