第121話:厄神様はかく散歩し
どうもこんにちは、ガラスの靴です。
いやぁ今回の話が難産でした……
更新が長らく停止した原因の一端にもなっていて、じゃあ書くなよとか突っ込まれそうですが、どうしてもこの話は入れたかったので。
まぁ、久し振りに小夜とのツーショットです。
「……鼻が痛い」
上に乗っている枕を横にどかす。窒息したらどうするつもりだ。
どうやら枕をぶつけられた衝撃で気絶してしまったらしい。ぶつけた奴は誰だろうか。
「……あ、直樹さん。おはようございます」
「……まだ深夜じゃないか?」
あの後どうなったのか、しっかり電気も消え、皆思い思いの場所で寝ている大部屋から月が見えた。その月を見ていたのか、小夜が窓から向き直りつつ話しかけてくる。
「皆さん、とっても楽しそうでしたよ。わたしも入ってみたかったです」
一瞬でリタイアしそうだ。
「お前、みんな寝てるのに何してたんだ?」
「……なんとなく、眠れなくなっちゃいました。それで、お月さまを見ていたんです」
俺も横に立って窓の外を眺めてみた。漆黒の夜空の中で一際輝く真円が浮かんでいる。
「見てください、月の模様までくっきりです」
昔の人間は月に兎を見たというが、俺にはどうやったってそんな風には見えない。所詮と思ってしまうあたり、どうも雅というものを理解するには純粋さを失い過ぎてしまったようだ。
「あ、そうだ! 直樹さん、少し外に出てみませんか?」
「今からか?」
「はい!」
何を思っての提案かは知らないが、俺としても別段断る理由はなかったので素直に乗っかることにした。旅館の玄関口から外に出る。
「夏っていってもやっぱり、こういうところの夜は涼しいな」
「直樹さんは暑いのは苦手でしたよね?」
そう。寒いのは着込めばいい。だが暑いのはどうだ、何をしたってどうにもならないではないか。そんな理不尽なことがあるか。
従って我が家では基本的に夏の間はエアコンが常時フルパワー稼働している。地球温暖化? そんなものを恐れていて人類の発展などあり得ないのだよ。
「そういうこと言ってると怒られちゃいますよ……」
「むぅ」
とにかく、夜風が心地よいということが重要なのだ。それ以外は割とどうでもいい。
「で、なんでわざわざ夜中に散歩なんてするんだ?」
「なんで……ですか? えーと……、……うーん……?」
……ノーリーズンらしい。
「直樹さんは、こうやって散歩するのはお嫌いですか?」
「……まぁ、嫌いではない、な」
あえて言わないが、どちらかと言えば好きな方だ。目的にとらわれずにただ景色を愉しみながら歩くのも意外と悪くない。
「なら、大丈夫ですっ」
「…………」
何がどういう過程を経てそのような結論に至ったのか不明だが、小夜は一人納得したようにいきまいていた。
……ま、いいか。
「ほら、置いてくぞ」
「え、えぇ!? 待ってくださいー!」
勝手に歩き出した俺を慌てて追いかける声を聞いていると、知らず知らずのうちに頬が緩んできてしまっていた。
「あ、明かりがないと、ちょっと、こ、怖いですね……」
「……お前、本当になんで散歩なんて提案したわけ?」
ダメダメだった。
「し、仕方がありません! 幽霊だって、怖いものは怖いんです!」
開き直ることじゃないと思う。
木々に囲まれた道とはいえ、整備はされているし、月の光が充分辺りを照らしてくれていたので、途中までは意気揚々と進んでいた小夜だったが、月が雲に隠れた途端、驚くほど暗くなった景色にすっかり怯えてしまっているようだった。
「お前、そんなんじゃ幽霊として生きていけないぞ」
「もう死んでます」
「そういうことじゃなくてだな……」
なんだかどうでもよくなってきた。
「でも、こうしてお前と2人で話すのも久しぶりな気がするな」
最近はあまり2人で話す機会もなかった気がする。
