42.れんらく
届けられた手紙は、ほんの少し染みがついて、よれよれになっていた。
宛名は多紀と雫。
差出人には、『奈津』の名前。
手紙など送ってきそうにない相手に、多紀は眉をひそめる。
「どうしたんだい、そんなに難しい顔をして」
店の片隅でだらだらとしていた雫に声をかけられ、多紀は手にしていた手紙を見せる。
「さっき届いた手紙、奈津からなんですよね」
何かあったのだろうかと、不安にもなる。
多紀の幼なじみでもある奈津の職業は、冒険者だ。貴族令嬢でもあるのだが、お嬢様らしからぬ性格と行動のため、怪我は絶えず、所在不明になることも多い。
友人のほとんどは、彼女の無鉄砲さを心配しており、こうやって普段しないような事があると、心配になってしまうのだ。
「とりあえず、読んでみますね」
そう言って開いてみると、奈津らしい豪快な文字が薄汚れた紙いっぱいに広がっていた。
『久しぶり-、多紀。元気でやっている? 雫さんも相変わらずですか?』
いきなりの砕けた調子に、思わず笑ってしまう。
奈津らしいといえばそうだが、手紙の書き方などは、家庭教師に厳しく教えられていたはずなのに、形式など一切無視されている。
ただ、その文面から、あまり悪い報告ではないのだろうと、安心した。
『私は、今、東方にいます。ほら、前に会ったとき、ちょっと行ってみようかって言っていたでしょ』
そういえば、そんな話をした。
あれからすぐに奈津は村を出て行ってしまったから、詳しくは聞かなかったけれど。
『私が東方へ行ったときは、まだ魔王の脅威があり、魔獣の被害も多かったので、冒険者である私は、そこで主に魔獣退治をしていました。もちろん一人では危ないので、傭兵や他の冒険者と組んでということがほとんどだったかな。後は、移動しなければいけない人たちの護衛とかね。ただ、あまりにも被害が酷くて、大きな街から外れた場所では、村事全滅なんてこともあって、辛かったです』
わずかに迷いがあるような文字に、奈津がその時のことを心底悲しんでいたのがわかる。
『今は、魔王がいなくなって、少しずつですが、街も復興しています。とはいっても、まだまだやるべきことはたくさんあって、人手も足りないから、しばらくはこちらに滞在しようと思っています』
そこから、東方での近況報告が続いた。
文面からは詳しいことはわからないが、奈津の様子から、確かに東方にも活気が戻っているのだとわかる。
『あ、そうそう。そちらでも話題になったと思うけれど、魔王を倒した勇者っていうのは、私たちと同じ国の出身なんだって。凱旋したときに見たけれど、あんなに小さいのによく魔王が倒せたなってくらい普通の女の子だったよ。やっぱり勇者様っていうくらいだから、特別な力でもあるのかな。
で、その勇者様、お城で王様に報告したあと、いなくなっちゃったんだって。
役目が終わって、自らそっと消えたとか、新たな敵を倒すために旅立ったとか、好きな人を追っかけて飛び出していったとか、いろんな噂が流れているし、街では勇者様の悲恋を歌った歌とか流行っているけど、みんな何が起こったかは知らないんだよね。
お城の公式発表では、勇者は故郷に帰ったってことだけど、そんな力のある存在を簡単に手放すのかなって。本当に生きているのかとか、悪い噂もあったりするよ』
平和になれば、強い力を持つ存在が利用されたり、己の力を過信しすぎて落ちぶれていくなと、よくある話だ。
ましてや、勇者は少女だという。
国にとどめ、有力者と婚姻、あるいは名のある貴族などの養子にし、他国に渡さないようにするということを、上層部の人間が考えないとは思えない。
勇者が取り込めないほど賢いならば、逃げたという可能性もありそうだが、そうすると、今度は他国から狙われたり、排除されたりするだろう。
どちらにしても、一度『勇者』になってしまえば、一生それから逃げることは出来ないのだ。
『でも、勇者と一緒に魔王を倒しに行った人達の中に、ちょっと知っている顔があってね。彼女は元盗賊だったって関係で、結構したたかで抜け目ない子なんだけど、その彼女も勇者とともに消えたらしいから、案外無事でどこかにいるんじゃないかって思っている』
冒険者ということもあり、奈津の交友関係は広い。
加えて、誰にでも気さくに話し掛ける人間だ。お人好しな部分もあって、情に流されることもあるが、相手の本質を見極める目も持っている。
そんな彼女がこういう書き方をするということは、元盗賊とやらは国の目をかいくぐって逃げることができる程度に優秀なのだろう。
『ああ、もう書く場所が減ってきちゃった。今、ここでは上質な紙が手に入りにくくて、文字がすぐ滲んじゃうような紙しかなかったんだ。こんな読みにくい手紙でごめんなさい。手紙を届ける配達人も少ないうえに、まだ安全じゃない街道もあるので、きちんと届けばいいんだけれど』
この辺りから、紙の残り部分が少なくなってせいか、急に文字が小さく詰まったものに変わった。
子供の頃、思うままに手紙を書き綴り、結局、紙が足りなくなっていたことを思い出してしまう。
家庭教師に、きちんと下書きをしなさいと言われても、結局いらないことを付け足して同じことを繰り返してしまっていたはずだ。紙が入手しにくい状況では、下書きなど出来るはずもないから、こうなってしまうのも当たり前のことかもしれない。
『大事な用件を忘れていました。
それを伝えるために手紙を書いたのにね。
そちらでやらないといけないこともあるし、両親や友達にも顔を見せないといけないくらい家を空けているので、年が明ける前には必ず帰るよ。ひょっとすると、手紙よりも私が先になるかもしれないけれど』
そう締めくくられた手紙を、雫に渡した。
ざっと読んで、おかしそうに笑ったのは、奈津の手紙があまりにも形式を無視したもので、尚且つ奈津らしかったからだろう。
やれやれ、というふうに肩を竦めた時、店の扉が開き、鈴が鳴った。
同時に顔をあげた多紀と雫の目に、見慣れた女性の姿がうつる。
「ただいまー! 手紙はもう届いている?」
いきなり飛び込んできて、そう叫んだ奈津に呆れながら、多紀は「おかえりなさい」を口にした―――無事だったことにほっとしながら。