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34.めをみてはなす

『面倒なことになったね』

 そう呟いて、雫は大げさに肩を竦めてみせた。

『仕方ないよ』

 そう言ったのは、妙に疲れた顔をした魔法使いの桐だ。

『なんだか、怖いですね』

 そうため息をついたのは、皆が憂鬱になるような内容を報告した多紀である。

『で、結局どうする?』

 皆の様子を伺いながら、尋ねたのは、この中で唯一表情の変わらなかった界だった。



「おかしな術が組み込んであるとは思っていたんだよ」

 長い沈黙の後、まるでつい先ほど思い出したとでも言うふうに、雫が手のひらの上で鉱石を転がしながら、そんなことを言った。

 その場にいる全員が、雫を見る。

「依頼を受けてから、そこの魔法使いと、いろいろ調べていたのは知っているだろう?」

 前置きをして、雫は話を続ける。

 雫が鉱石を詳しく調べていくと、わかりにくい深い部分に魔法の術式が組み込まれているのを見つけた。そのほとんどが鉱石を偽造するために必要なものだったが、それとは関係ないまったく意味をなさない奇妙な術が刻まれているのに気がついたのだ。だが、さらに詳しく探ろうとすると術は壊れ、それと同時に、鉱石はただの石へと変わり、刻まれていた術はどこにも見当たらなくなってしまったのである。

「だから、早い話がこれ以上はお手上げってことなんだけどね」

 おおげさに肩を竦めてみせてから、雫はひょいと鉱石を界に向かって放り投げた。

 突然の行動にも動じることなく鉱石を受け止めた界は、それをじっと見つめる。

 もちろん、魔力のない彼には、どこにでもあるただの石にしか見えず、何度確かめても何もわからない。

 すぐに諦めたように視線を鉱石から雫へと戻してしまった。

「さすがは、魔女殿と言うべきなのだろうか。そんな術式をよく見つけたな」

 界は、感心したように呟く。

 今まで術に関しては専門家である者がいくら調べてもわからなかったのだから。

「術、と言ったけどね。どちらかといえば魔物が使う魔法に似ているんだ。彼らは、魔女や魔法使いとは違う魔力の使い方をするからね。それをよく見る機会があったから、偶然気がついたってだけさ」

 魔女の力は魔物に近い。

 それに加えて、最近雫は、魔物の力が宿った物を加工したり分析する機会があった。

「ただ、魔物が関わっているとなると、こちらとしては、分が悪いね。証拠も全部消えちまったから、はっきりしたことはわからないし」

「魔女の言うことも一理あるなあ。もし、この一連の事が魔物絡みで、本気でやり合おうって気なら、それなりの戦闘力をもっていないとこちらが勝利するのは無理だ」

 同意するように言った桐の顔は、強ばっている。

 今のところ、この鉱石によって、人が害されたわけではない。

 鉱石がこの国で出回ることもなくなっている。

 だが、相手の目的もわからないこの状況で、このまま全てが収束するとは言えないのだ。魔物が原因だとすれば、ますます何が起こるかわからない。本来、魔物とはは気まぐれな存在なのだ。

 やはり、全てにおいて、情報が少なすぎる。

「で、この状態を踏まえて、私と多紀はどうすればいい? このことに関わるべきか、それとも、情報を提供しただけって立場を貫いて、手を引くか」

 所詮、多紀も雫も素人だ。

 政治的なことも、国同士の駆け引きとも、無縁な生活をしている。

 一般人として協力はできるが、それ以上のことは出来ないだろう。強引に関われば、足を引っ張るか、話をややこしくさせるかのどちらかだ。

 それでも、二人とも関わりすぎたし、知りすぎたという実感はある。

「私は、あんたたちの意見に合わせるよ。これ以上首を突っ込んでほしくないなら、そうする。協力して欲しいというのなら、付き合うつもりだ」

 雫は、普段は滅多に見せない真剣な眼差しを、界に向けている。

 それは、いつもの飄々とした彼女らしからぬ、冷たい印象を周りに与えていた。

 偽りもごまかしも許さない―――そんな気迫さえ感じさせる雫に、界もまた、まっすぐにその目を見返す。

「……勇者が現れたという噂が最近流れている」

「勇者?」

 突然の言葉に問い返した雫も、目を丸くした多紀も、初耳だった。桐は表情を変えなかったから、知っていたのだろう。

「魔王が現れたんじゃないかって話なら、知っているけれど、それは初めて聞くね」

 随分前から、皆がささやいていた魔王復活の噂は、このところ、さらによく聞かれるようになった。頻繁におこる魔獣による襲撃は、ただの偶然にしては、被害が大きすぎる。軍や冒険者、腕に覚えのある傭兵でさえ倒せない魔獣が増えたのも、その噂に拍車をかけているのだ。

「確かに魔王が現れた時、それを倒す勇者が現れるって言い伝えはあるけれど、かなり不確かなものだったと思うね」

 よくよく過去の資料を読んでみれば、『勇者』という存在そのものが胡散臭い。適当にでっちあげられたものとまでは言い切れないが、少なくとも『勇者』一人で魔王を倒したというのは信憑性にかける。確かに『勇者』は人よりも抜きんでた力を持っていたとされるが、必ずその討伐には、複数の仲間がいたし、中には志半ばで倒れた『勇者』もいたという。