「そうですね。碧海さんと仲良くやっていますもんね」
「お前、えらくその話題を引っ張るな……」
「だって、なんだか落ち着きません」
「なんだそりゃ……」
俺だってもしも小夜の立場であんな現場に遭遇したら焦りはするだろうが、あれは事故なわけだし、引きずる価値もないように思う。いや、碧海からすれば大アリか、不幸な事故だ。
「そ、そうじゃなくて、えっと、それもそうなんですけど、でもなんか違うんですっ」
「どっちだよ……」
「その、わたしは凛さんは友達だと思ってて、それで、凛さんにそういうことをするのはちょっと、あ、でも、凛さんは、イヤなことはイヤだって言う人ですし、どちらかというとわたしは、だから、あれは、きっと、その……」
「いやまあ、落ち着いてから話そうな」
「とっ……とにかく、もうああいうのはダメですっ!」
やろうとも思っていないが。
「もう、なんでこんな気分になっちゃうのか分かりません! 直樹さんはダメです!」
「とりあえず、なんで俺はそんなに怒られなきゃいけないんだ?」
俺が駄目とか言われても。
「……で、その駄目駄目な俺と散歩して何するつもりだったんだ?」
「うぅ…………え?」
完全に混乱状態だった小夜は俺の質問に目をぱちくりさせると、何を当たり前なことをと言わんばかりのきょとんとした口調でこう答えた。
「なにって、お話しようと」
「……それだけ?」
「はい。それだけです」
だったらわざわざ散歩する意味は。
「なんとなく……ですか?」
「俺に訊かれても」
さて、そろそろ議題がループしているような気がするな。
「今回の旅行、皆さんとっても楽しそうで、見ているわたしも楽しかったです。でも、見てるだけじゃなくて、わたしも、何か思い出が欲しくって……」
「……それで、月夜の散歩?」
「はい……」
そんなの、神楽にでも言えばたちまち全員を巻き込んだ企画として成立させてしまいそうだと思う。
「そ、そうじゃなくてっ、直樹さんとふたりでこうしたかったんですっ!」
「………へ?」
俺と。
「……い、いえ、別に変な意味じゃなくて……そ、その……」
「……へ、へー。そうか、そ、それはなかなか変わった趣向だな、うん」
「……あぅ」
不意打ちでそういう発言をされると非常に居心地が悪い。なんだこの空気は。
というか、いかん。今さらながら2人きりという事実を妙に意識しだしてしまった。何を変なことを考えとるんだ俺は、今すべきことはこのいたたまれない雰囲気を打開することだろ。
「……え、えーっと――」
「――わ、わたしそろそろ帰って寝ますね! お、おやしゅ、おやすみなさい!」
俺の発言に割って入ってきたと思ったら脱兎のごとく飛んでいった。噛みながら。
そしてほどなく。
「きゃ、きゃー!? ここどこですかー!?」
「……林に突っ込んだな……」
結局、2人とも迷い込んだせいで、旅館に帰りつくのはもう少し後になってからだった。
神「おやおや! これは随分と面白いことになっているようだね!」
舞「そのようですね。月夜に2人で抜け出して……。なかなか興味深い話です」
直「お前ら帰れーーー!!」
サブタイトルが以前の話とかぶっていそうで怖いです。
そんな書き出しもどうかと思いますが、小夜にもしっかり頑張ってもらった今回の話、いかがでしょうか?
個人的には今さらの中学生恋愛的なのが小夜らしいのではないかと勝手に悦に入っているわけですが、まぁ自分の評価と読者様の評価が反対になることが往々にしてあるので、その辺り聞いてみたい気がします。
ちなみに次回は3日目なわけですが、3日目は殆ど何も展開はありません。
というわけで、話数以外の事情も含めて長いこと続いていた温泉編も、次回くらいで終わる予定です。
辛抱強く付き合っていただき本当にありがとうございました。
ではでは、次回をお楽しみにー!