第十話
ベッド脇のテーブルの上に、「魔法の本」はあった。
ダリルの客室の掃除に来たエリーだが、どうしてもその本に気を取られてしまう。
(私には関係のない本だわ…昨日返したばかりじゃない)
言い聞かせてベッドの下を箒で掃こうとした時、窓から風が吹いてきて、パラパラッと本のページをめくった。自然と本に目がいく。古代文字のような呪文の言葉が太字で書かれ、その説明と小さな挿し絵が見える。
旅の商人達から、魔法使いの噂はよく聞いていた。両親にはきつく禁止されていたが、内緒で魔法の話を聞かせて貰っていた。小さい頃、箒にまたがって空を飛ぶ真似もしたことがある。
『なぜ魔法使いは来ちゃいけないの?なぜ魔法を使っちゃいけないの?』
そんな質問をしては、両親を困らせていた。
「魔法か…私にも空が飛べるのかしら?…」
ふとエリーにイタズラ心がわき、ドレスの裾をめくって掃除用の箒にまたがってみた。
(空が飛べたらいいな…)
フフッと笑った時、いきなり部屋のドアが開いた。そこにはダリルとサムが立っいる。
「あっ、あの…」
エリーは足に箒を挟んだまま固まってしまう。ダリルはフッと笑った。
「もしかして空を飛ぶつもり?」
「ち、違うわよ!」
「何なら僕が力を貸そうか?」
「やめて!」
指を動かそうとするダリルを見て、エリーは慌てて箒を引き抜いた。箒を振り上げたひょうしに、箒がテーブルの上のガラスコップにあたり、コップが床に落ちてくだけた。割れて粉々になったコップを見て、気が動転しているエリーは素手で破片を拾おうとかがんだ。
「あいたっ…」
指が切れて血がにじむ。それを見てサムが駆け寄ってきた。
「エリー!だいじょうぶ?」
心配そうに顔を覗き込む。
「平気よ。ちょっと切っただけだから」
エリーはサムに笑顔を見せた。と、ダリルがつかつかと歩み寄ってきた。
「どれ、見せてごらん?」
「大丈夫よ!」
ダリルは強引にエリーの右手を取った。人差し指から血が流れている。
「結構傷口が深いな…」
エリーとサムが見守る中、ダリルは片手をエリーの指にかざし低く何か呟きながら、円を描くように手を動かした。と、みるみる傷口はふさがっていき、指の血は引いてい行った。
「……」
エリーとサムは驚いてその様子を見つめた。
「ダリルはてじなしみたいだね!?どんなトリック??」
サムは感心してダリルを見る。
「僕は手品師じゃないからね。トリックは、なしだ」
そう言うと、軽く握ったエリーの手を引きよせ、そっとキスした。
「ひゃっ!何すんのよ!」
エリーはドキッとして手を引っ込めた。
「君の手があまりに荒れてたもんで、きれいにするおまじないをしたのさ。左手もやっておこうか?」
「……」
エリーは自分の手を見つめ、おずおずと左手を差し出した。ダリルはニッと笑うと左手の甲にも軽くキスした。
「効果は明日でるよ」
エリーは不思議そうに両手を見ながら立ち上がった。
「ダリル、ぼくにもやって!」
サムは無邪気に両手を差し出す。
(このおまじないは女性限定なんだよ)
ダリルはサムの心に伝えた。