2.僕はいつでも、何があっても斉藤さんの味方でいるよ
「先輩、手をつないでください」
…え。
「一人じゃ、無理なのか」
「無理です、だから手をつないでください」
なんなんだこのシュチュエーションは。
僕が不用意に交差点に突っ込んでしまったせいで、一人の女の子を交通事故寸前に追いやってしまった。
本来、僕は責められるべきだ。
もし神がこの世にいるとしたら、罰を受けて然るべき。
しかし現実は罰ではなく、その反対。
「先輩は名前何っていうんですか?」
「僕?三村弘樹」
「みむらひろき…ふつーの名前…」
「ふつーの名前で悪いな」
「君は?」
「わたしは、斎藤愛美」
「さいとうまなみ…そっちも大概ふつーじゃん」
何だか僕はドキドキしている。
世の中には吊り橋効果という有名な言葉がある。
男女が同時にドキドキする経験を味わえば、そのドキドキを恋愛のドキドキと勘違いし、恋に落ちるのがつり橋効果。
さっき僕と斉藤愛美は、一緒に交通事故に会いかけた、つまりは二人同時に生命の危機に瀕したわけだ。
その吊り橋効果はMAX。
吊り橋効果は、僕にも、そして斉藤愛美にも大きく働くいているに違いない。
でも、とにかくその時の僕には、彼女が相当、魅力的に見えたんだ。
二人、手をつないで歩く。
事故による興奮のためか、恋愛の興奮のせいか、何だかよく僕には分らないが話がとても弾む。
彼女は手をつなぐどころか、体も僕のほうに寄せてくる。
目が見えにくいまま歩くのはやはり大変なことなのだろう。
僕の心臓の鼓動は、必然的に加速する。
「斉藤さん?」
「なんですか先輩?」
「斎藤さんって、僕の顔、どんな顔かわかってる?」
「いや、わかるわけないですよ~だって眼鏡なしじゃ全然見えないもん」
「僕がさあ、もし学校一の不細工な男だったらどうする?」
「え~先輩って学校一不細工なんですか?」
「例えばだよ、もしもの話」
「いや、でも、わたし、ほんとうに一人で歩けないんです」
「弱視が本当にひどくて…ここ最近、眼鏡をかけてても時々急に視界がぼやけるんです。どんどん私の眼、悪くなってる。ましでは眼鏡なしでは全くダメ。…たとえ先輩が不細工でも、手をつないで歩かざるを得ないんです」
…僕は、彼女の色々なことがだんだん心配になってきた。
「そんな眼で、学校生活、困ってないのか?斉藤さん、一年生で、山高に入学したばかりだろう?いろいろ大変な思いをしているんじゃないのか?」
彼女は一年生、入学したばかりだ。彼女の制服の胸についている校章の色を見ればわかる。
彼女の校章は赤色。
しかし、それだけ目が悪いということは、僕の想像できない様々な苦労があるはずだ。
「…」
それまで饒舌に喋っていた、彼女の口が急に止まった。
沈黙。
「…どうした?やっぱり目が見えないことで何かいやな目にでもあっているのか?」
彼女は言葉なくうつむいている。
「授業とか大丈夫か、ちゃんと一番前の席にしてもらってるか?山高は進学校だから、ちゃんとノートとっておかないと中間テストは大変だぞ?」
「…」
「斎藤さん?」
「…」
「辛いことがあるなら、僕に喋ってよ。これもさっきの償い。何でも聞くよ。僕はいつでも、何があっても、斉藤さんの味方でいるよ。いや、斉藤さんの味方にならなきゃいけないんだ」
「…先輩、わたしの愚痴を…聞いてくれますか?」