1.出会いは偶然、突然に
僕と彼女が、出会ったのは、偶然としか言いようがなかったんだ。
あの日、目覚まし時計の電池が切れていた。
いつもの時間に鳴らない目覚まし時計。
寝坊する僕。
もし目覚まし時計の電池が切れていなければ、幸か不幸か…僕と彼女が出会う機会は、なかっただろう。
そして、こんなに心抉られる切ない恋をすることもなかっただろう…
僕はその日、寝坊をした。
部活の朝練に遅刻しそうで、いつもよりスピードを出して自転車を漕いでいた。
信号のない交差点。
いつも僕は注意深く、減速して交差点に進入する。
ただその日は、急いでスピードを落さず、交差点に進入した。
すると、突然、視界の目の前にすっと徒歩の小柄な女子が現れた。
彼女はこちらに気づいていない。
僕は急ブレーキをかけたが、もう遅かった…
「きゃあっ!」
彼女は悲鳴を上げ、横断歩道の車道側へと倒れこんだ。
同時に彼女のつけていた眼鏡が吹っ飛んだ。
さらに彼女の倒れこんだ車道に大型の車が近づいていた!
危ない!
僕は自転車を放り出し、彼女を助けようと車道に出た。
自動車のスピードは早く、彼女を助けるタイミングとしては、間に合わない!
自動車がブレーキを早くかけてくれなければ自分も引かれる!
…それは、間一髪だった。
大型の自動車は大きなクラクションとともに、急ブレーキをかけた。
車道に倒れていた彼女と、その肩をつかんで歩道に引き戻そうとする僕と、急ブレーキをかけて止まった車の間の間隔は30cmほど。
車は何とか停止した。
車の運転手が下りてきた。
中年の男性だ。
顔を真っ赤にして、こちらに近づいてくる。
「ふざけんな、お前ら!」
「もし俺がブレーキ踏むの少しでも遅かったら、お前ら二人とも死んでたんだぞ!」
「いきなり人が車道に飛び出してきて、そんなの避けられるかっ!気を付けろ!」
「二人とも山見高校の生徒だな、クレームの電話を入れてやる!」
「お宅の高校は交通指導をちゃんとやってんのか!ってな!」
そう言い残すと、車の運転席に戻り、去って言った。
…僕はあまりの動揺に震えていた。
この事故寸前の状況は完全に僕の不注意がもたらしたもの。
「…ありがとう」
僕は予想もしない彼女の言葉にはっとする。
「…ありがとうなんてやめてくれ、僕のせいで、君は事故に…」
僕がもし車にひかれていても、それは自業自得だ。
でも、彼女は僕のせいで車に引かれる寸前までいったんだ。
だから、この言葉は本心だ。
「いえ、先輩が私を助けようとしていなければ、私が車道に倒れていたことに気づかれず、そのまま車に引かれていたことでしょう」
「それに、結果的ですがわたし自身は無傷です」
確かにそれもまた事実。
でも…
「いや、そもそも君が車道に倒れたのは完全に僕の責任だ。メールアドレスを教えてくれ。後で何でも償いはする。君の両親のところにだって謝りに行くつもりだ。」
それが僕の本心。
でも彼女は…
「先輩、「後で」じゃなくて「今」償ってくださいっ!」
え?今?
「どういうこと?どこか…怪我したか?それなら救急車を…」
彼女は右手で自分の目を指さし、そのあとに彼女の左手に持っていた眼鏡を指さした。
…眼鏡のレンズが割れている。
僕とぶつかったときに眼鏡が吹っ飛んだせいだ。
「わたし、見えないんです」
「弱視なんです」
「眼鏡がないと、歩けないレベルに周りが見えないんです」
「先輩、責任取ってださい。わたしを学校までつれて行ってください、一緒に」