竹中半兵衛が現代に来た時の自分の扱いに対する反応
私の名前は竹中重治。
みなさんは『半兵衛』の方で覚えているかもしれない。
引きこもりが立てこもった城を攻略中に、若くして死んだ私。
でも、立てた功績と才能は誰にも負けないものだと思っている。
ここだけの話、知略で言うなら官兵衛さんよりも頭ひとつ飛び抜けてると自負しているんだ。
それはさておき。
なんか今日、釈迦さまに暇つぶしでやってた中将棋で勝ったんだけどね。
私の軍略が気に入ったらしくて、褒美に『一日外界降臨券』というものをもらったんだ。
結構太っ腹らしい、あの方は。
それで、まあこう言っては何だけど、私って功績を数多く遺した天才武将なんだ。
後世でどんな伝えられ方をしているかが気になっててね。
「それで、受肉した時付近を歩いていた俺を適当に捕まえて、こうして部屋に居座ってるわけか」
「話が早くて助かります」
眼の前にいる青年は、この時代におけるいたって普通の一般人。
そしてここは、青年が一人暮らしをしている『まんしょん』という所らしい。
多分アレかな。平積み長屋をたくさん積み重ねたものなんだろうね。
この青年、初めは私が竹中半兵衛であることを信じてくれなかった。
しかし、青年が部屋に置いている兵法書を原文のまま暗唱し、ついでに隣にある民俗学の本を5分で丸暗記したら、信じてくれるようになった。
どういう基準で信頼してくれたのかは分からないけど。
眼の前に座る青年は、私の顔を見ておずおずと奥手のような態度をとる。
うーん、警戒されてるんだろうか。
「もしかして、迷惑だったでしょうか……?」
「いや、そんなことはない。だけど、竹中半兵衛がまさか女だったとはな」
「……え? いや、これは違います。
たまたま釈迦さまに貸してもらった肉体が女性のものなだけで、中身はれっきとした男なんです。
というより、女扱いされるとトラウマが蘇るから控えて欲しかったり……」
「ああ、すまん」
まったく、生前も何度女性と間違われたことやら。
それに、変な兵士に小水を掛けられるなんていう嫌がらせも受けたこともあるし。
あー……斎藤家にいた時のことを思い出すと鬱になりそうだ。やめよう。
「それで、あなたは少なからず歴史の知識があるみたいですけど。
私の『いめぇじ』はこの世界ではどうなっているのでしょうか」
「んー、病気がちで夭折した天才軍師、ってとこか?」
「おぉー、的を射てます。そう思ってくれてるなんて感激です」
「いや、褒めるんなら古文書を解読したおっさん連中にしたほうがいいと思うけど」
「いいんです。私はですね、実は若者から好かれるような人生を歩みたかったんですよ」
「そりゃまた何で」
「早くして死んじゃったからかな。若者のことは若者が一番理解してくれるかなって」
私が鼻高々に遊説すると、青年はなんだか苦そうな表情を浮かべた。
これは策士として見逃せない表情だ。間違いなく嘘をついてる挙動だよ。
「うん? なにか言い難いことでも?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。
若者にあんたの理想像を思い描かせることは至難の業だろうなって」
「そうかな。ちゃんと列伝は伝わってるように思うんですけど」
「列伝以降に発生したムーブメントの波で、事実が歪められることもあるんだよ。
まあ、言うより見せたほうが早いかな」
そう言って、青年は硬質な箱のような物体に近づく。
そして、何やら機械仕掛のカラクリを起動させた。
すると、窓のような平面が光り出した。
「こ、これはあんべりばぶる」
「アンビリーバボーな。んでもってこれはパソコン。
世界の最先端を知ることができる……まあ諜報機械みたいなもんだよ」
「……ぱそこん。未来には珍しいものがいっぱいあるんですね」
なるほど、青年の話だと、この機械によって世界中の情報を集めることができるみたいだ。
乱波透波をあちこちに放って情報収集をしていた昔とは違うんだな。ちょっと感動。
「……えーっと、ゴーグル先生の画像検索で『竹中半兵衛』と」
「何をしているのですか?」
「あんたの名前を打ち込んで、『竹中半兵衛』の姿を書いた画像を検索してる」
