第一話
日の沈みかけた街道を一人の若者が歩いていた。風変わりな帽子と黒いマントを身につけ、肩には一羽のカラスがとまっていた。しばらく行くと、道の脇に木の看板が立てかけられていた。
「ノースウィンドウ国
ここより魔法使いの侵入を禁ず。
魔法を使った者は、ただちに死刑に処す
国王より」
若者は、ヒューと口笛を吹き、肩のカラスにちらっと目をやった。
「禁じられれば禁じられるほど使いたくなるものは何かな?カラス君」
肩のカラスは首を傾げる。
「それは魔法さ」
若者はニッと笑うと、看板の前で人差し指を軽く振った。すると、たちまち木に書かれた文字は消えていった。
「さあ、カラス君、お腹が空いた。今夜の宿を探すとするか」
カラスを連れた若者は、繁華街へと続く街道を歩き始めた。」
日暮れ近くから、居酒屋は段々賑やかになってくる。エリーが働いている宿屋兼居酒屋も旅の途中の人々でいっぱいになってきた。エリーは十八才。十才の弟サムと叔父の経営する居酒屋「旅の宿」に住んでいる。エリーの両親は五年前の流行りの伝染病で亡くなっていた。エリーは大きな夢を持っていた。居酒屋の仕事は好きになれない。けれど、今はここで働いていくしかなかった。
「お姉ちゃん!注文頼むよ!」
ここには品のない旅の男達が大勢やってくる 。お酒が入ってくると最悪だ。
「はい!少しお待ち下さい」
エリーは顔に引きつった笑顔を浮かべてテーブルに向かった。
「姉ちゃん美人だなぁ。どうだい今夜俺とつき合わないか」
ひげ面の 男がいやらしい笑みを浮かべる。 エリーは軽く咳払いする。
「えーと、ご注文は?」
「俺は姉ちゃんが良いよ」
連れの男がそう言うと男達は声を立てて笑った。エリーの笑顔はますます引きつる。
「ご注文お願いします!」
「おぉ、怖ぇ」
「姉ちゃん、怒った顔も魅力的だぜ」
男どもは大声で笑い合う。
「…また、後で参ります」
エリーは怒りを抑えながらさっさとテーブルを離れた。
(ここに来るお客ってなんでこんなに下品なんだろ。紳士淑女なんて来た試しがないわ) 「旅の宿」は料理と宿代が安いのが売りだから、仕方のないことでもあった。
と、居酒屋のドアが勢いよく開きドアのベルがカランとなった。また、お客だ。
「いらっしゃいませ!」
エリーは反射的にくるりとドアの方を振り向いた。仕事柄、顔は自然と笑顔になる。
開いたドアから一人の若者が入って来た。
「……」
黒い奇妙な帽子、黒いマント、肩には真っ黒なカラスが乗っている。色々な国から、ここノースウィンドに旅人が訪れるが、こんな奇妙な格好をした者は初めてだった。
若者は込み合っている店内をゆっくりと見渡した。
「お嬢さん、席は空いているかい?それと今晩の宿も取りたい」
若者はまっすぐエリーを見つめた。目深にかぶった黒い帽子の奥で、澄んだ緑色の瞳が光る。吸い込まれてしまいそうな美しい緑の目だった。
「え、えぇ…こちらにどうぞ」
一つだけ空いていた席に、エリーは若者を案内した。若者が席に着くと、肩に乗っていたカラスは若者の隣りの椅子に飛び移った。
「あの…ご注文は?」
「う〜ん、そうだな、まずは温かいミルクをいただくとしようか。」
「はい、かしこまりました」
「あ、ちょっと」
そそくさと立ち去ろうとするエリーに若者が声をかけた。
「ミルクは二人分頼むよ。カラス君もミルクが大好物なんだ」
椅子の上のカラスがかぁと不気味に鳴いた。
「……」
エリーはぞっとして奥に駆けていった。
夜も更けていき、居酒屋のお客も帰るか宿の方へ引き上げて行った。エリーは叔母夫婦と店の後かたづけをしていた。毎晩仕事が終わるのは十二時過ぎだ。疲れ切ったエリーは眠い目をこすりながら、テーブルを拭いていった。
と、椅子の上に小さな本が一冊置かれていた。古びた黒い表紙の本。エリーは本を手にとって見た。
「忘れ物かな?」
エリーはパラパラと本をめくった。
「…!!これは…」
はっとして、思わず本を胸に抱く。ここには確かカラスを連れた黒いマントの若者が座っていたはずだ。
「エリー!テーブル拭いたらもう休んでいいよ。洗い物は終わったからね」
厨房から叔母が声をかけた。
「え、ええ、分かった」
エリーは慌てて本をエプロンの中に隠した。