第99話:厄神様はかく開けり
いよいよ第99話です。
あと1話で記念すべき第100話です。
ここで『プロローグあるからこれが100話目じゃん』とか突っ込んではいけないのです。
なぜなら作者がそれを指摘されるまで気付かなかったからです。
というわけでそんな半記念すべき回にも関わらずいつも通りな第99話をどうぞ。
その日は、事情を知らない者にとってはいつも通り、知っている者にとっては特別な日だった。
「――さて、昨日から試験休みが始まり、1日中練習ができる環境になりました。この夏の練習で演奏会のレベルが決まると言っても過言ではありません。それでは各自、しっかりと練習してください」
――はーい。
朝9時。部員が揃った教室に松崎の訓辞が響き渡る。秋の文化祭で行う演奏会、それが俺達高3にとっては最後の公演となる。
まあ、そういう意味でも特別ではあるのだが。
「松崎」
「あ、あら、どうしたの?」
「いやまあ、ここだとアレだからちょっと外で」
若干そわそわしている松崎を連れて外へ出る。気持ちは分かるけどな。
「ほら、プレゼント」
「あ、え、そ、その、ありがとう……」
この間買った包みを渡す。期待はするなよ。
「あら、これは……クローバー?」
なんとなく合いそうだと思った、クローバーのストラップ。四つ葉のそれが封入されているもので、まあ値段は訊くな。
「……ありがとう」
「それじゃ、俺は練習に戻るから」
「え、ええ」
そそくさとその場を去る。廊下の角を曲がったところで、横から声がかかった。
「あれは部長さんへのプレゼントだったんですね。どういった事情があるんでしょうか?」
「いや、実は――って待て、何か声の調子に不穏なものを感じたんだが」
「気のせいじゃないでしょうか」
言っておくが、今日はあいつの誕生日だぞ。それだけだ。
「そうだったんですか? ……それでも、わざわざ誕生日プレゼントを渡すなんて、ちょっと普段の直樹さんからは考えにくいです」
「お前、俺を何だと思ってるんだ……」
確かに、部員の誰かが明日誕生日だったとしても、俺はプレゼントなんて買わないだろう。松崎の誕生日のためにプレゼントを用意したのには、ちょっとした事情がある。
そう、あれは去年の夏休みのことだった――
「それでは、今日はこれで解散!」
――ありがとうございましたー!!
7月15日、部活が終わり、いつものように家に帰ろうとしたのだが、校門まで来たところで音楽室に楽譜を置き忘れてきてしまったことに気付き、俺はやむなく1人教室まで戻っていった。
夕暮れの茜色に染まった音楽室。すぐに楽譜を見つけ、それを取ろうとすると、微かにフルートの音が聴こえてきた。
「……隣か?」
一応目的の楽譜を鞄にしまい、隣の教室を覗いてみると、そこにはこちらに背中を向けて練習している松崎の姿があった。
「……何やってるんだ? 松崎」
「さ、狭山くん」
誰かに見られるとは思っていなかったのか、慌てた様子で吹くのをやめた松崎は、なんとなく元気がなさそうだった。
「……どうしたんだ? 何か元気ないぞ」
「……あら、そう見える?」
少なくとも傍目には。
「……そうね、それじゃ少し話を訊いてもらってもいいかしら?」
そこで頷いてしまったのが、運の尽きだった。
「……昨日が何の日だったか、分かるかしら」
「昨日?」
はて、試験が終わったのが10日で、それから試験休みになって部活が始まり、昨日もいつも通り部活だったはずだが。
「……部活、とか?」
「……そう、やはり貴方たちにとってはその程度の認識よね……」
いかん。松崎がいつになくブルーだ。
普段なら俺が間違った答えを発すると溜息混じりにチクチクとつついてくるのに、今日はそれすらもない。
俺はもしかしてとてつもない間違いをしてしまったのではないだろうか。それこそ取り返しのつかないほどの。
「昨日はね」
「ま、待て松崎! 今思い出すから!」
「もう遅いわ」
「も、もう一度チャンスをくれ!」
昨日という日がいったい何を意味していたんだ。忘れてはならない重要な日だったのか。
「昨日はね――私の誕生日だったの」
「…………は?」
誕生日。たんじょうび。バースデー。
「……それだけ?」
もっと重大なことだと思ったのに。焦って損した。
「……『それだけ』ですって?」
あ。
「確かに私は誕生日を自分から言い出す人はみっともないと思うしなりたくもないわだけどそういうのはきっと言わなくても誰かが覚えてくれるものだと思うの辻さんたち1年生は知らないかもしれないけど藤阪さんは昔からそれを知っていたわけだしだから部活の誰も知らなかったというのは嘘なのよだいたいそういう考えがおこがましいと言うかもしれないけど誕生日を祝ってもらって嬉しくない人なんている筈がないのよだから誰か1人くらいは声をかけてくれてもいいと思ったのに昨日は結局誰もそのことについて触れてくれなかったし今日だって思い切って葵に『昨日が何の日だったか覚えてる?』って訊いたらあの人『七夕の1週間後』なんて答えてきたのよ信じられるそこまで頭が回るんだったら絶対私の誕生日だって覚えているはずでしょうにそれでもあえてそんな答えをしたってことは彼女私のことを嫌っているのよというよりお互いに避けているのはもう貴方も知っていると思うけどそれはお互いが嫌いというよりお互い鬱陶しがっているだけなのだから仮に彼女にそういう気持ちが無かったとしても私だって少し頭にくるのよそれにしても貴方も知らなかったということはあの人本当に誰にも言ってないのね誰かに言っておいてくれたっていいと思わないいいえ逆にみんな私の誕生日を忘れていたのだとしたらそれは私が嫌われてるということじゃないかしらどうして後輩にも優しく接しているつもりなのにねえ貴方はどう思う?」