「ほほぉ……未来の神秘」
私が食い入るように画面を見ていると、青年がいきなり頬を染めた。
何事かと思って周りを見渡すと、どうやら私は青年の腕を抱きながら前につんのめっていたらしい。
ぱそこんなるものを見たいがため行動だったのだけど。
胸を押し付けた形になった瞬間から急によそよそしくなった。怒らせてしまったのかな。
「はいよ、これが世間一般におけるあんたのイメージ」
「……こ、これが私の」
――まず一枚目。
顔にてふてふの仮面をつけたちょっと妖しい青年が、見たこともない武器を振るっている。
とりあえず、私はこんな仮面を付ける趣味はないし、こんな武器を鍛冶師からも南蛮商人からも買った覚えはない。
その上、私が個人的に気に入っている鮮やかな黒髪が、謎の銀色になってしまっている。
なんだろう。この胸からこみ上げてくる怒りは。
しかも、この人物が二枚目三枚目と出てくるから余計増長するんだ。
どう見ても、頭のおかしい変人さんにしか見えない。
「……これが、本当に私の持たれている印象……なのですか」
「泣くな」
無意識の内に、目から涙がこぼれ落ちていた。
少しでも男らしく見せるため、甲冑を無骨にし、表情を引き締めていた私は何だったんだろう。
そんな人生を歩んできた私のいめぇじが、これですか。
もはや『末路』や『成れの果て』といった言葉しか浮かんでこない。
「これが四枚目。これはどうだ?」
それは先程とは違って絵画ではなく、実際に置いてあると思われる像の姿だった。
「さっきよりは似てるでしょうか。もう少し私のほうが線が細かったかもしれないですけど」
でも、このくらい凛々しく作ってくれたのはありがたい。
ぜひとも私の子孫から金一封を送りたいくらいだ。
「でも、そのあとはまたさっきの変態仮面なのですね……」
「お、おお。そんなこともあるさ」
しょげていても仕方がない。
探していけば、これ以上の私にぴったり『竹中半兵衛』が出てくるはず。
希望とともにその平面を見つめる。
青年がある画像を選択すると、平面一面にとある絵画が映しだされた。
しかし、その瞬間「やべ」と青年がつぶやいて次の画像を表示させてしまった。
その画像は私を描いたと思われる古風の絵で、私好みのものだった。
でも、その前に表示されたものは何だ?
なんか認めたくない現実が、目の前に到来してきたような気がするんだけど。
「さっきのをもう一回お願いします」
「ん? ……止めたほうがいいぞ」
「後世の人々が、私にどういう印象を抱いているか気になるんです。お願いします」
「いいけど、後悔するなよ」
そう言って表示したのは、なんともかわいい女の子だった。
銀色の髪に、線の細そうな体。
守ってあげたくなる小動物アウラをまとわせて、手を胸の前でもじもじさせている。
「…………」
「ま、まあいいじゃん。こんな可愛い女の子なんだからさ。
俺的にはワイルドな犬千代ちゃんの方が好きだけど。式神使ってるお前も可愛いって」
「……う、うわぁあああああああん」
「お、おい! 女の声で、しかも俺の部屋で泣くな!
このマンションに住めなくなる。社会の眼が厳しくなるからやめろ!」
「……うぅ、女性扱いされるのが一番イヤなのに。
何でみんな私を女の子として扱おうとするんだー……」
もう、嫌になってきた。
私の友人にも思考が超越した人が何人かいたけど、ここまで露骨に女性扱いする人なんていなかったよ。
それも、この弱々し気なところだけが本当の私に似てるし。
似てほしくない所はさんざん誇張されて、似て欲しい所は全部無視されてしまっている。
私がなにか悪いことをしたんだろうか。
三木城という志半ばな時点で死んだのがいけなかったのだろうか。
天下統一まで秀吉様のそばにいることができていれば、後世の人は私を男として扱ってくれたんだろうか。
「……いや、考えがところどころ口に漏れてるから言わせてもらうけど。
多分功績は関係なしに女性化はされてたと思うぜ」
「そう……なのですか?」
「ああ、最近はそういうのが流行ってるんだよ。
あの柴田勝家でさえ作品によっては幼女だったり巨乳少女だったりするんだぜ?
