第七話
『魔法は不吉なもの、魔法使いは悪者 』何度も何度も自分の胸に言い聞かせても、エリーの心にはそれを上回る魔法に対する憧れにも似た気持ちが沸き上がってくる。魔法のことを否定すればするほど、魔法への興味が募ってくるのだった。
ダリルは全てお見通し、彼の心の目はエリーの気持ちをみんな知っていた。ダリルの魔法の本は、まだ開いていなかった。読んでみたい気持ちとそれを恐れる気持ちが、葛藤している。魔法使いだということがばれたら死刑になるのに、ダリルは何故あんなに落ち着いているんだろう?ダリルの呑気なくらいお気楽な様子が、エリーには理解出来なかった。
夕暮れになり、「旅の宿」は今日も旅人達で賑わい始めていた。店の中はお客達の陽気な笑い声や話し声で沸き上がっている。ダリルは今夜もカラスと共に、店の片隅のテーブルについていた。エリーは彼の姿を見つけると、そっとテーブルに近づいて行った。
「温かいミルクを二つ。料理は適当に任せるよ。味はまあまあだったな」
「分かりました…」
上目遣いにエリーを見上げたダリルの前に、エリーは魔法の本を差し出した。
「まだ返さなくていいよ」
そのまま立ち去ろうとしたエリーにダリルは言った。
「しばらくこの国にとどまるつもりだ」
「私には必要ないわ。…それにあなたはここを出て行かなきゃ…」
エリーは回りを気にして小声で言った。
「明日にでも出ていって」
「惜しいなぁ、君には魔法使いの素質があると思うんだが…」
エリーは『魔法』という言葉を聞いてドキリとした。
「魔法なんてことを言わないでよ」
ダリルの耳に顔を近づけて囁く。 と、ダリルの甘い声が胸に響いた。
(そんなことしなくてもいいさ。心の声で聞けばいい。まあ、君が僕に近づきたいというのならいいけれどね)
透き通った緑色の目が、エリーの間近で笑った。エリーは慌てて顔を離した。顔がぱあっと赤くなる。
「…とにかく、この本は返します!」
エリーはくるりと後ろを向くと、ダリルのテーブルを離れていった。後ろからダリルの笑い声が小さく聞こえた。
(何よ、全く!いつもにやけた顔して、魔法使いのくせに威厳ってものが全然ないんだから!)
「姉ちゃん、注文頼むよ!」
既にほろ酔い気分のお客が近くで手を挙げた。
「お待ち下さい!後で伺います!」
エリーはキッと客を睨んでそう言うと、スタスタと厨房に向かった。酔っぱらった客達がヒューッと口笛を鳴らした。
「相変わらず恐い姉ちゃんだな」
「愛想良くしねぇと可愛くないぜ!」
「まあ、気の強い女も俺は好みだけどよ」
客達の笑い声が店内に響く。
(もう!私の回りにはろくな男がいないんだから。男なんか大嫌い!)
エリーの怒りはピークに達する。
「ホットミルク二つと適当に料理を作って、安い肉と古い野菜で構わないから!」
エリーは厨房に向かって叫んだ。