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41.るりいろの

 室内には、それなりの人数がいるというのに、誰も言葉を発しない。

 熱気だけがあたりに充満し、どこか息苦しいと思っていても、やはり誰も動こうとはしなかった。

「……綺麗」

 やがて、その中の誰かが、ぽつりとそう呟いた。

 それがきっかけだったかのように、急に室内にざわめきが戻ってくる。

「本当に、これって天然石じゃないの?」

 そう尋ねたのは、村長夫人だった。

 さきほどから何度も興味深げに卓上に並べられた色とりどりの石に触れている。

「あらまあ、奥様。残念ながら、本物ではないのですよ。職人が作り出した、正真正銘のまがい物です」

 ふくよかな女性が笑みを絶やさないまま、そう告げた。

「あなたが言うのだから、間違いないとは思うのだけどねえ。これほどそっくりだと、私の目がどうかなったのかと思うわ」

 ため息とともに、村長夫人がいうと、周りの皆も大きく頷いた。

 この人工石を持ち込んだ女性―――50歳半ばの彼女は、街に店を持つ宝石商だ。

 扱うものは高価なものから、庶民が手に出きる手頃なものまで様々で、こうやって時折街から離れた村などに、行商にやってくる。

 村などに持ってくるのは、それほど高くはない物とはいえ、宝石ともなると、やはりそれなりの値段だ。

 この村に住む人間のほとんどは見るだけという状態で、購入するのは村長夫人くらいだが、それでも宝石見たさに集まる女性は多い。

 今日も宝石商がやってくると聞いて、若い娘を中心に村長の家に集まっているのだ。

「これなら頑張れば買える値段よね」

 うっとりとした声で、それを見ているうちの一人が口にした。

 卓上に並べられた石はどれも人工石だというが、色も形も綺麗だ。

 加工して指輪や首飾りにしてあるものも、本物に比べれば随分安い。

「そうでしょう。これなら見栄えもするし、華やかに着飾れると思いますよ。もうすぐ祭もあるし、お嬢さん方にも、着飾って見せたい相手がおありでしょう? もちろん、恋人や旦那様に買ってもらうのもいいと思いますけど」

 にっこりと満面の笑みで宝石商は皆を見回す。多くの女性は互いに顔を見るだけで遠巻きに見ているだけだったが、未婚の若い娘は積極的だ。

 宝石商がそう勧めたとたん、わらわらと卓上に近づき、思い思いの石を手にし始めた。

 そんな中、流れに飲まれるようにその輪の中に入った多紀である。

 元々着飾ることが嫌いなわけではない。

 街で働いていた頃は少ない給料の中から工面して装飾品を買ったり、綺麗な布を手に入れて、自分でよそ行きの服を仕立てたりしていた。こちらに戻ってきてからは、その数は減ったが、それでも用事があって街に出たときなど、金銭的な余裕があれば小物屋や装飾品の店を覗いている。

 とはいっても、やはり本物の宝石など手に入れられるはずもなく、買うのは大抵質のよくない石か、作り物ばかりだった。

 そんな状態だから、宝石商が持ってきた人工石は魅力的だ。実際に、どれも色が美しいし、人工だからなのか、形も整っている。

 赤い色は冒険者の友人に似合いそうだし、緑の石は雫を思い出させる。それにこの瑠璃色は―――。

「どうしたの、多紀」

 柚那に袖を引っ張られ、多紀は顔を上げた。

 好奇心いっぱいの眼差しに苦笑しながらも、卓上の石をひとつ、手にした。

「綺麗な瑠璃色だなあって思って」

 あの人に似合いそう。

 そう思ったら、気になってしまったのだ。

「まあまあ、お嬢さんもお目が高い。それはとびきり出来のいい人工石ですわ。大きさも手頃で、首飾りでも腕輪でも、お好きなものに加工しやすいし」

 そこまでいって、宝石商は、ぽんと両手を打ち鳴らした。

「そうそう、これくらいでしたら、殿方への贈り物にもぴったりですわ。ほら、最近では男の方でも礼服の胸元に飾りを付けたりしますし、外衣を留める装身具などもお勧めですよ」

「べ、別に誰かにあげる予定は……」

 ないですよと否定したかったのに、あふれんばかりの笑顔に、多紀の顔は引きつったままの状態で固まった。

「加工代はお安くしておきますし、もし希望なら同じ色の石でおそろいの髪飾りか首飾りもお作りしますわよ」

 ずいずいと近づいてくる宝石商に追い詰められるように、じりじりと多紀は後退していく。同時に、柚那の方に助けを求めるように視線を動かしたが、彼女はにやにや笑っているだけだ。

