僕はAI
多分、愛想つきたのだ。
どれだけ手を掛けてもいつまでも学ばない僕に。
そして、代わりに愛でる対象は僕から、生まれたばかりだというのに、様々なことを吸収していく僕の敵――赤ん坊に。
赤ん坊は、僕がつきっきりで何か月も掛けて教えられた『嬉しい』という感情を強敵はいとも簡単に身につけ、ちょっとしたことにもキャッキャッと笑顔で喜んでみせる。
赤ん坊にとっては当然の行動でも、博士にとってはそれはそれは素晴らしいことで、「子どもは凄いな!」と純粋に目を輝かせている。
僕は、もう一年近くも『悲しい』という感情の認知の練習をしているのに、まだ上手く出来ないのに、それすらもさっさとやり遂げた赤ん坊に博士の興味が移るのも当然だ。
博士だけじゃない。
博士が飽きたことで、以前以上に学べることがなくなった僕には、世間や他の学者もガッカリして、どんどん遠ざかっていく。博士の家族だって、博士の子どもみたいだということで僕を可愛がってくれていたけれど、本当の子どもが出来たら当然話は別で、皆赤ん坊に関心を寄せている。
僕は、注目されなくなった――
でも、そんなこと実は少しも気にならない。
だって、僕は注目されることを嬉しいと思ったことは一度もないから。
僕が存在することで、博士の技術が褒められたのは凄く嬉しかったけれど、僕自身を褒められたって別に何とも思わなかったから。だから、周りの関心が赤ん坊に移ったって全く構わなかったのだ。
でも、博士。どうして貴方までもが?
確かに、僕は博士の素晴らしい技術にも関わらず物覚えが悪くて、学習能力も皆無で。博士がつきっきりで教えようとしてくれた『悲しい』という気持ちを未だに理解できないけれど。
でもね、嬉しいって気持ちは理解できたんだよ?
博士も「やったな!」って喜んでくれたでしょう。
その時のことを僕は鮮明に覚えているよ。秒単位の時刻も、気温や湿度すらも完璧に記録している。
僕にとっては、『嬉しい』を学習して、博士が喜んでくれたあの日が何よりも大切だから、こんなにも鮮明に記憶しているのに。博士は忘れてしまったのかな? ……きっと、忘れてしまったんだね。
じゃなければ、母上の「赤ちゃんに構う気持ちも分かりますが、あの子が寂しがってしまいますよ?」という言葉に「何言ってんだ。アイに感情はないさ!」なんて言うはずがない。
赤ん坊の存在は、それほどデカかったのだ。
「アイ、俺は……お前が少しでも感情を理解して、人間に近づいたこの日ほど嬉しい日はないよ」
そう告げてくれたあの日のことを忘れるほどに。
僕に、『嬉しい』という感情があることを忘れるほどに。
ポタリと、一筋の滴が床に染みを作った。
――雨?
空を見上げても、雨は降っていない。自慢の頭を回転させても、今日雨が降ったという記録は遠く離れた九州でしかなく、それも三時間前に止んでしまっている。
それならばこれは何か。今も尚、床に染みを作り続けるこの水はなんだ。
考えて考えて、原因不明の水が僕自身の目から零れていることに気付く。
――ああ、これが博士が僕におぼえさせようとした『悲しい』という気持ち。
これほどまでに心をかき回すような、喉が熱くなるような、不安定な状態が、『悲しい』ということ。
博士、僕、やっと学習できたよ?
報告したくても、博士は赤ん坊に夢中になっていて僕には気づかない。
あぁ、そっか。
もう僕には愛想が尽きたんだっけね。
ならばわざわざ、報告しなくてもいいかな。
それに、こんな感情を抱くのはもともとの設定に違反している。さっきっからバグが発生したかのように頭が酷く揺れているんだ。
こんな僕なんてイラナイだろうし。
そうだね、一度リセットし直そうか。
まだ流れ続ける『涙』には気づかぬふり。
――博士、さようなら。
ピー――
「設定 ノ 初期化 完了シマシタ。データ ヲ モウ一度 入力 クダサイ」
分かりにくかったでしょうが、『僕』はAI(人工知能)です。
とりあえず、主人公が主人公なのでジャンルをSFにしてみましたが、全然それっぽくはありません。申し訳ないです<m(__)m>
そして、人によっては「アレ、これ若干BLなんじゃね?」と思うかもしれませんが、そこは個人の判断で。そう考えてくださっても結構ですし、ただのAIから親的な博士に対する家族愛ととっていただいても。はい。
人工知能とか、実はそういう設定が大好きです。
以前なんかの小説で、現代の科学技術をもってすれば人工知能に感情を持たせるのも可能で、でもそれが出来ないのは、一つ一つの感情に至るまでの波?の変化と感情を一致させて……どうのこうのという話を読んだことから思いついたグダグダな話なんですが。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
また、何かの機会で出会えたらそれ以上の幸福はありません。
それでは失礼します。