第十五話
翌朝。まだ開いていない店の椅子に座って、サムは熱心に絵を描いていた。モデルはカラス。カラスは椅子の背に止まって、じっとサムを見つめている。モデルになるのが、まんざらでもなさそうだ。エリーはそんなサムの姿を見つけて、近づいてきた。手には緑色の煎じ薬の入った籠を抱えている。
「市場に行く?帰りにリリィの家に寄るわ」
エリーはサムを振り向かせて、そう告げる。サムは少し迷った表情を見せる。
「リリィにあいたいけど…いまカラスくんをかいてるから、きょうはやめる。あとでダリルもかくんだ」
「そう、じゃあ一人で行って来るわ。ダリルはまだ寝てるのかしら?」
「うん、まだねてるよ。だからさきにカラスくんをかくんだ。ダリルはもうすこしねたいんだって」
「ふーん、昨日遅くまで遊んでいるからだわ。自分の病気は自分で治せないのかしら?」「…?ダリルは、てじなしじゃなくて、おいしゃさんなの?」
「…ううん、どちらでもないわ。じゃ、行って来るわね」
(煎じ薬がもっと必要のようね)
エリーは籠を抱えて店を出ていった。
「カラスくん、ダリルのしごとはなんなの?」
サムはカラスに問いかける。カラスは困ったように首を傾げた。
エリー達の住む「旅の宿」は、中心部からだいぶ離れた郊外にある。国の境に近い下町だ。一方、リリィの家は中心部の城の近くに位置していた。下町とは雰囲気が違い、貴族達が多く住んでいる。リリィも上流階級の家柄だが、エリーとは幼い頃から親しくつき合っていた。貴族のお嬢様達は、大抵下町の人間とは付き合いたがらないが、リリィ達一家は気さくで親しみやすかった。
「昨日作った煎じ薬よ。ジョージに飲ませてあげて」
リリィの部屋で、エリーは煎じ薬の瓶を取り出した。
「見た目はちょっと気味が悪いかもしれないけど、効き目は最高よ。これを飲めばジョージも元気になるわ」
「ありがとう。渡しておくわ」
リリィは微笑むと、瓶を受け取った。
「お城の仕事は大変みたいね。でも、ジョージならきっと上手くやっていけるわ。そのうち王様にも気に入ってもらえるんじゃないかしら」
「そうだと良いけど…。今はリシリー大臣に仕えているらしいわ。長年国王に寵愛されている、とても有能な方らしいの」
「そうなの?素敵じゃない!リリィもサンダーソン婦人としてお城に招待される日もくるかもね」
「…うん…」
リリィの表情が曇る。
「?嬉しくないの」
「リシリー様は優秀な方だけど、時々人を寄せつけないような厳しい表情をされるらしいわ。ジョージはいつも緊張して内心ビクビクしているのよ」
「ふーん、…もう少し心を鍛える必要があるのね」
エリーはダリルの言葉を思い出す。
「え?…」
「ジョージは優しい人だから色々気を遣っちゃうのね。でも、大丈夫よ。この煎じ薬とリリィの愛があれば」
「そうだと良いけど。そう言えばこの間の「彼」の話を聞かせてよ」
「彼?…」
「ほら、黒いマントに黒い帽子で黒いカラスを連れたハンサムな」
「リリィ、誤解しないでね。彼はただの宿屋のお客だから」
エリーは口をとがらせる。
「ジョージにまで話したでしょ」
「でも、あなた達とても楽しそうだったから」
リリィは微笑む。
「彼は何をしている人なの?どこから来たの?」
「知らないわ…」
事実、魔法使いであること以外、エリーはダリルのことをよく知らなかった。
「神秘的な方だったわ。今度みんなでパーティを開きましょうよ。色々お話も聞きたいわ。どんなお仕事をされてるのかしら?」
「ただの魔!…魔術師よ…」
「魔術師なの!?…ああ、それであんな格好をしてるのね。だったらぜひともパーティに招待したいわ。どんな手品を見せてくれるかしら?楽しそうね」
「……」
(やめてー!!本物の魔法使いに人前で手品なんかさせないでよ!)
一人浮かれているリリィを横目に、エリーは心の中で叫んでいた。
読んで下さってありがとうございます!
人物の情景描写を初めにしてなかったので、想像しにくいですよね。(^^;)イメージは読者の方々にお任せします。徐々に書いていきたいと思います。