彼の思い
『あの日と同じ、あのブルーのドレスと僕が贈ったティアラを着けて?』
ロクサスが私に望んだのはたったそれだけ。もしかして、ロクサスは私にもデビュタントのやり直しをさせたいのでは?と思った。きっと一緒に大人になる、ということが彼にとって大切なのだろう。
「とは言われても、あの時のドレスはもうないし・・・」
あの時よりも少しだけ背も高くなって体つきも変わった今では、とてもじゃないけどあのドレスは私には入らないだろう。あってもどのみち着られなかったのだけど、とりあえず似たような色合いのものがないか探してみるものの、やはり見当たらない。
「これは、新しく作るべき?でも間に合わないわよね?」
あと三日ほどでデビュタントの日になる。どれだけ腕のいい縫飾人であっても一週間は要する。どう考えても無理なのだ。
「ロクサスには悪いけれど、諦めてもらうしかないわね」
私はふっと息を吐くと筆を執り、サラリと簡単に書き終えるとメイドを呼びロクサスに届けるように指示を出した。
翌日、やはりなんの知らせもないままロクサスはやって来た。
「はい、ティーナ」
ロクサスが渡してきたのは大きな箱。それこそ、私がよく利用する縫飾店のものに良く似た・・・というか、そのものだ。
「ロクサス?これは・・・」
「あの日、ティーナのドレス姿が忘れられなくて同じ色のものを作ってもらったんだ。それでも、デザインとか覚えてなかったし、なかなかこれだって思えるものにならなかったから出来たのは半年ほど前なんだけどね。あ、安心して?今のティーナにぴったり合うはずだよ」
にこりと万人受けする笑顔でそう言われても寧ろ何故今の私の体型に合うのかをとても知りたい。私、ロクサスに触れさせたことなんかないはずなのだけど。念のため箱からドレスを出して体に当ててみる。・・・本当に、何故丁度良さげなのだろう。
「やっぱり、ティーナには寒色系の色が良く似合うよ。・・・そろそろ戻らないとあの人に見つかっちゃうな。じゃあねティーナ。明後日、楽しみにしてるよ」
「ええ、ドレスありがとう」
ロクサスは満足気に笑うとそのまま帰っていった。
「クリスティーナ、入るよ」
二度ほどノック音がするとガチャリと音を立ててドアが開き、義兄が部屋へ入ってきた。
「お義兄様?どうかなさったの?」
「義父上から聞いたのだけど、彼のデビュタントのパートナーとして参加するんだって?」
義兄は私に断りも入れずに対面のソファーに座る。そして少しだけ苛立ちの見える口調で尋ねてきたのだ。
「ええ、ロクサスがどうしてもと・・・あそこまで懇願されてしまえば、さすがに断ることはできませんわ」
赤の他人なら二の句を告げさせずに追い返すのだけど、相手は幼馴染みだもの。他人よりも甘くなってしまうのは仕方ないことだわ。それに、あんなに嬉しそうな顔をされたら、こちらも受けてよかったと思わざる得ない。
「クリスティーナ、自分の立場は分かっている?君は公爵家の真の血を引くお姫様だ。さらに言えば現時点で最も次期王妃に近いバルトロス殿下の婚約者候補。君の勝手な振る舞いは、ミハエル家にとってもあまり良いものではないと、分かっているのだよね?」
優しい瞳の中に垣間見せる冷たい氷のような視線。義兄は義兄なりに私と、この家のことを考えて厳しいことを言ってくれているのは十分に伝わる。私だって我が家を貶めてまでなにかをしたいなんて思わないもの。
「分かっていますわ。しかしこの件に関してはお父様もお許しになっています。お義兄様が私のことを心配して言ってくださることはとても嬉しく思うのですが」
「分かっていない。君はなにも分かっていないよ」
そう、切なそうな声をあげて義兄が言う。苦しそうに眉を寄せて、無理に口角を上げて、泣くのを我慢するように。だけどそれは一瞬で、次の瞬間にはいつも見る義兄の顔に戻っていた。義兄はふうっと息を吐くと立ち上がり、ドアのほうへ向かった。そしてドアノブに手をかけると、背中越しに私に話しかけた。
「義父上が、そう仰ったのなら、俺になにかを言う権限はないかもしれないけれど、これだけは覚えておいて欲しいんだ」
ちらりと、視線だけを此方に寄越す。
「彼のことを、あまり信用しすぎないほうがいい。誰にでも裏の顔はあるものだ。勿論、俺にもあるようにね」
「裏の、顔ですか・・・だけど、ロクサスにそんなもの」
「あるよ。それを見せないのはね、君に見放されたくないからだよ」
見放す?彼方からなら分かるけれど、私がロクサスを見放すなんてないに等しいのに。
「分からないって顔だね。純粋な君は素敵だけど、それは時に罪であり自らを貶める武器に成り代わるから気をつけて」