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本当に結婚してもいいの?その2

二日後、国王陛下と王妃様謁見のため、私達は王城へとやって来た。相も変わらず白く輝く城壁には溜め息が出る。裏城門を越え城の関係者が使う門扉まで来ると、執事長とメイド長が出迎えてくれた。忙しいだろうにと思っていると、表情から察したのかにこりと微笑まれて「すぐに通常業務に戻りますので」と先に言われてしまう。確かに毎回(一応バルトロスの婚約者候補だったので何度か宿泊したことあり)出迎えのあとは幾人かの侍女に指示をして部屋まで送られると颯爽と何処かへと行ってしまうけれど。


「前回の部屋も凄かったけれど、今回も同等の凄さだ」

「王城ですもの。貴族のそれより立派なのは当然ですよメリオロス様」


でもまあ、私達が通された部屋は城の中でも上位に入るくらい立派なところだとは思う。他国の要人に宛がわれる部屋の一つだろう。そんな部屋に通されるのは、私達が筆頭公爵家の人間だからなのか私が少しは王家の血を引く人間だからなのかその両方なのか・・・まあ考えたところでなにか変わるわけでもないので気にしないでおこう。私がぼうっとそんなことを考えていると、ふと義兄から声をかけられ振り向く。いつものように王子様スマイルの義兄が大量の紙の束を抱えて、その紙の束を見た後少しだけ眉尻を下げて言った。


「明日の謁見までに片付けておきたい仕事があるんだ。そうなるとクリスティーナを一人にしてしまうのだけど、大丈夫?」


義兄はすでにお父様の仕事の大部分を引き継いでいる。だから本当はこんなところでゆっくりと寛いでいる時間の余裕はないはずなのだ。


「大丈夫ですわ。メリオロス様のお仕事が終わるまで、私良い子で待っていられますわ」


にこりと微笑んでそう言ってあげれば、実に残念そうな顔の義兄。


「少しは寂しがってほしかったな・・・」

「あら、寂しくないとは言っておりませんよ?思っていても表に出さないのが女の強さなのですわ」

「そう?強くなくてもいいんだけどな。うん、でもできるだけ早く終わらせて戻ってくるから。良い子で待っていて」















「はあ・・・こうやって此処を歩くのも久しぶりだわ」


今、私は城内の庭園にいる。義兄に大人しく待つとは言ったけれど部屋の中でとは一言も言っていないので後でグチグチ言われても問題ない。ちゃんと城使えの侍女もいるしなにか危険なことをするわけでもないしただ散歩をするだけだ。家の庭師が作った箱庭も素晴らしいのだがやはり王城が雇った庭師は凄腕らしく家のものを遥かに越えるまさに芸術品なのだ。そんな芸術品を間近で見られる機会をみすみす逃すのは愚か者だと思う。うっとりと完成された美を堪能していると、背後から懐かしい声が聞こえた。


「クリスティーナ」

「・・・バルトロス様」


振り向いた先に居たのは、輝かしい金を纏った王子様。私の婚約者になるかもしれなかった人だった。どうしてこんなところに?と不思議に思うが、まあここは彼の家なのだから何処にいたって不思議ではないかと喉まででかかった言葉をそのまま飲み込んだ。


「お久しぶりでございます。バルトロス様がお変わりないようで安心しました」

「変わりないか・・・私は随分と変わったしまったと自分で思うよ。うん、君が居なくなってしまってから私は・・・」


その言葉の続きは聞こえてこなかった。ただ、切なく今にも泣き出しそうな瞳に、捨て去ったはずのなにかがざわついた。


「少しだけ、時間をくれないか?この周囲は私の騎士が守っている故人目につくことはないから、私の婚約者にも君の婚約者にも知られることはないから安心して?」

「・・・分かりました。少しで良いのなら」


私の言葉に翳っていた表情は一変して、よく知った、あの優しい笑顔が彼の顔に戻っていた。バルトロスは噴水の縁に腰かけると、私にも隣に座るように促した。昔は、よくこんな風に隣に座って物語を読んだり、将来の話をしたりしたものだと思い起こす。お互い暫く沈黙を貫いていると、漸く、バルトロスのほうが口を開いた。


