私とバルトロスの結末
予告通りバルトロス編最終回。
あれからすぐに私とバルトロスは城に戻った。私がいなくなったことを知っているのはあの時森に一緒に行った面々だけだそうだ。バルトロスが口外することを禁止した理由は、公爵家の令嬢である私が消えたことが公になればそれだけでスキャンダル・・・なにもないと主張しても不義を疑われバルトロスの婚約話も解消させられるから。そりゃあなにもなかったとはいえ、数日もの間男の人と同じ空間にいたのだから誰だって如何わしいことがあったのではと疑いたくもなる。私だって他人事だったら同じように思ったかもしれないから。そう考えれば、バルトロスが彼らに黙っているように命令したのは正しかったのかもしれない。だけどそうなるとバルトロスは単独で私を探しだしたことになる。それもたった数日で。バルトロスの行動力と情報収集力の凄さが改めて分かったと同時に、例え私が自分の意志で逃げたとしてもすぐに捕まってしまうのだろうという現実に、やはりバルトロスからは逃れられないという結論にたどり着くことになった。
無事に部屋に戻ってきた私は思いの外神経を磨り減らしていたようで安堵からか意識を失うように眠ったそうだ。その間、バルトロスは通常通りに政務に励みながらも私を心配して度々様子を見にやって来ていたそうだ。これはすべてカリーから聞いた話なのだけど(カリーは私の専属の侍女だから事情は知らされていたみたい)バルトロスには色々負担を負わせてしまったみたいで本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。
「大丈夫かい?」
少しだけ意識を飛ばしていたらバルトロスに心配をされた。私は彼を安心させるように微笑むと、実は気になっていたことをこの際だからバルトロスに聞いてみることにした。
「バルトロス様、あの後・・・アーダルベルト様はどうなったのでしょうか。バルトロス様がすぐに私を連れ出してくれたので気になっていたのです」
「ああ、クリスティーナには忘れていてほしかったのだけどな・・・」
死した後も私の中に居座るアーダルベルトをバルトロスは気に入らないようだ。それでも彼は私が納得できるようにその後のアーダルベルトの末路を教えてくれた。
「知っての通り、アーダルベルトはクリスティーナと関わるまではこの国のことを第一に考える素晴らしい騎士だった。だから彼が忽然と姿を消して騎士達は勿論父も動揺せずにはいられなかった。だけどクリスティーナを拐って逃げたなんて言えるわけがないよね?そんなことをすればクリスティーナと結婚できなくなってしまう。だから考えたんだ。彼が死んでも誰も疑わない正当な理由を・・・健康面では難しかった。つい最近あった健康診断ではどこも問題がないと判断されていたからね。では剣が握れなくなったことにすれば?それも難しい。ここ数年は大きな戦もなければ国民の反乱もない・・・怪我をする場所がないうえ護衛以外の時間は鍛練場で部下と剣を振るっていたんだ。彼が騎士として失格だと公言することもできない。そこで考えたのは政治面ではどうだろうかということだった。君にはまだ知らされていないんだけどね、場内で不穏な動きをしているものがいたんだ。調べた限りでは国税を不正に横領して私腹を肥やしていたようだ。まあそれだけなら罰を与えてどこかの片田舎にでも閉じ込めてしまえばいいんだけどその役人は国税で武器を購入していた。内密に、ね・・・どうやら父や私の命を狙っていたようだ。まあ、あまりにも杜撰すぎて現実にはならなかったけれどね。ああ、そんな顔を悲しみで歪ませては駄目だよ?クリスティーナには笑顔が似合うからね。その役人とおこぼれを恵んでもらっていた数名の騎士は王の名のもとに処刑した。これだけだとアーダルベルトとはなんの関わりもないんだけどね、その暗殺者の名前をアーダルベルトにすり替えたんだ。アーダルベルトが役人と手を組んで私達を亡き者としようとした・・・国一番の剣の使い手ならば簡単に殺せるだろう?そしてその計画がとても真実味を帯びる。だって暗殺者がアーダルベルトなんだからね。あの日、クリスティーナが拐われたその日に役人達を処刑したんだ。そうすればアーダルベルトが消えたのはそれが事実で逃げたからなのではと皆が勝手に思い込んでくれるからね。思惑通りに話が進んで驚いたほどだよ。だから少しだけクリスティーナを救い出すのが遅れてしまったんだ。それについては本当に申し訳ないと思ってる。怖かったろう?私もね、クリスティーナがアーダルベルトに襲われている姿を見て本当に・・・跡形もなく消してやりたかったよ。だけど一応彼が死んだことを皆に見せておかなきゃいけないから形だけは残してあげた。でないと今頃・・・彼の体はとてもじゃないけど見れたものではなかったろうね」
クスリと笑うバルトロスの眼は笑っていない。私はとりあえずアーダルベルトが綺麗なまま死ねて良かったのではとしか思えなかった。
「えっと・・・結局アーダルベルト様は国に仇なさそうとした者として処罰された、ということになっているわけですね?」
「一言で言ってしまえばそうだね」
