心の叫び
夜会の翌日、久しぶりの外出もあってぐっすり眠り気分よく起床した私に、お父様は開口一番、私の目を思いっきり覚ましてくれることを言い放った。
「お父様?それは朝一番の冗談にしては悪すぎですわ」
「冗談を言うわけがないだろう?これはもう決まったことなんだよ」
少しだけ窶れたようなお父様が私に言ったのは、義兄であるメリオロスとの婚約だった。何故そんな話が湧いたのか分からない。だけどお父様のこの様子から嘘ではないと分かった。だけど理由は分からない。確かに血の繋がりはないけれど優秀な義兄ならばこのミハエル家を継ぐことも納得がいくし私だってそれを快く思っている。もし次代の血統がとか言うならば私でなくても遠縁から誰か嫁を迎えればいいはずだ。本当の兄妹のように育った私と義兄が夫婦になるなんて、お互い考えられないはずなのに・・・
「これはメリオロスが望んだことでもあるんだよ。もし、本当に嫌だと思うならば彼に直接言うといい」
「お義兄様が・・・」
なにを考えているのだろうか。いつも優しいあの義兄の考えることが、私には理解できなかった。
「お義兄様、お時間宜しいですか?」
「ああクリスティーナ、ちょうど今から休憩しようと思っていたところなんだ。さあ、そこに座って」
義兄は書類から目を離すとにこりと笑い近づいてきた。そして部屋の入り口に待機していた家令に指示を送ると私を上品なソファーに座るように促した。少しすると家令がティーセットを持ってきて私達にサーブすると、一礼して退室した。琥珀色に揺れる自分を見てこくりと飲み込めば、喉を潤すとともに質の良い香りが鼻を抜けた。
「クリスティーナ、久々の夜会で疲れていないかい?体も鈍っていただろうから今日はもっと遅くまで夢の中だと思ったんだけどな」
「いえ、まあ確かに疲れはありましたけど体を動かしたことが良かったのかぐっすり眠れましたの。そのお陰か気持ちよく目覚めることができましたわ」
そう言うと、義兄はにこりと笑って「良かった」とそう言った。そして暫くなんでもない、他愛ない話を続けたあと義兄は表情を変えることなく口を開いた。
「さて、クリスティーナが珍しくここへやって来たっていうことは、義父上に聞いたのかな?」
頭のいい義兄はどうして私がここにいるのか、ここを訪れたのか理由をわかっているようだ。私はそれに頷くと口を開いた。
「このお話はお義兄様が仰られたのだと聞きました。どうしてでしょうか。私とお義兄様の間には親愛はあってもその他の感情はないというのに・・・」
「そう思っているのはクリスティーナだけだということだよ」
え、と顔を上げれば初めて見る義兄の顔があった。怒りとも哀しみともとれる歪んだ表情に、カップを持つ指が冷えた気がした。
「クリスティーナには・・・俺なんてただの血の繋がりのない兄妹のような存在だろうけど、俺は違う・・・クリスティーナのことを義妹だなんて出会ったときから思ったことはない。あの頃から、俺にとって君はただの女なんだよ」
義兄の告白に、私はどう答えたらいいか迷った。だって乙女ゲームの世界ではこんな裏話なんてなかったから。ただ私は義兄とヒロインの行く手を妨げる悪役で、そして殺されるだけの存在だったから・・・だからそれが本気なのか、本音なのかいまいち判断できないのだ。
「ですが・・・お義兄様は私がバルトロス様と婚約・・・仮でしたけど、してもなにも仰らなかったではないですか。それは義兄として、祝福してくれたのだと思っておりました」
私の言葉に、義兄はふっと笑って「あり得ない」と言った。その笑みはいつもの優しいものではなく、どこか剣呑を秘めていた。
「俺は所詮このミハエル家とは無縁のものだ。権力のない俺が一国の王子様になど太刀打ちできるはずがないじゃないか。でもそれでも君がバルトロス王子と楽しそうにしているところを見ると引き裂いてやりたいと何度も思ったよ。あの王子さえいなくなれば・・・クリスティーナは俺のところに戻ってくれるのに、とかね」
そう語る義兄はとても楽しそうにカップの縁を撫でた。
「このままクリスティーナはバルトロス王子と結ばれるのかと半ば諦めていたとき、クリスティーナ・・・君の様子が変わったことに気付いたんだよ。ずっと見てきたからね。王子の話をしてもあの輝いた笑顔が浮かばない・・・どちらかといえば憂いた表情を浮かべる君を見て、チャンスだと思った。上手くいけば君を手に入れられるんじゃないかってね」
たぶんそれは記憶を思い出した前後の話だろう。思い出すまでは恋い焦がれていたけれど、思い出してしまえば悲惨な・・・あんな現実を誰が受け止められるのか。それが表情に出てしまったところを義兄に上手く使われてしまったのだ。
「君を手に入れるための力が役立った。結果王子はクリスティーナではなくどこぞの令嬢と結婚せざる得なくなったわけだ。見ただろう?昨日の夜会の時の王子の顔を。クリスティーナと結ばれることはないと知り絶望に染まったあの顔・・・まさか筆頭公爵家の愛娘を側室に迎えられるわけないからねぇ。本当に、王子の将来は明るくないな」
クックッと肩を揺らし押し殺すように笑う義兄。私のために力を手に入れたというこの人が、やはりなにか謀ったのだと確信した。そこまでするほどにこの人は私を好きなのだろうか。自分の手を闇に染めてまで?
「ではあの急なお話は・・・バルトロス様のことも、私を夜会へ連れ出したこともすべて・・・」
「そうだ。すべて俺が仕組んだ。頭のいいクリスティーナならいずれは知ることになったろうから隠しはしないさ」
それから義兄が語る真実に私は戦慄した。
お義兄様はミハエル家とは血縁関係のない本当の他人なのでミハエル家に迎えられてからかなり頑張りました。詳しくは本編内で書こうとおもいます。