第九話
涙が石畳の上にポタリと落ちたとき、サムの心の中に柔らかな声が響いてきた。
(君の絵は上手いけどね。僕とカラス君は、もう少し男前じゃないかい?)
「ダリル!」
サムは身を起こし、ダリルの姿を探し辺りを見回した。そこにダリルの姿はなかったが、少年達の恐怖に満ちた顔があった。見ると、サムの描いたダリルの絵が石畳を離れてむくむくと起きあがり宙に浮かんでいた。白いチョークで塗りつぶされたため、体は白い線でくしゃくしゃになっている。白い線で描かれた奇妙な絵の生き物が、ふわふわと浮かんで少年達の回りを飛んでいた。
「な、なんだこれ!」
「お、お化け?!」
肩にだらんとのっかかった カラスが「ガァッ!」と不気味に 鳴いた。少年達は悲鳴を上げると、一目散に走った。不気味な絵の生き物は、ふわふわ揺れながら 彼らの後を追う。しばらく彼らを追いかけ回した後、ふわふわと舞い戻って来て石畳の元の場所におさまった。
サムは目を丸くし、その場に立ちつくしたままその様子を見守っていた。と、その肩に背後から手が乗せられた。見上げるとカラスを連れたダリルが立っていた。
(やれやれ、美青年がだいなしだね)
ダリルはサムの描いた絵に目を落とす。肩のカラスもカァと鳴いた。
(今度はもっともっと格好良く描くよ!)
サムは涙を拭くと、笑顔を見せた。
(フンフン、ならこの絵は消しておこうか)
ダリルがパチンと指をならすと、石畳の上の絵はたちまち消えていった。
(ダリル、すごいや!どうやって消したの?!)
(ほんのちょっとした魔…)
ダリルは軽く咳払いした。
(このことはエリーには内緒だよ)
(なんで?)
(う〜ん…男同士の秘密にしておこう)
ダリルはサムにウィンクしてみせた。
(分かった。僕とダリルの秘密だね!)
サムも笑ってウィンクを返した。
「そうそう、エリーの機嫌を損ねると宿屋の料理がどんどんまずくなっていくんだよ」
「…?」
最後の言葉はサムに分からなかったが、サムは心から嬉しかった。今やダリルはサムのヒーローのような存在だ。