ドラゴンと魔王
またまた日付が開いてしまって申し訳ないです。
「此処で最後だな。厩舎にはクリスティーナが立ち寄る機会はほぼないだろうが、念の為だ」
大きな城を上から順に案内してもらった。大きいだけありその部屋数は多いのかと思いきや一部屋が大きかったり武器庫宝物庫の数が多いだけで割と簡単な作りになっていた。特に宝物庫の数は多く、歴代の魔王陛下の宝が静かに眠っているそうだ。彼のもあるらしいが一切手を着けていないらしい。曰く、「使い道がないしその必要性を感じない」だそう。隣に佇む彼は宝飾品で飾らなくとも完成された美そのもの、だから不要と言う彼の言葉に確かに、と思った。城の中を案内されている間、数名の魔族に遭遇した。皆彼を視界に入れると膝を折り敬愛の意を表していたけれど、最後には必ず隣にいる私を視界に捉える。まるで探るような視線に気分を悪くするも、しかしそれは当然のことなのかもと思考を改める。もし人間の世界に角が生えていたり羽があったり、【異形】と呼ばれる者がいたとしたら、このように・・・いや、もっと不躾に相手を探ろうとするだろうから。
奇異の視線に晒されながらも彼に付いて回ると、だんだんとそれらが変わることにも気付く。そう、それは信じられないという視線だ。彼曰く、彼が誰かを伴って、それも敬意や愛情を込めて傍にいるなんて皆無だったから、城の者は驚いているのだろうとのことだった。その容姿から、その魔力から、他とは一線を引いた魔王という存在。それ故に、彼は孤独であったのかもしれない。物理的にも、精神的にも。そんな彼が可哀想とも感じるし少しだけ優越感も覚える。彼の唯一の執着する存在が自分であるということに。そんな自分が少し汚く感じて小さく首を振った。
「この世界の乗り物は・・・馬、ではないのですか?」
最後に辿り着いた場所は厩舎と呼ばれる、人間界では馬を管理する場所であった。何故ここに?と首を傾げるも、なにか意味があるのかもと素直に彼の後を追う。そして目の前にあるそれは厩舎と呼ぶには少し大きく、そしてとても頑丈に見えた。それこそ、馬を入れておくだけにはまったく不要であるくらいに。
「魔界には馬はいない。そもそも、人間界のように魔界は陸続きではないからな。馬では役に立たぬのだ」
初めてこの世界に連れてこられた時に見えた空に浮かぶ島。それを思い出すと成程、確かに馬では無理だと納得する。ではこの中にはなにが?と疑問に思うと、彼は私の表情から察したのかスタスタと頑丈な扉に向かって歩き出した。ガガッと少し錆びた音が響くとゆっくりとその扉が開く。薄暗いその中で動いたものを彼の後ろから覗くと、私は、はっと息を飲んだ。
「ガイナリアス様、これ・・・これって!」
「これが我々の移動手段に使われるものだ」
しなやかな体を覆うように綺麗に生えた鱗、その鋭さからどんな獲物をも引き裂くであろう牙と爪、たった一薙ぎで大木すら粉々に出来そうな太い尻尾、その視界に捉えてしまえばどんな小さきものをも逃がすことはないだろう大きな眼、極めつけは羽ばたき一つでどんなものも吹き飛ばせるだろう立派な両翼。空想の世界のものだと思っていたその存在が今、私の目の前にある。
「これは、ドラゴン・・・ですか?」
「そうだ。そなたのいた人間界にはいないのだろう?見せれば喜ぶと思ったのだが・・・」
そう言うと、彼はすっと足を進め低く唸るドラゴンのもとへと向かった。一瞬、ドラゴンが彼に牙を向くのではと恐怖したがそれは杞憂に終わる。そうだ。彼は魔界で一番強い存在なのだからドラゴンには分かるはずだ。自分では彼に勝てないと。だからこそああやって子犬のように彼の手にすり寄り喉を鳴らしているのだ。
「クリスティーナ、おいで」
「ですが・・・」
それが私にも共通するかといえばそうではない。私と彼は全てに置いて違うのだ。種族も魔力も、彼にはあって私にはない。ドラゴンが私を襲わないことを証明するものはなにもない。
「大丈夫だ。ディール、彼女はクリスティーナ。我の妃となる女性だ。よってそなたより上の存在となる。解るな?」
彼の深紅の瞳は鋭くディールと呼ばれたドラゴンを射抜く。するとドラゴンは喉を鳴らしながらゆっくりと鋭利な瞳を此方に向けた。まるで此方を見極めるようで鼓動が不安定に打つ。目を逸らしたいけれど、ここでそうしてしまえば負けてしまう気がして逃げたい気持ちを押さえて、目の前のドラゴンと対峙した。