むしろお前が女性化されたのは当然といえる」
「……そうなのですか。仕方がないことなのですね」
「そ、仕方ないの」
なるほど。思わないことはなくもない。
でも、後世の人々が、どのような形であれ私のことを知ってくれるというのは、嬉しいことなのかもしれない。
重門なんてものすごい空気だったし。
私の涙が収まったのを見て、青年は自分の趣味を探すとでも言わんばかりに閲覧を続けた。
例の女の子の次の画像は、何度見ても誇りたくなる自画像だった。
誰が書いてくれたのかは知らないけど、これは嬉しい。
そして、青年の手が次の画像を選択する。
その瞬間、青年が「超やべ」と口ずさみ、ぱそこんごと閉じてしまった。
今、なんだかものすごく怒っていい画像が出てきたような気がする。
「今の……抱き枕のやつって」
「抱き枕? 何を言う、寝言は寝てからだ。
きっと現世に慣れていないせいで錯覚が見えたんだろう」
「でも今、『……いぢめないで』的な文章が見えた気がするんですけど。
それも、結構耽美的な感じで」
「勘弁して下さいよ。天下の竹中半兵衛さんが白昼夢なんて。
率いる歩兵部隊が全滅しちゃうって。もっと気をしっかり保って」
「……うん」
錯覚だったのかな。確かに見えた気がするんだけど。
とはいえ、夢というのなら夢なんだろう。
ここは青年の言うことを信じることにしよう。
「さて、ライトノベルの続きでも読むか」
「おお、織田信なg……誰ですかそれ」
「いや、面白いよこれ。アニメ化決まったらしいし」
青年が読んでいるものは、私の興味を引くものだった。
秀吉様の大殿の名前らしき人物を中心に描かれる活劇のようで、私の知っている武将はみんな女性になっていた。
あの柴田勝家さんが胸の大きい活発少女になっているというのは、なんだか笑える。
「ところで、その小説は色んな武将さんが出てくるんですよね」
「そうだな。誰もが知っている大狸から、あんまり一般人が知らない変態天才医師までを網羅してるぞ」
「それじゃあ、私の殿のご活躍を見せてください!」
「……ぇ」
その瞬間、青年の表情が硬直した。
なんだろう、言ってはいけない事を言っちゃったのかな。
秀吉様の勇姿をその小説なるものでも拝みたいんだけど。
「お前の殿ってことは。木下藤吉郎?」
「それは殿が農民時代の名前です。
しっかり『羽柴筑前守秀吉』という立派なご尊名を持っていたんですよ」
「……言えねえ」
「え? イエネエ? それも未来の言葉ですか」
「違う。悪いけど、お前の殿様が載ってる巻は友人に貸してるんだ。悪かったな」
そうか、今はないのか。それなら仕方がない。
殿はきっとどのような編者が纏めても格好いいに違いない。
戦場を知略でかき回し、類まれなる魅力で人々の心をたらしこむ。
少なくとも、桶狭間の戦い以前で死ぬなんてことは、絶対にないと思う。
だって殿だもの。
「……さて、俺は出かけるけど」
「えー、案内役が居なかったら動きようがありませんよ」
「俺がこれから行く店は、多分お前が見たら発狂すると思う」
「こ、怖い店なんですか?」
「ああ、怖いな。その面白いライトノベルの『九巻』が今日発売なんだ。
恐ろしすぎてお前は連れていけねえ」
「でしたら、もう帰りますかね。知りたいことはあらかた知れましたし」
正直言って、私の印象がこんな形になってるとは思わなかった。
あんまり屈折されると心が折れそうだけど、少しくらいなら大丈夫かな。
女性化よりひどいことをされなければ、耐えられそうな気がする。
「それじゃあ、アディオス」
「ちょっと待ってください。名前を覚えてから天上に帰りたいです。
名前を伺ってもいいですか?」
「んー、名前ね」
何故か言いよどむようにして、青年は靴を履き始める。
それも私が知っているものとは違うもので、ビリリという音とともに繊維が絡み付いて固定する靴らしい。
そして、それを履き終わった青年は扉を開け、私の方を向く。
「竹中宗太郎だよ。それじゃあ安らかにな、先祖様」
その言葉とともに、扉は閉められた。
なんだ、意外と近くにいるものなんだな。
重門一人しか子供がいなかったから、不安になってたんだけど。
これなら安泰だ。
――いざ天上へ帰る時。
その瞬間、視界の端にぱそこんが映った。
どうやら宗太郎がらいとのべるの『九巻』の情報を調べるために、もう一回起動させていたようだ。
そして、先程の画像一覧画面が出ていて、その中にさっき目の錯覚だと言われたものが、そこにあった。
『私』であるはずの銀髪の少女が、薄着であられもない姿になっている。
そして、抱き枕と銘打たれたその生地には、やはり『……いぢめないでください』のような文字が踊っていた。
――やっぱりこれが、私の人生に対する後世の評価なのかな。
若い人は、これが私を象徴したものだと思っちゃうのかな。
そう考えると、急に涙が溢れてきた。
天へと誘われる光に包まれながら、無意識に私は大絶叫をあげていた。
「死んだ後くらい、いぢめないでくださぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
そして、私は天上へ帰った。
今度釈迦様に中将棋で勝つことがあれば、もう一回この世界に来よう。
次に来たら、竹中半兵衛のいめぇじあっぷきゃんぺぇん計画を発動するのだ。
あのらいとのべるにおける、秀吉様の勇姿も見てみたいし。
それまで、精々首を長くして待っていてくださいね! 宗太郎さん!