たぶん、バルトロスの判断が正しいのだろう。私が彼の婚約者であり続ける為に、アーダルベルトの死と私が結び付かない為に・・・本来ならアーダルベルトの立ち位置にいたのは私だった。あんな死闘が繰り広げられるわけではないにしろ、バルトロスの手で殺されるはずだったのは自分だったと思うとやはり恐怖で身が震えた。震える私を、バルトロスが抱き締めて大丈夫だよと耳元で囁いた。だけどそんな彼も少しだけ、ほんの少しだけ震えていて・・・
「よかった・・・クリスティーナが戻ってきて。取り戻す自信はあったのだけどね。少しだけ悪いことを考えてしまったこともあったんだ・・・クリスティーナの心が私からアーダルベルトに移ってしまったのではないかとか、この体を好きなようにされていたらとか・・・だから今凄く安心しているよ。こうやって私の目の前にクリスティーナがいるのだから」
「バルトロス様・・・本当に、助けに来てくださってありがとうございます」
いつものように優しい笑みを向けるバルトロスに私も同じように微笑み返すと次の瞬間、仄かに闇を纏った瞳が姿を現した。
「今回は私の責任でもあったから多くは言えないけれど、やはり君を自由にするとあまり良くないようだクリスティーナ」
「え?バルトロス様、なにを仰っていますの?」
流れるような動きで長い指を私の頬に滑らせると、そのまま首もとまでゆっくりと降ろしていった。
「君を外に出したばかりにこんなことになった。君が私以外に笑顔を振り撒くから、君が私以外にその愛らしい姿を晒すから、アーダルベルトのような男が現れるんだ。君も分かったろう?外は怖いことばかりだと、君に害をもたらす者ばかりだと。だから・・・」
シャラン、とどこかで聞いた音が耳に響く。そう、これはつい昨日までずっと身近にあったもの・・・恐ろしく重たく、恐ろしく冷たい・・・
「バルトロス、様・・・それ、は、嫌です」
「残念だけど君の意思は必要ないんだよ。これはもう決定事項だからね。君は永劫、この部屋からは出したりしない。どうしても必要な式典行事には隣に立ってもらうけど、それ以外はずっとここが君の世界だよクリスティーナ。これを着けた君が毎夜私を笑顔で迎え入れてくれる・・・それだけで私の心は平穏を保てる」
カチリとつけられたのは血のように真っ赤な首輪。小さな金の南京錠が動く度にカチカチと金属音を鳴らす。そしてそれに付随して作られただろう金の鎖は大きなベッドの脚に固定されていて私の力ではどうしても取り外すことはできないことを表していた。
「似合うよとても。君には赤が似合うと思っていたんだ。結婚式ではお揃いの指輪を用意するからね。どんなものが似合うだろうか。あまり派手なものよりも華奢だけど存在感のあるものにしよう。ふふっ、想像するだけで楽しくなってしまうな」
その笑顔は本当に楽しそうで、だけど私のこの状況から見れば素直に喜べない。バルトロスのことは確かに好きなのだけど。
「初夜も楽しみだ。ずっとずっと触れるだけで我慢していたから、クリスティーナが壊れないか心配だけど大丈夫。気持ちよすぎておかしくなるほどぐずぐずにしてあげる。いつかは子供も作らなければいけないけれど、子供にだって君を取られたくはないよ。子供は乳母に渡して、すぐに君を私だけのクリスティーナに戻してあげる」
心の狭い焼きもちやきな婚約者と思うべきか本気でヤンでる人なのか・・・ゲームとは少し違った彼にどう対応すべきかは迷うけれど、まあ私が私のまま幸せになるためには・・・
「バルトロス様?バルトロス様が私をここまで愛してくださるのはとても嬉しいですわ。だけど、こんなもので繋ぎ止めなくとも、私はバルトロス様だけのクリスティーナですわ。今は不安でこんな風にしたいだけでしょう。ですがいつか、私の愛を心から信用してくれた暁には、この首輪を外してくださいね?」
と、満面の笑みで言ってやった。きょとんとするバルトロスも可愛いと思う私は最早末期かもしれない。というか、こんな監禁発言を度々受けても彼を好きなのだから、私の感覚もとうの昔におかしくなっていたのだろう。
「今のところは外すつもりはないよ?」
「はい、ですからいつかと申しましたでしょう?」
それまでは足掻きながら貴方の偏った愛を私なりに受けとめ返してあげますわ。私が本気になったら、そう遠くない未来に仲良く太陽の下を歩いているはずよ。
そうと決まったらまずは好意を態度で表していきましょうか。貴方が戸惑ってしまうほどに、逆に疑ってしまうくらいに。私はバルトロスの頬を両手で包み込むと、初めて、自分から唇を寄せた。あまりの衝撃でバルトロスは溢れんばかりに眼が見開いていたけどこれくらいしないと伝わらないでしょう?
「クリス、ティーナ・・・?」
「私からの初めての口付けはお気に召しませんでした?」
私の言葉にぶんぶんと首を振る。それがとても未来の国王らしくなくてクスリと笑ってしまう。聞いたことがあるわ。ヤンデレは逆に想いを返されると戸惑うのだと。このままヤンデレを完全に消してしまうのも楽しいかもしれない。まあ、それは私の匙加減というものよね。
お返しと言わんばかりにちゅっちゅと口付けをしてくるバルトロスを受け入れながら、私は次の作戦を考えるのだった。
END
バルトロス編を最後まで読んでいただきありがとうございます。最終的にバルトロスはそこまで病むことはありませんでしたね。たぶん他のキャラクターもそこまで深い病みはないかと・・・まあゲーム通りに進むとしたら酷いことになるという。すべてはクリスティーナの攻略者に対する愛の度合いにより変わるのです!!(言い訳)