「昔はよく、こんな風に一緒にいたね。クリスティーナがお伽噺を私に語り聞かせてくれて・・・私はそれがとても嬉しくて何度も『もう一度』とねだったものだったね。きっとあの頃が、私にとって最も幸福な時間だったんだと、今になって思うよ。あの幸福がいつまでも続くものだと信じていたんだけど・・・どうしてこんなことになってしまったのかな。どうして、君の隣にいるのが、私ではなくなってしまったのかな」


ぽそり、ぽそりと心に溜まっていたものを吐き出すように話すバルトロスを、私はただ黙って見つめる。どう答えたらいいのか、私には分からなかったから。もし、なんて言ってしまえばきっと切りがない。私達が結ばれなかったのは過程がどうであれ、それが正しい道筋だったのだろう。バルトロスに婚約者がいるように私にも義兄がいる。それが結果であり、変えられない結末だ。私はもうすぐ結婚し名実ともに義兄のものとなる。そしてバルトロスも来春、あの令嬢を王太子妃とし、次代の王となるのだ。もう、私達の道は完全に別れてしまったのだ。


「ねえクリスティーナ。もし・・・もし私が君を諦めきれないと言ったら、君はどうする?彼女を離宮に押し込めて君だけを寵愛すると言ったら、君は私のもとへ戻ってきてくれる?」


彼らしくない言葉に、私は首を横に振った。


「私はメリオロス様を愛しております。確かに昔は兄としての好意しか持ち合わせてはいませんでしたが、今は違います。今は、心から彼を男性としてお慕いしています」


少し強引で傲慢なところもある義兄だけど、私への愛が前提としてあるから、だからなにをされても許せる。それに最近では、彼を求める自分がいることも知ってしまった。それよりなにより、最早バルトロスは私にとっては過去のことなのだ。私が前を向いたように、彼にも新しいパートナーと前を向いて進んでほしい。


「だからどうか、私のことは忘れて、貴方の婚約者を大切になさってください」

「・・・・・・・」


私の言葉はバルトロスに届いたのだろうか。俯く彼の表情は伺えないが、私の気持ちを受け止めてくれたら幸いだ。陽が少し傾いてきたことに気付き思ったよりも長くこの場にいたことに驚いた。そろそろ戻らないと心配した義兄が城中を駆け巡りそうで私は立ち上がる。


「バルトロス様、これからはメリオロス様共々ミハエル公爵家の人間として、あなた様に、延いてはこの国に仕えてゆく所存でございます。一家臣として、あなた様を支えさせてください」


一向に動く気配のない彼が心配で置いていってしまっても良いのだろうかとも思ったが、けじめとして自分達の立場を在るべき場所に戻すため、私はバルトロスに深くお辞儀をするとその場から離れるために彼に背を向けた。













それがいけないことだったと気付いたのは、




「やっぱりクリスティーナは強く美しい。だけどあの男の為にそれがあるなんて赦せないよ」

「んぐっ」







気配を消して背後に立ったバルトロスからなにかを嗅がされた後だった。




「君は本当になにも知らないんだね。あの男がどんな非道なことをして私達を引き裂いたのか・・・だって知っていたらあの男を愛してるなんて、言えるはずないもの」

「んぐぐぅ」




このままではまずいと必死に抵抗するも、男のバルトロスと女の私では力も体力も差がありすぎて、結局息を止めておくのも限界を迎え思いっきり吸い込んでしまった。





「大丈夫だよ。あの男が手出しできないところに匿ってあげるからね。そしてそこで私とずっと一緒に暮らそう。暫くしたら子供を作るのもいいね。君に似た愛らしい女の子が良いなぁ。もし男だったら・・・王太子にしてしまえばいい。誰も文句は言わないよね。だって君と私の子供なのだから・・・ふふっ、眠くなってきた?いいよ、沢山眠って」



朦朧としていた私の意識はバルトロスのその言葉を最後にぷつりと途絶えてしまった。途絶える瞬間頭に浮かんだのは、困ったような笑みで私を見る、優しい義兄の姿だった。





バルトロスはこのまま失恋エンドで終わらせようと思ったけどもう一花咲いてもらうことにしました。言ってしまえば最後の悪あがきですね。

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