向けられた殺意
「お久しぶりに御座います魔王陛下」
鮮やかな桃色の髪をうねらせ、真っ赤な唇を優雅に引き上げた妖艶な女性が、豊満な胸を揺らして現れた。露出度の高い、唇と同じ深紅のドレスは、いかにも自分に自信があることを表している。マイヤーズ・ヴァルファーの言っていた婬魔フレイラ・アーチェは間違いなくこの女性なのだろうと安易に想像がついた。
「陛下におかれましては、ご健勝のようでなによりですわ」
婬魔の女は媚のある声色で彼に話しかける。しかし私はそのことよりも、魔界で一番地位のあるだろう魔王より先に声を発したことに驚きを生じた。臣下は通常、王の言葉を待つものではないのかと疑問に思うも、魔界と人間界ではその常識も違うのかと彼や宰相のマイヤーズ・ヴァルファーの様子を伺ってみたら、明らかに顔をしかめているマイヤーズ。やはりこの婬魔の女は常識外れらしい。
「フレイラ・アーチェ。言葉を慎みなさい」
「あら、臣下が敬愛する陛下のご健康を喜んでなにが悪いのかしら?ねえ、陛下」
しなを作りクスクスと笑う婬魔に、自身の容姿に絶対的な自信があるゆえ、軽率な態度すら許されると勝手に思い込んでいるのだろうとそう判断した。そもそも普通ならば気付くはずである。これ程までに無礼な態度をとり続けているのに彼がなにも言葉を発さないその意味を。
「ガイナリアス様」
「クリスティーナ?」
私が声をかけることによりその氷のように冷たい視線を解き、瞳を揺らす。
「発言させていただいても宜しいでしょうか」
「・・・構わぬ」
少し考えた後、彼は瞳を閉じてそう言った。私はそれを聞き届けると、すっと視線を婬魔へと移行した。
「初めまして、私はクリスティーナ・ミハエルと申します。ひとつ、貴女に助言を差し上げましょう」
そう言って、公爵家息女としての顔つきで婬魔の女を見据えると、女は私の全身を見てフンと鼻で笑った。
「あらぁ、今まで全然気付かなかったわ。どこの種族の者か知らないけど場違いじゃなくて?お子様には」
明らかに馬鹿にした言葉と態度に反応したのは私ではなく彼の方だった。マイヤーズも顔を歪めたけれど彼の比ではない。当の私はと言えば、貴族のなかでは他者を辱しめたり貶したりは割と日常茶飯事なことだったから特に気にもしなかった。私は隣の彼の空気が若干変わったのを肌で感じ、落ち着かせるように彼の腕に触れた。すると空気が和らいだのでまた意識を婬魔に向ける。
「場違い・・・それは貴女を指す言葉ですね。魔王陛下である彼の許可もなしに謁見するとは何事ですか。貴女がどこぞの女王ならば話は変わりますが魔界では他に王はいないのでしょう?ならば貴女は彼よりも下の立場になりますよね?先程貴女自身も臣下だと仰っておりましたし。更に立場でいえば貴女よりもマイヤーズ・ヴァルファー宰相の方が立場は上の筈です。その宰相の言葉を無視し、一臣下でしかない貴女は彼よりも先に口を開いた・・・とても臣下であるとは言えない行いですね」
「なっ・・・!!黙って聞いていれば大した容姿もしていないくせに偉そうに!!大体、あんた何様なわけ!?魔力だって大したことないうえ貧相な体で、陛下のお隣に立つなんて図々しいって分からないのかしら?ねえ陛下?こんな低種族の女なんて捨ててしまってはいかがですか?陛下に相応しいのは私のようにすべてに於いて優れている者だと思いますわ」
真っ赤な唇を歪ませて私を嘲り貶したと思ったら、次の瞬間には甘ったるい声を出して彼を誘惑しようとしている。彼の表情から、気配から、魔力から、なにも感じないのだろうか。人間である私ですら感じるというのに。すべての婬魔がそうだとは思わないけれど、この女は駄目だと内心で呟いていると、隣に立つ彼の口が開かれた。
「貴様、誰に向かってそのような口をきいている」
「陛下?」
「我がいつ、貴様に口を開いていいと言った」
全身が氷に覆われたような感覚とはきっとこのことなのだと思った。たった一言、彼が話すだけで周りの温度が急激に下がる。襲いくる悪寒と言い知れぬ恐怖。私は此処へ来て初めて、彼が魔王だということを体感したのだった。
タイトルの向けられたはクリスティーナにではなくフレイラにですね。そしてフレイラがクリスティーナのことを大した容姿じゃないとか貧相だとか言っていますが容姿だけなら圧倒的にクリスティーナが上です。ただフレイラの方が婬魔ゆえグラマラスなだけであってそこに圧倒的な自信を持ってしまっているために自分よりも下に見ているわけです。クリスティーナも平均以上にありますよ。何処がとは言いませんが・・・




