第十四話
白い雲の浮かんだ青空を一羽のカラスが高く飛んでいた。カラスは大きく羽ばたきながら、街の中心に位置する壮大な城の方へと向かって行く。そして、城の中心まで来ると、ゆっくりその上空を旋回した。
(予想以上に警備が厳重だな…)
城の正面へ続く堀の対岸から、ダリルはそびえ立つ城を眺めた。堀に架かる橋の向こうは、堅く門が閉ざされていた。門の前には二人の厳つい門番が、微動だにせず見張っている。ダリルは正面を避け、大きな堀の回りを歩いた。高くて頑丈な塀からは、城の中の様子は全く見えない。だが、多分塀の内側には等間隔で兵士が見張っているはずだ。 ダリルはふと立ち止まり、神経を集中させて呪文を唱えた。しばらく目をつぶりじっとたたずむ。
(…ダメか。何も見えてこない)
城の内部の様子を探ろうとしたが、頭の中には何の情景も浮かんでこなかった。ダリルは、フーと息を吐く。
「認めたくはないが、まだまだ修行が足りないようだな…」
ダリルは空を見上げ、ピューッと指笛を鳴らした。城の上を旋回していたカラスが、ゆっくりとダリルの元に舞い降りて来る。そして、カァと小さく鳴くとダリルの肩にとまった。
「カラス君、後でじっくり城の様子を教えておくれ。どうもここでは魔法に集中出来ない。魔法の力を抑えられているようだ」
カラスはダリルを見て、二、三度頷いた。
「本当にこの国には魔法使いはいないのか?…何か大きな力を感じるんだが…」
その日の夜遅く、エリーは厨房のかまどで薬草を煮込んでいた。店は閉店し、叔母夫婦も部屋に引き上げていた。ぐつぐつ煮える鍋をゆっくりとかき混ぜる。
(見た目は気持ち悪いけど、効き目は最高よ。でも、酷い匂いね…)
エリーは思わずせき込んだ。緑色のドロドロした液体が、きつい匂いを放っている。
と、厨房の中にヒューッと風が吹き込んできた。
(おかしいわね。ドアも窓も閉めたはずなのに)
エリーが後ろを振り向くと、そこにカラスを連れたダリルが立っていた。
「ビックリした…どうやって入って来たの?」
「僕が魔法使いだということをお忘れかい?」
ダリルはフッと笑う。
「泥棒の真似はしないでね」
エリーはまた薬草作りに戻る。
「それにしてもすごい匂いだな」
「良薬は口に苦いの。あなたの魔法よりずっとよく効くから、これを飲めば一晩で元気になるわ」
「ふーん、今日はやけに疲れたから試してみたい気分だな…」
ダリルはぐつぐつと煮えたぎる鍋を覗き込む。
「ダメよ、これはジョージの薬だから。だいたい、こんな遅くまで何してたのよ」
「まあ、色々とね…やっぱりやめておこう。僕にはとても飲む勇気はないね。カラス君はどうだい?」
カラスはクビを傾げる。
「それにしても、鍋をかき混ぜる君の姿は魔女のようだね」
ダリルは大きくあくびをする。
「お休み、未来の魔女さん」
「それは誉め言葉なの?…」
エリーが後ろを見た時には、もうダリルの姿はなく、奥の階段を上がる音がした。
(本当にお疲れのようだわ…私も早く作りあげなきゃ )
エリーは鍋を一混ぜした。