「……あ、あの、松崎、さん?」
――それから延々2時間にわたってファミレスで愚痴を訊かされ続けた俺は『来年は皆に祝ってもらえるさ』と確証も何もないその場しのぎのフォローを言ってようやく解放されたのだった。
そして今日。1年前のあの出来事が半ばトラウマのようになっていた俺は自分がプレゼントを渡すだけではなく、皆で祝わなければという義務感に駆られ、それを実行に移したのだ。
「というわけだから、今日松崎の誕生日パーティーを開く」
「えー」
「あんた、それはあたしに対する宣戦布告かしら?」
「み、満月ちゃんもお姉ちゃんも、そこまで言わなくたって……」
予想通りの反応に、こめかみが痛くなってくるのを感じながらも懸命に説得を試みる。
「お前な、こういう時ばかりは普段のしがらみを忘れて、パーっといくもんだぞ」
「ちなみにメンバーは誰なんですか?」
「桜乃さんも神楽さんも今日は来ていませんが」
メンバーは今のところ俺と藤阪姉妹と辻と市原と桜乃弟である。市原の言う通り、桜乃兄や生徒会長や我が家の居候2号は何かを感じ取ったのか今日は一度も姿を見せていない。本当はネーベルがいればいいだろうが、あいつは吹奏楽部員じゃないから今日は来ていない。
流石にこいつらを今から呼ぶのは無理がある。よって今ここにいるメンツで行うしかないだろう。
「……で、あたしを呼ぶからには、それなりに覚悟は出来てるんでしょうね?」
恐らくそれは半分本気で言っているのだろう。
だが、俺は七夕の時、松崎が言った言葉がどこか藤阪の気持ちをも代弁している気がしてならなかった。
「……覚悟は、ない」
「……はぁ!? あんた死にたいの!?」
「お、お姉ちゃん!!」
「ない。が、まぁ何とかなると思う」
「…………呆れた。話にならないわ」
そのまま藤阪は立ち上がってどこかへ行ってしまった。嫌な空気が教室に流れる。
「……ところでセンパイ、ひとつ訊いていいですか?」
「なんだ」
「部長はこの話、知ってるんですか?」
知ってるわけないだろ。秘密にしてるんだから。
「……普通、誕生日って家族でお祝いしますよね」
「だからどうした」
「あ、ひょっとして……」
「部長、今日は家の人とご飯食べることになってるんじゃないですかー?」
……ぬかった。
「え、ええ。今日は家族でレストランに行く予定だけれど……」
なんてことだ。
「狭山さん、事前の調査は大切ですよ」
「せっかく誕生日パーティーって名目でセンパイに奢ってもらえそうだったのに」
「おいそこ! そんな約束はした覚えがない!」
「え? 誕生日パーティー?」
計画を諦めた俺は、今日パーティーをしようとしていたこと、松崎には秘密にしようとしていたこと、そうしたら肝心要の本人の予定を訊いておくのを忘れてしまっていたことを正直に告白した。
「……そう……。……ちょっと待っていて頂戴」
そう言うと松崎は電話を取り出し、どこかへ掛け始めた。『今日は――』とか、『どうしても――』なんて会話が聞こえた。
「――ごめんなさい。やっぱり今日は無理ね」
「そうか」
やはり家に掛けていたらしい。
「……せっかく皆がそんな機会を設けてくれたのに、ごめんなさい……」
顔は笑っているが、それでも泣き出しそうな印象を受ける。俺は何も言えなかった。
「これじゃ、誕生日を祝ってもらえないのも当然――」
「――別の日にすればいいじゃない」
松崎の後ろから声がした。はっと振り向いたその先には、壁に背中をつけて目を閉じた藤阪の姿が。
「別に誕生日の当日以外に祝っちゃいけないなんて法律ないでしょ。何でもかんでも通り一辺倒にしか考えられないんだから」
「な、なんですって!? 貴女こそもう少し社会の規則を尊重した考え方を――!!」
……そのまま口論に発展した2人を俺達はただただ見ていることしか出来なかった。
「……はは、やっぱり藤阪先輩が一番の付き合いってだけありますね……」
「喧嘩するほど仲が良い、ですか」
「ていうか、なんでセンパイも拓斗もその発想に行き着かなかったんですかー」
「でも満月ちゃんも思いつかなかったんじゃ……」
やれやれ、最初からこうすればよかったな。
次の日、松崎の誕生日パーティーが盛大に行われた。
もちろん、欠席者は、ゼロ。
葵「はいこれあたしからのプレゼント」
静「……なにかしら、これは?」
響「お、お前もぬいぐるみか。ほいオレも」
満「私もですよー」
舞「私からはこのぷよ○よのぬいぐるみを」
静「……貴方たち、いい加減にしなさーい!!」
というわけで部長の誕生日でした。
誰かに祝って欲しい、けど自分から言うとわざとらしい。
で結局、誰からも祝ってもらえなかった。
そんな経験がある人は部長と作者の仲間です。
では、無駄に長いと評判のこの作品も次回はとうとう記念すべき第100話!
ちなみにやっぱりいつも通りです!
ではではー!