第11話:厄神様はかく慰め
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こんな小説を読んでくださり本当にありがとうございます。
これからも頑張っていきたいと思います。
では、11話です。
生徒会長選挙の迫ったある日、神楽が市原を連れて吹奏楽部にやってきた。
「やあやあ直樹氏! 調子はどうかね!?」
「最悪だ。帰れ」
「はっはっは! いやすまない、だが今回は用事で来たのだよ!」
嘘を吐くな。今までだって散々「用事で来た」と言っておいて結局何もしていかなかったではないか。
「龍一じゃない。あんたこんな時期に何やってんの?」
「おお! 葵君! 聞いてくれ! 直樹氏が冷たいのだ!」
「いつものことじゃない。……って、その子は?」
「彼女は市原舞君だ! 舞君、挨拶をしたまえ!」
「……市原舞です。よろしくお願いします」
お前、俺の時はよろしくなんて言わなかったじゃないか。
「あたしは藤阪葵。よろしくね。……それで、この子どうしたの?」
「いや今日の用事というのが他でもない、この舞君を吹奏楽部に入れてほしいのだ!」
「それで、市原さんは音楽をやったことはあるのかしら?」
「ありません」
入部希望者が来たという話は部活全体に響き渡り、今は松崎が質問をしている。
別に部活に入るのに審査を通る必要があるわけではないが、どんな楽器を希望しているか、或いは向いているかとか、そんな感じのことを訊くものだ。
ちなみに藤阪は松崎が来るとわかった瞬間帰った。信じられん。
「それじゃあ、やってみたい楽器はあるの?」
「ありません」
お前、なんでここにいるんだ?
「……それなのに吹奏楽部に入りたいのかしら?」
「はい」
「……どういうことだ」
神楽に尋ねてみる。
「なあに、彼女が急に吹奏楽部に入りたいと言ってきたのだ! それ以上のことは教えてもらえなかったよ!」
使えない奴め。
「……しょうがないわ。希望がないのなら、人数が足りないパートに入ってもらうけど、いいかしら?」
「構いません」
本当になんで来たんだ。
「神楽くん、貴方はどうしてここにいるのかしら」
「それはもちろん、僕が彼女の保護者だからさ!」
……世迷い言を抜かしだした。
「保護者として彼女の行動は把握しなければね!」
「意味がわからないわね。市原さん、どういうことかしら」
「私にもさっぱりです」
「なんだと!? 僕のこの溢れんばかりの愛情は君に届いていなかったのかね!?」
「はい、まったく」
「衝撃だ!! 僕は悲しいよ舞君!!」
騒がしい奴だ。
「……狭山くん、貴方はわかるかしら」
「……さあな。ただ本人がやりたいって言うんだからいいんじゃないのか」
「……そういうものかしらね。志望がはっきりしないのはあまり良くないことなのだけど」
そういうことを言わなければもう少し慕われるだろうに。
結局、市原はホルンパートに決定した。あの蝸牛みたいな形のヤツだ。
「センパイ、市原さんと知り合いなんですかー?」
騒ぎが一段落し、ようやく普段通り練習出来ると思ったところに辻がやってきた。だから練習しろ。
「知り合いというか、神楽経由だな」
「なるほどー! 神楽センパイってロリコンだったんですねー!」
そういう不名誉な発言は控えろ。確かに中学生と言っても疑う奴はいなさそうな身長と容姿だが、神楽があいつの保護者面しているのは他にも事情があるからだ。だいたいお前もちっこいだろ。
……とは言わないでおく。その事情ってなんだと訊かれてまさか神になるのに協力してもらったからだとは言えないし、完璧な奴より多少おかしな奴の方が親しみを持たれるだろう。俺はヤツの生徒会長選挙を応援しているのだ。決して僻みなどではない。
「それにしても部長、最後まで納得いかなそうな顔してましたねー」
そうだな。松崎にとっては信じられないんだろう。やりたい楽器もないのにここに来るってのは。
「いやですねー、自分の狭っ苦しい価値観に当てはめないと物事を判断できない人はー」
そんなはっきり言わなくても。
こんなことを平然とのたまう辻だが、松崎の前では堂々と後輩やっている。二面性の塊め。
「ほら、練習するぞ」
「いやー! 練習キライー!」
「黙れクソガキ! はったおすぞ!」
「いや、いつ聴いても直樹氏の演奏は心を揺さぶるものがあるね!」
結局神楽は最後までいた。暇な奴だ。
「心にもないことを言うな。下手したら俺より辻の方が上手いぞ」
「はっはっは! 演奏は技術だけでするものではないよ! ひたむきに打ち込めばそれだけの音が出る! おおっと、決して満月君の演奏が良くないということではないよ!」
そういうものかね。
そういえばまだ言っていなかったかもしれないが俺のパートはトロンボーンだ。トロンボーンはいい。あの一見単純な構造でそれでいて何よりも繊細なボディ。音は時に優しく時に荒々しく、いくらでも変化させることができる。しかしながら誰でも操れるわけではなく、音色の幅を活かすにはかなりの練習が
「センパイ、その気持ち悪い顔やめたほうがいいですよー」
なんだと。俺のトロンボーンにかける思いを気持ち悪いだと。
「ええ。かなりキモイですよー」
「…………」
「な、直樹さん、元気出して下さい!」
辻が衝撃の一言を発し帰ったあとも俺は暫く動けなかった。
……厄病神、いたのか。
「はい、他の皆さんがいる時には極力話さないようにしていますから」
そうか。……結構気がきくな。
「……き、きっと辻さんもそのうちわかってくれます!」
……はは、そうだといいな。
「うぅ……。わ、わたしは凄いと思います!」
「そうか! そうだよな!」
「ひゃあ!?」
「いややっぱり辻にはまだわからないようだな別に俺が特別変というわけではなくて楽器を愛する者はみんなそうさだからお前も楽器をやればきっと」
「……ごめんなさい! やっぱり駄目でした!」
「…………」
逃げやがった。あの厄病神。
それから俺は楽器について語るのを止めるようになった。
いつか誰かに理解してもらえる日が来るまで、この想いは俺の胸の内にしまっておこう。
「うわ、ホントにキモイですよ?」
うるさい。まだいたのか。とっとと帰りやがれチクショウ。
いきなりあんなに語られたら自分でも引きます。ガラスの靴です。
ところで過去の話もやたらと改訂してますが、基本的に誤字脱字の修正や言い回しを多少変えているだけなのでストーリー自体に変化はありません。たぶん。
今回で導入部は一段落、といったところです。
次回から数話は直樹と他の登場人物の日常風景がメインになると思います。