第十六話
その日の夜遅く。エリーはダリルに貰った「魔法の杖」と「魔法の本」を抱えて、ダリルの部屋の前に立っていた。ためらいがちにドアをノックする。さっきまで「魔法の本」を読んでいたが、どうも上手くいかなかった。もう一度ノックしようとした時、ドアがすっと内側に開いた。
「ノックするのは初めてだね」
奥からダリルの声がした。
「入ってもいい?…」
「ドアは開いてるよ」
エリーが室内に入ると、ダリルはベッドに横になっていた。ダリルが軽く指を振ると、ドアがパタンと閉まった。
「魔法の勉強が上手くいかないんだろう?立ってないでこっちにおいでよ」
「…一応あなたは男で私は女だから」
ダリルはククッと笑うと、ベッドから身を起こした。
「裸で寝ていたわけでもあるまいし。今までそんなこと意識してなどなかったろう?それとも僕のことが気になり始めたのかな?」
「違うわ」
エリーはつかつかと歩み寄ると、ベッド脇のテーブルに魔法の本と杖を置いた。
「一人では無理みたい…魔法の勉強なんて出来ないわ」
「フ〜ン、それでダリル先生に教わろうとしたんだね」
「あいにく、他に魔法使いの知り合いがいないから」
エリーは口をとがらせる。
「弟子はとらない主義だけどね。修行には長い年月がかかるんだが、君は僕をずっと引き留めておくつもりかい?」
「それは……でも、あなたが長い年月をかけた修行をしているようには見えないんですけど。あなたの魔法って手品師と変わりないんだもの」
エリーは腕組みしてダリルを見下ろす。
「……」
ダリルがまた何か言い返すだろうと予想したエリーだが、彼は何も言わなかった。そして魔法の本をそっと手に取った。
「…あの、あなたがまだ若いからっていう意味よ」
ダリルはフッと笑った。
「年など関係ないさ。有能な子供の魔法使いもいれば、年を取っているだけの無能な魔法使いもいる。もちろん長い年月をかけた修行の方が、それだけ優れた魔法が修得出来るがね」
「私は…私が習いたい魔法は「治癒」の魔法よ。あなたが私の傷を治したみたいに、病気や怪我が治せる魔法を知りたいの」
「治癒魔法は、それ程難しくはないよ。魔法使いじゃなくとも、治癒能力のある人はいるからね」
「じゃあ私にも出来るかしら?」
エリーの顔が明るくなる。
「サムの耳を聞こえるようにすることも出来る?」
「それは難しいな…魔法でも全ての病気を治すことは出来ない。だが、サムの耳は治らなくても、君は心でサムの声を聞くことが出来るようになるさ」
「あなたがやってるみたいにね。でも、人の心を読むのは恐い気がするわ」
「まぁね。時には聞きたくない声も聞こえてくる。そういう声は聞かないようにすることも出来る…」 ダリルは突然口をつぐむ。
「どうしたの?」
ダリルはシっと口に指をあてて耳をすませた。
「誰かが来る…」