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44.わいわい

 今宵の酒は、いつもよりもおいしい気がする。

 村のまんなかにある広場の端に、だらしなく座り込んでいた雫は、そんなことを考えていた。

 特に、珍しいお酒を飲んでいるわけではない。

 どちらかといえば、庶民向けに安価に作られた酒で、そのわりには味も悪くないからと、どこの酒屋でもみられる代物だ。

 もちろん、高級な酒がないわけではないが、今日に限っては、普段飲み慣れた物の方がおいしく感じられた。

 つまみは、取りに行かなくとも、通りすがりの村人たちが、いろいろと置いていってくれる。

 変わった果物から、手作りのお菓子に煮物や干物、誰が作ったかよくわからない変な味の食べ物まで、様々なものが、雫の前に並んでいた。

 お供えものみたいだと笑ったのは、何故ここにいるのか、うまく村に紛れ込んだ知り合いの魔物である。

 彼は、恋人とともに、姿を偽ってそこにいた。さすがに目の色だけは変えられなかったようだが、薄暗い中では人と変わらないし、年越しの祭で出されている料理が珍しいのか、両手にたくさんの食べ物を抱えているせいで、ちっとも魔物らしくない。

 こんなに楽しいのは久しぶりだと、彼は嬉しそうに言うと、雫の前に手の中の料理をひとつ置いて、広場の中央に戻っていった。

 魔物以外にも、今日の村は、普段の倍以上の人がいる。

 村人の知り合いや、久しぶりに帰ってきた者たち。

 いずれこの村の一員となる人。あるいは、たまたまここに滞在していた旅人や冒険者。

 得体の知れない連中も混じっているが、ここが妙に暖かくて居心地がいいからかもしれない。

 魔女の森と共にあった村人は、よそよりも魔女や魔法使い、魔物に対して寛容なのだ。

 よほどひどい悪さをしなければ、追い出したりはしない。

「それにしても、派手だねえ」

 普段は静かで地味な村が、今は色とりどりの光と色彩にあふれている。

 男たちが大騒ぎしながら付けた、きらきらした飾りや、木で出来た動物や人形。木々や家の間に渡した綱には、造花も飾られていた。

 それだけでも随分と華やかなのに、さきほどから、あちこちに置かれた仕掛け蝋燭を、子供たちが灯していまわっている。

 いつもよりもたくさんの蝋燭が、様々な光や色を出しながら、村中を照らして行く様は美しかった。

 時折、子供たちが雫のもとにやってきては、蝋燭のお礼を言っていくから、気合いを入れて作った雫も嬉しい。

 子供たちも、今日ばかりは夜更かしをしていても怒られないから、大はしゃぎだ。

 遅くにお菓子を食べても文句を言われないのは今日だけで、雫のところにくるたびに、前に置かれたお菓子を口にしている。

 子供が元気な村はいい。

 自然に緩んでくる口元を引き締めることもせず、雫は子供たちを見ていた。

 だが、途中でその子供たちに奈津と桐が混じっているのに気づく。

 本来ならば、大人はやらないことのはずなのに、あちこちで子供と共に蝋燭に火を付けているのは何故だろう。

「何やっているんだか」

 奈津は、昔からこういうことが好きだからわかるとして、桐はどういうつもりなのだろう。

 自分が作った蝋燭に火が灯るのが嬉しいのか、単に子供っぽいところがあるだけなのか。

 あるいはどちらも違うのかもしれない。こういう行事には参加したことがないと言っていたから、子供の時出来なかったことを、今やっているだけという可能性もある。

 雫の視線に気がついて目があったとたん、照れくさそうに俯いたから、案外雫の考えはあたっているのかもしれない。

 どちらにしても、祭は楽しむものだ。

 蝋燭に火を灯すのを大人がやってはいけないということはないし、桐がそれでいいのなら、雫が文句をいう筋合いはない。

 しばらく、そうやって蝋燭を灯してまわる、桐や子供たちを眺めていたが、やがてそれにもあきて、雫は視線を広場の中央に移した。

 そこには、明るく輝くかがり火がたかれ、ぐるりと人影が囲んでいる。

 年配の者たちが楽器を奏で、それに合わせるように、村人たちが踊っているのだ。

 貴族たちが踊るような優雅な踊りではない。

 あれはあれで美しいが、それとは違う、もっと単純で自由だ。基本の形はあるが、それに囚われる必要はない。

 輪を乱さなければ、どんなふうに踊っても自由なのだ。

 男も女も年齢も、関係ない。

 ただくるくると、楽しそうに踊ればいいのだ。

 その輪の中に見慣れた女性と男性を雫は見つけた。

 普段よりも綺麗に着飾った多紀と、いつもとあまり変わらない服装の界。

 ああ見えて、多紀は踊りが得意だ。子供の頃から、こういう祭の時は、率先して踊りの輪に加わっていた。界の方も、思っていたよりもうまく踊っている。

 なかなか似合いじゃないか。

 息を弾ませながら幸せそうに踊る多紀に、ぎごちなく触れる界の姿は、雫だけでなく周りにもほほえましく見えるのだろう。時折酔っ払った村人から冷やかされているようだ。

 あの様子では、二人が夫婦になるのは、それほど遠い日のことではないかもしれない。

 楽しみだねえ。

 そう呟きながら、雫は酒を飲む。

 こうやって、何の憂いもなく、新しい年が迎えられるというのは、どれだけ価値があることなのか。魔女として生きてきた雫は、それを十分に理解している。

 森を守り、村を助けてきたが、魔女である雫が出来ることは、ほんの少し―――わずかなことだけだ。守れる範囲だって、とても狭い。

 それでも、皆が幸せそうな顔をしているのを見れば、ここへ来てよかったと素直に思える。

 この小さな森の魔女であって、よかったと。

 人を傷つけることしか出来なかった昔の自分のままでなかったことに感謝する。

「ああ、本当に、嘘みたいに幸せだよ」

 先代の魔女に拾われた時には、こんな日が来るとは思わなかった。好きな酒が飲めて、魔女らしい仕事をして、たまに多紀たちに怒られる。

 これほど幸せなことがあるだろうか。

 改めて、踊る村人たちを見る。受け入れてくれた彼らも、雫にとっては大切なものだ。

 その中の誰かが自分の名前を呼んでいるのが聞こえた。

 多紀だったかもしれないし、他の村の人間かもしれない。

「踊ろう!」

 そう、手を振って雫に輪の中に加わるように言っている。得意ではないが、踊ることは嫌いではない。

「仕方ないねえ」

 よっこいしょ、と年寄りじみたかけ声とともに体を起こすと、ほろ酔い気分のまま、歩きだす。

 やがて、人の輪の中に雫は飲み込まれ、どこにいるのかわからなくなった。



 いつまでも終わらない輪の中で、ゆっくりと年が明けていく。

 人間も、人でないものも、大人も、子供も、混じり合い、笑い合い、ただ新しい年が幸あるものであることを願う。


 ―――どうか、皆がずっと幸せでありますように―――


 その願いは輝く炎とともに、晴れた夜の空へと昇っていった。

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