私が彼女を欲する理由
バルトロス目線で語ります。
私、バルトロス・オルス・ハーベントが、婚約者に出会ったのは忘れもしない、お茶会と称した花嫁探しの時だった。母は私に自分のように愛する人間を見つけて幸せになってもらいたいらしいが、当時の私はとても冷めていたと言える。両親に餓えることのない愛情を注がれて幸せでなかったとは言わない。それなりに充実していたし、未来の妻を探すよりも、王になるべく学んだり心身を鍛えることの方がずっと大事だと思っていただけだ。
その気持ちは集められた令嬢を目の当たりにしたら余計に強くなった。綺麗に着飾り子供らしからぬ化粧をし、王妃である母や私に色目を使う。綺麗に産まれたのは分かっている。あの父と母の遺伝子を受け継いでいるんだ。彼女たちがこの容姿と私の権力に惹かれるのも仕方がないことだ。だからこそ彼女たちを好きにはなれない。結局は彼女らは私という人間を見ていないのだから。
半ば強制されてこの場に留まってはいるものの、さすがに令嬢達のアピールに疲れた私は彼女らから逃げるように王家の薔薇園へやって来た。ここならば誰も入ってこられないから気を緩められる。そう思っていたその時、
「あら、私以外にも人がいたのね」
透き通るような声がして振り向けば、そこには妖精のごとき可憐な少女が立っていた。光の加減で青に変わる銀色の髪と碧の瞳があまりにも幻想的で言葉が喉に詰まり声が出ない。なにも話さない私の横を彼女が通り過ぎると、薔薇の香りに混じって彼女から発せられた優しい匂いが鼻を掠めた。
「貴方は誰?今日はお茶会だから女の子ばかりだと思っていたのだけど、そんなことはないのね。私はクリスティーナ・ミハエルよ。少し周りの子達に圧倒されて逃げてきちゃったの」
肩を竦めて笑う彼女。柔らかなその表情に思わず魅入ってしまう。こんな風に笑えるのは私のことを知らないからだ。私が王子だと知ってしまえば、きっと彼女もあの令嬢達と同様、私をバルトロスではなくこの国の王子としか見てくれなくなるだろう。このときの私は、それをとても哀しく感じた。それはきっと、出会ったときから彼女を・・・クリスティーナを好いていたからなのだろう。
「私は・・・バルトだ。君はミハエルと言ったな。ミハエル公爵家の御息女か」
「ええ」
国に5つしかない公爵家の1つ、ミハエルの姫か・・・確かあそこは先日当主が再婚したと聞いた。その相手にはすでに大きな男の子供もいると。このまま男子が産まれなければそこ連れ子が当主か・・・産まれれば連れ子は厄介な存在となる。なんとも複雑な家だな。
「君も大変だな」
「もしかして私の家の事情を知っているの?ならそう思っても仕方ないかもしれないけれど、私は大変だなんて思ってはいないわ。私は義理の母も義理の兄も好きだし、あの家を正しく導けるなら誰が継いでも構わないと思っているわ。それに私は嫁いで家を出てしまうんだから口出しをする立場でもないし」
驚いた。私と変わりないくらいの年齢なのにきちんと家の事も自分の立場も理解している。もし他の令嬢ならばこうはいくまい。血の繋がらない赤の他人を受け入れず拒絶し憎む。血が尊いと知っている者ほどその思想は高いといえる。最も貴重な公爵の令嬢がまさかこのように思っているなんて驚き以外表せなかった。
「バルトも・・・どこかの良いところの出でしょう?その服と話し方は貴族の証だもの」
「そうだね。ねえ、1つ聞きたいことがあるんだけど」
彼女ならば私の欲しい答えをくれる・・・そんな予感がした。
「私に答えられる範囲なら」
「好きでもない令嬢と婚約させられそうなんだ。私はまだ婚約者なんて欲しくないし、綺麗に着飾っただけの人形なんて侍らす気もない・・・だけど周りはそれを赦してくれない。私はどうすればいいと思う?」