 他の若い女性たちも、石を見るのに夢中だし、それ以外のおばさま達は、こちらをほほえましい目で見るだけで、助け船は出してくれそうにない。

「ええと、あの。でもそうはいっても、やっぱりそれなりのお値段ですし」

「少しくらいならおまけしましてよ」

 宝石商は引き下がらない。

「うちの職人は腕がいいんです。きっと満足のいく出来になりますわ」

「で、でも……」

 壁際まで追い詰められ、どうやら逃げられないと悟る。

 だが、まだどこか迷いがある。

「装飾品が買えないほど、安い給料は渡していなかったはずだけどねえ」

「わあ!」

 間抜けな大声を出した多紀は、すぐ横で唇をつり上げて笑う魔女の姿に今度は別の意味で固まった。

「し、し、雫さん! どうしてここに? 今日はお休みのはずでは?」

 今日は休みにしようと言い出したのは雫の方だ。

 店を閉めることは滅多にないのだが、多紀も日用品の買い出しや、村へ出向いていくつか片付けたいことがあったので、それに同意したのだ。

「面白い行商人が来るって聞いていたからね。好奇心を満たすために来たんだよ」

 見れば、村長夫人がにこにこと笑っている。多紀は今日村へ来て柚那に誘われてから宝石商のことを知ったのだが、雫は違ったらしい。

「夫人から聞いていたんですね。だから急に休みにしようと」

 そういえば、店を出る時、今日はいいことあるんじゃないかと意味ありげなことを言っていたが、このことだったのか。どうも怪しいと思っていたが、最初から教えてくれたのなら、もっといろいろ準備してきたのにと、恨みがましい目で多紀は雫を睨む。

「だって、何か贈り物をしたいなって言っていたじゃないか……誰かさんに」

 確かに言った記憶がある。

 ただあれは半分独り言だった。

 もうすぐ新しい年がやってくる。

 魔王が倒されたこともあって、年越しの祭は盛大に行われることになった。どうやら休みが取れそうだと言っていた多紀の恋人も、祭にくることになっている。

 この国では、この時、恋人や思い人に贈り物をするという風習があり、皆年の終わりが近づくとどこかそわそわとしてくるのだ。

 年頃からは少し外れたが、多紀も女性。

 やはり皆と同じように、恋人に何を贈ろうかとどこか落ち着きがなくなっていた。

「まだ、何にするか決めていないんだろう?」

 たたみかけるように雫に言われ言葉に詰まる。

 辺りを見回すと、ふふふと笑う宝石商と目があった。

 何かを期待する目でこちらを見ているおばさま達も視界に入る。

 いつのまにか、柚那を含む幼なじみたちが好奇心にあふれた眼差しを向けている。

 村長夫人など、何故かもううっとりとこちらを見ていた。

「どうなさいます?」

 宝石商の言葉に、もう一度辺りを見回し、多紀は冷や汗をかいた。

 どうして、こんなふうに皆期待に満ちた顔なのだろう。

 いや、本当はわかっている。

 最近魔女の店に頻繁に現れる男のことが知りたいのだ。適当にごまかし続けた結果が、これなのだ。柚那など事情を知っている一部以外には、常連客だと説明してはずだが、誰も納得していなかったのだろう。

「いいじゃない、多紀。私も買うわよ。恋人にあげるから」

 幼なじみの一人がそう告げて、手にしていた淡い緑色の人工石を見せる。

「私は旦那にねだるつもり」

 柚那はにんまりと笑いながら、桃色の石を手に取る。

 その言葉に、多紀は自分の手の中の瑠璃色の石を見つめる。安くはないが、高くもない。色も綺麗だ。あの人にとても似合いそうだと思ったのは嘘ではない。

 ここで買うのを諦めれば、きっと誰かが手にしてしまうだろうことはわかっている。

 覚悟を決めるように息を吐くと、多紀は宝石商に視線を向けた。

「……買います」

「あらまあ、ありがとうございます。どのように加工されますか」

 多紀はそっと宝石商に近づき、小さな声で希望を伝えた。皆は耳を澄ましていたが、宝石商以外には聞こえなかったようだ。

「承知いたしましたわ」

 そう言い、多紀から瑠璃色の石を恭しく受け取ると、宝石商は周りの女性たちを見た。

「さあさあ、皆様はどうされます? 他の方も、今回の加工代はお安くいたしますわよ。もちろん加工済みの物も交渉次第でまけましょう」

 その声とともに、女性たちは再び卓上に並べられた石に群がった。

 なんだかいいように乗せられたような気がする多紀だったが、嫌だったわけではない。

 ただ、恥ずかしかったのだ。少女の頃は平気でしていた恋の話も、今は口にするのが照れくさい。からかわれると、もっといたたまれなくなってしまう。

 それがわかっているから、皆、生暖かいような眼差しを向けたのかもしれないが。

「さてと、私も何か買ってみるか。たまには女らしいのもいいかもしれない」

 何故かとても楽しそうに言う雫の背中を見送りながら、多紀は恋人の顔を思い浮かべる。

 喜んでくれればいいなと考えながら。



 その美しい瑠璃色の石で作られたのが何だったのか、それだけは多紀は誰にも教えなかった。

 もちろん、年が明けてしまえば、皆にはばれてしまうのだろうけれど、今は自分だけの秘密にしておきたいと思っている。

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