日常を壊す音
遅くなったうえ少ないですが・・・
バルトロスとの婚約話がなくなってから、毎日暇な私は家の中でただ本を読んだり刺繍をしたり・・とにかくなにかしていないと退屈で死んでしまいそうだった。たぶんこれが普通。そして自分が誰であるか知る前まで当たり前に繰り返していた日常なのに、暫くどう回避しようかと頭を悩ませていたせいか、すっかり抜け殻状態になってしまったのだ。当然周りは心配した。お父様はやはり私がバルトロスと結婚できなかったことがショックだったのだと、他の誰かを私に宛がおうと考えたようだ。それはすぐに止めさせたけど。だけどいつかは私も誰かとそうなるのだとは解っている。そしてその候補者も・・・
パタン、と読み終わった本を閉じ息を吐くと、暖かい日差しが入る窓の外を見つめる。変わらない風景を、ずっとこのまま見ていたいと思う。それを壊す音が部屋のドアから聞こえた。
「クリスティーナ、たまには俺と出掛けないか?」
「お義兄様・・・私に恥をかけと言うのですか?バルトロス様との婚約の話がなくなった私に、憐れみの目で皆に見られてこいと、そう仰るのですか?」
実際は別段そう思ってはいない。心の中では跳び跳ねて歓喜を表しているけれど、公爵令嬢様であるクリスティーナがそんな姿を晒せるはずがない。世間一般から見て、バルトロスの妃筆頭候補であった私は、突如現れたどこかの令嬢からその座を奪われた悲劇の令嬢として嘆き悲しまなければならないのだ。だから演じるのだ。この義兄の前でも。
「君はなにも悪くないだろう?強いて言うならば、クリスティーナという素晴らしい女性がいるにも関わらず他の女性に目を向けたバルトロス王子が悪いだろう?彼とその女性が醜聞に晒されるのは兎も角、なにも悪くない君を誰がどう責めるというのか・・・そんなやつがいるならば是非見てみたい。あと、まだ本決まりではなかったのだからそこまで気にする必要はないと、俺は思うよ」
麗しい顔に笑顔を乗せてそう言った義兄は、どこまでも優しく私を包んでくれた。優しい、優しい義兄・・・彼の言うように、バルトロスのことはもう過去で特別気にする必要はない。可哀想なクリスティーナはそろそろ終わりにして、新しいクリスティーナとして歩き始めていい頃なのかもしれない。
「有難うございますお義兄様。私、外に出てみようと思います」
「うん、では行こうか、俺のお姫様」
大きな手のひらが目の前に差し出され、私はそれにそっと触れた。
クリスティーナ、悲劇のヒロインを演じてみる。次はメリオロスの過去話です。