第二話
皆が寝静まった後、エリーはある部屋のドアをそっとノックした。しばらく待ったが何の反応もない。エリーは用意していた合い鍵を使って、静かにドアを開いた。
真っ暗な室内。耳をすませると、規則正しい安らかな寝息が聞こえる。エリーは足音を立てないようにして、旅人の休んでいるベッドに近づいて行った。暗闇に目が慣れてくると、窓辺の椅子の背にカラスがとまって眠っているのが見えた。
エリーは、ベッドで寝ている 若者の顔を覗き込んだ。
「あっ!…」
突然若者が身を起こすと、エリーの腕をつかんだ。
「お嬢さん、レディが真夜中に男の部屋に忍び込むとは、どういうつもりだね?」
若者はつかんだエリーの腕を引き寄せた。
「…!放してよ!」
エリーはもう一方の手で、若者の頬を思い切りぶった。パチン!という大きな音に、眠っていたカラスが飛び起きてカアカア鳴いた。若者はエリーの腕を放し、エリーは後に引いた。
「いたた…すごい力だね」
若者はエリーに叩かれた頬をさする。
「ごめんなさい…いきなり腕をつかむから…」
(…でも、勝手に忍び込んだのは私よね)
エリーは、すまなさそうに 若者を見つめた。
「…それで?夜這いでも、盗みでもないなら、忍び込んだ理由は何かな?」
「それは…これよ!」
エリーは胸元に忍ばせていた小さな本を、若者の目の前につきだした。
「これ、あなたが忘れていた本ね?」
「あぁ、確かに僕の本だね。ま、たいした本じゃないよ。その本の中身は全部ここに詰まっているから」
若者はにっと笑って、頭を指さした。
「じ、じゃあ、あなたこの本の内容は全部分かるって言うの!?」
エリーは驚きのあまり、言葉を詰まらせた。
「て、言うことは、あなたは…あなたは…」
「魔法使いダリルさ」
涼しげな顔でダリルという魔法使いは答える。
「そんな…魔法使いだなんて!あなた、この国では魔法を禁止されていることを知らないの?もし、魔法使いだって分かったら…」
「死刑らしいね」
「そんなに簡単に言わないでよ!…」
「心配してくれるのかい?嬉しいね」
「明日の朝、すぐにここを出ていった方がいいわ」
「心配いらないよ。僕は偉大な魔法使いダリルだからね」
「……」
全く気にしていないダリルに、エリーはあきれた。
「偉大な魔法使いは、自分のことをそう言わないわ」
「そう?君は魔法使いのことに詳しいのかい?」
エリーはドキッとして、手に持った本を強くつかんだ。
「…とにかく、ここは早く出て行って。魔法使いをかくまえば罪になるんだから」
エリーは本を手にしたまま、足早に部屋を出ていった。
「返すの忘れちゃった…」
自分の部屋に戻ったエリーは、ダリルの魔法の本に気付いた。部屋の奥のベッドでは、弟のサムが安らかに眠っていた。そっと近寄りサムのあどけない寝顔を見つめる。
(あの時魔法が使えていたら…)
五年前、平和なこの国に伝染病が流行した。病はエリーの両親の命を奪い、サムの聴力を奪った。国の4分の1の人の命が奪われた。
サムが寝返りをうち、毛布がめくれた。エリーはそっと毛布をかけ直す。
(いつかサムと一緒にこの国を出ていくわ。私も魔法の勉強がしたい…)
エリーは魔法の本を抱きしめる。魔法使いになること、それは誰にも言えないエリーの夢だった。