彼女は暫く考えた後、薔薇の花を白く細い指で撫でながら口を開いた。
「確かに、好きでない人と婚約するのは嫌だけど、それは貴族として・・・私達が受け入れなければならないことよ。私達が縁を結ぶことで新しくなにかが生まれるならば、それはとても喜ばしいことよ」
正直、がっかりした。彼女ならばもっと違うことを言ってくれると期待していたのに、発せられた言葉はどこまでも貴族としての言葉であったから。すっと冷えた感情のまま彼女に接するにはまだ私は子供過ぎる。早々に退場しようとした時、彼女は再びその唇を開いたのだ。
「というのは建前で、好きではないならその人を好きになれるところを探すわね。人間、必ず何処かしら良いところはあるはずよ。それさえ見つければ、きっとその人と一緒にいたいと思えるようになるわ」
「好きになれるところを探す・・・」
私はそんなこと考えもしなかった。そんな発想の転換は出来なかった。たぶん俺だけではないはずだ。彼女だからこそその考えに至ったのだろう。
「それに、好きかどうかなんて一緒に過ごして会話してみないと分からないものよ?私もね、義理の母を最初は受け入れられないと思っていたけど、彼女を見て会話したらすっかり大好きになったわ。貴方も、拒んでばかりいないで歩み寄ってみたら?なにか違って見えるかもよ」
「そうだな・・・私は少し意固地になっていただけかもしれないな」
歩み寄るか・・・チラリと彼女を見ると、すでに視線は華やかな薔薇達に向けられていてそれが少し、いやかなり寂しかった。この時にはもう私の心は彼女に囚われていたのだろう。彼女が私の婚約者なら、私はずっと彼女だけを求め続けるだろう。歩み寄りというのも、彼女のためならいくらだってやってのける。最早私の中のは彼女以外を婚約者にするという選択肢は持ち得なかった。
「やっと見つけた・・・私だけのプリンセス」
「なにか言った?」
私の言葉は彼女には届いていなかったようだ。それならそれで構わない。
「いや?・・・そろそろ戻らなくては。では、また後でクリスティーナ」
「え?あ、はい・・・」
まだ彼女は知らない。私がこの国の王子だと、彼女も婚約者候補の一人だということを。
「初めましてミス・ミハエル、私はバルトロス・・・第一王子で貴女の婚約者です」
王子自らミハエル邸に訪れミハエル公の愛娘に愛を囁きに行ったことはすぐに知れ渡った。多くの令嬢達は悲嘆に暮れ、クリスティーナを狙う令息どももがっくりと肩を落としたそうだ。
「んぅ・・・」
あれから早7年、どんどん綺麗になるクリスティーナを近くで見ながら優越感とともに不安も生まれた。私という婚約者がいながらもどんどん無意識に男を虜にする私の妖精。彼女の義理の兄や幼馴染み、さらに聖騎士隊長の心まで掌握して、これでは安心して自由にしてはおけないね。
「結婚したら、大きな鳥籠を用意しようか・・・美しい君に相応しい豪華絢爛な、私だけが開けることの出来る堅牢な籠を・・・今からでは16の君の誕生日には間に合わないけれど、そうだな・・・ここに私達の子が出来るまでには完成させよう」
安心して眠る彼女の腹部を優しく何度も何度も撫でる。まだ見ぬ彼女の分身を愛でるように。
「愛しているよ私のクリスティーナ。君の全ては私だけのものだ・・・」
愛しい彼女にそう呟くと、私は眠る彼女の唇に優しく口づけした。
バルトロスはまずクリスティーナの容姿に一目惚れ、さらに彼女の内面に触れますます惚れてしまったというわけですね。そしてクリスティーナはこの頃まだ令嬢の喋り方ではなかったらしい。たぶんバルトロスの婚約者にならなかったらこの喋り方が常で社交の場だけはきちんと令嬢らしく話すという器用なことをやってのけたと思います。