避難と状況
行ってきたこと全てが報われるわけではない。そんなことは理解している。理不尽さこそ揺るがぬことのない現実だ。
「ごめん、シュウ。先に他の人たちを避難させて来る」
真っ赤に燃える王都を見た後、シュウの元に立ち寄りそう伝えた。この場所にシュウを置いておきたくはない。でもその前に救える人を少しでも安全な場所へ。
俺は他の学生とともに負傷者を室内競技場へ避難させた。競技場の窓も割れていたが、物が散乱している教室なんかよりは随分ましに見えた。競技場には俺たちが連れてきた以外の人たちも避難してきていた。
「ケン、無事だったか。シュウはどうした」
上級生のローランドが声をかけてきた。俺はローランドから視線を外しうつむいた。
「死んだ」
シュウが死んだ。言葉に出しても出さなくても事実は変わらない。けれど言葉にし、誰かに伝えることによって俺しか知らなかった事実は現実として公になった。
「そうか」
ヴァン・ローランドもそれ以上の言葉を発することは出来なかった。ヴァンも俺を直視できないようだった。
彼は公爵家の生まれで、いつも護衛のティスとベルを連れていたが、その二人の姿はない。恐らくそういうことなのだろう。お互いに何も話すことができず。沈黙が続く。
先に沈黙に耐え切れなくなったのはヴァンだった。
「落ち着いたら俺のところに来い、食糧庫から食べ物を運んできてるいから」
彼はそう言ってその場を後にした。
負傷者を誘導し終えた後に、俺はすっかり暗くなってしまった。教室へと戻った。救助をしているときには無我夢中で気づかなかったが、あたりには血の匂いと焦げた匂いが染みついているようだった。
教室には数十人のクラスメイトが倒れていた。床は凝固した血でベトベト粘着し、歩くたびに音が鳴った。瓦礫をかき分けシュウの元へ向かう。
「シュウ、待たせた。一緒に行こう」
シュウにそう話しかけ、背に負う。まだ生暖かい血がしたたる。シュウの体は徐々に冷たく、硬くなってきていた。
「シュウ、俺さ。お前のこと大好きだった。もう何年も前から言いたかったけど、俺こんな性格だからさ。言えなくて……」
返事をしないシュウに話しかける。
「お前は初めて会った時のことは覚えてないって言ってたな。俺も覚えてないって言ったけど、俺覚えてるんだ。引っ越してきたときにお前おばさんと一緒に挨拶に来たろ。ちゃんと挨拶しなさいって、怒られて、嫌々しがみついてたおばさんの足から離れて、聞こえないくらいの声で挨拶してたんだ。肩に少しかかるぐらいの黒髪で、眼がくりっとしていて可愛かった。たぶん、一目惚れだ。今のお前も可愛いっていうか、綺麗だよ。で、それから俺、馬鹿みたいに毎日お前の家に行ってさ、嫌がるお前を遊びに連れ出したんだ。いつの間にか一緒にいたんじゃなくて、俺のアプローチが染みついちゃったんだよ、お前は。先に好きになったのは俺だからな。お前の負けだぞ」
競技場に着くまでの間、俺はずっとシュウに話かけていた。言葉は、止まってしまった時を否定するように、口から流れ続けた。
「でも、ごめんな。俺が好きになっちゃったばっかりに、魔法なんて覚えて、こんな学校に入って、こんな風に……」
そこまで言いかけたところで、俺は嘔吐した。涙も、鼻水も、胃液も垂れ流し、それでもシュウだけは落とさないように。
「俺なんかいなければ、お前は……」
競技場に帰ってくると、ヴァンたちが食糧を配っていた。ヴァンは俺に気づき、食糧をもって来た。
「後ろはシュウか?」
「あぁ、どこか横にしてやれる場所はないかな?」
「わかった。ついてこい」
ヴァンは競技者控室に俺たちを案内し、ここならだれも来ないはずだと言ってカギをくれた。
「ありがとう」
「気にするな。それと食べ物と水だ」
ヴァンにパンとチーズを貰う。
「これからどうする?食糧も少ない、救助が来る気配もない。窓から見たが、きっとここよりも王都のほうが被害は大きいだろう」
俺は尋ねた。
「俺も聞いた。今もまだ王都の方は真っ赤に燃えているようだ。こうなる前に光の玉が王都上空に浮かんでるのを見たという奴もいる」
「俺はそれだけじゃなく、光の玉が現れる直前に太陽に被って、恐らく魔法師が何かを落としたのを見た」
「そうなるとスラヴォイ帝国やマードック共和国の攻撃か。国境で小競り合いがずっと続いていたからな。父もスラヴォイとの国境に出ずっぱりだ。痺れをきらしたのかもしれん。両国とも魔石の採掘が出来ずに困窮してきたようだからな」
「いつの時代も資源争いか」
我々の住むハリス王国は周りを山岳に囲まれた小国だった。国土のほとんどが高地であり、作物を作るには適さない。鉱山ができるまでは乳製品が主要な産業で、隣国と比較すると貧しい国だった。今から一世紀前にスラヴォイ帝国との国境付近の山から魔石が採掘されるようになってからは、情勢は一変し魔石の輸出と加工が畜産にとってかわった。二十五年ほど前にスラヴォイ帝国の皇帝が退位してからは国境付近での小競り合いが生じるようになったという。
マードックとは表向きは友好な関係を築いていたが、専売であった魔石の生産量でうちに負けてからは思うように為替を管理できずに商人たちが暴動を起こしていた。加えてスラヴォイとマードックは同じ精霊を信仰しており、最近ではマードックとスラヴォイが軍事協定を結ぶという噂までたっていた。
「資源と宗教、戦争の二大巨頭だな。全くどいつもこいつも」
ヴァンはため息交じりで答えた。
「最低だな」
「我がローランド家も一端を担っていたから、公には言えんが、同感だ。いづれにしても夜が明けてから情報収取だな」
学生の俺たちができることはたかが知れている。それでも必死で指揮を執ろうとしているヴァンを見ると、少しだけ俺も冷静になることができた。
「少し休め、ケン。シュウは救えなかったかもしれないがお前は七十六人の命を救った。よくやった」