 もっとも、その場合は曖昧にぼかされたり、偽物とされたりしていたようだが。

 ただ、次代によっては異質ともいえるかなりの力を持った勇者もいたようだから、全てが偽りやでっち上げだというわけではない。

「噂が出ているのは、この国ではない。東方だ。真偽のほどはわからないが、実際に勇者が国王と謁見し、認められたということだ」

「東方、ねえ。確かに、魔王復活の噂は、あそこから出ているようだけどね」

 他国とも交易があるが、高く険しい山に周りを囲まれているため、行き来が難しい土地だ。

 冬は厳しく、雪も多く、山を越えるのも苦労するという。さらに、山には昔から多くの魔獣が住み、交易に訪れるものたちの悩みの種でもあった。

 そういう理由で、東方のことは、この国の人間は漠然とした印象しかない。

 寒い場所、酒が有名、薄い色彩の人間が多い―――まず思い浮かべるのはその程度のことだ。

「軍の上層部や、国の重鎮などは、もっと詳しい情報を掴んでいるのかもしれないが、我々のところには、その程度のことしか伝えられていない。これを教えてくれた同僚も、実際何がどうなっているのかはわからないと言っていた」

 魔王復活にしても、勇者と名乗る者が現れたという話にしても、あまり国にとってはよいことではない。過去の文献を見てみても、魔王が現れた国での被害は大きいし、勇者が選ばれたとしても、すぐになにもかもがよくなるわけではない。反対に、勇者の存在によって、魔王が人間に対しての攻撃を激化する可能性もあった。

 他国の反応もまちまちだ。

 自国に飛び火しないように国交を絶ったり、あるいは救援という名目で、無理矢理軍を派遣したりということもある。魔王は滅ぼされても、国力が衰えた隙を狙った他国に侵略される場合もあるのだ。過去、復興する前に他国に攻められ気がつけば属国になったという話も伝えられていた。

「まあ、上の人間だって馬鹿じゃない。使者を遣ったり、密偵を放ったり、必要なことをしていないわけもないだろうからね」

 雫は肩を竦めてみせた。

 ここにいるのは、一般人と世間から外れた魔女。それから、それほど地位の高くない軍人とまだ若い軍属の魔法使い。そんな彼らのところに、国の根本を覆すような事柄を知る機会も可能性もあるはずがない。

「勇者が現れたのならば、いろいろと状況は変わってくると思う。本当のことならば、隠し通すことは出来ないだろうし、魔獣退治に協力してほしいという東方からの要請は取り消されていないから、すでに他国やこの国から東方へと、多くの人間が入り込んでいる」

 そうすれば、些細な異変はそれらの人間から漏れてしまうだろう。最近になって、様々な噂が増えてきたのも、そのあたりのことが関係しているのかもしれない。

 もし、魔王復活が事実なら、問題はその国だけのことではないのだ。

「で、いきなり勇者のことを言い出したってことは、あんたは、この鉱石騒ぎと魔王復活騒ぎが繋がっていると考えているのかい?」

「可能性は高いと思っている」

 具体的に何がという理由があるわけではない。

 それでも、界の胸の奥につかえたような気持ち悪さがあるのは事実だ。魔獣と対峙したときに感じた得体の知れなさに近いとも思っている。

 界の想像を超える力を持った魔獣。

 見た目は、よくいる魔獣と変わらなかったのに、何もかもが桁違いだった。

 あれと似たようなモノが頻繁に現れ、被害はなくならない。魔王のせいと言い切ってしまうつもりはないが、何かが変だと感じている。

「まあ、魔王も勇者も実際に見てないわけだから、なんとも言えないけどね。ただ、世の中が不穏だってことはわかっている」

 まわりの状況を見れば、子供でもわかる。

 他国からの交易品は減り、冒険者や傭兵たちが深刻な顔をして最近現れる魔獣のことを口にする。大人たちは、子供や年寄りに森や山へ入るなと言う。

 一人で街の外を歩くのが危険だと思われる状態がずっと続いているのだ。

「それで、だ。最初の話に戻るわけだけれども。……私たちはどうしたらいい?」

 雫は相変わらず、界をまっすぐに見ている。

 どこまで関わるべきなのか。

 雫はそれを界に委ねるつもりだ。

「鉱石と妙な魔物との関係については、俺が調べて不審に思ったということで報告しようと思う」

 一瞬だけ多紀の方へ視線を走らせた界に、雫は苦笑する。やはり彼は多紀を関わらせたくないようだ。

 それを聞いた多紀は不服そうではあるが。

「魔女殿についても、あまりこういうことに巻き込みたくないと思っているのだが」

 界は言葉を続けるが、少しばかり口調が重い。

「あー、でも、この人、鉱石を調べるって正式に依頼うけているし、そのあたり軍の方ではある程度把握しているからなー。知らんぷりは出来ないと思う。報告だけは魔女の方からしてもらわないと」

 桐が言うとおり、依頼をしてきたのは、商人の男だ。そこから先に誰かに報告がいくかもしれないし、この目の前の男達からも、話が軍に行くののだろうが、まずは最初の依頼人に伝えるのが筋だろう。

 別にやましいことはしていないし、この件に関しては何も隠す必要がない。

「まあ、いろいろ思うところもあるからね。わかったことは全て隠さず言うよ。追加で鉱石をさらに調べろっていうなら、それもかまわない」

 面倒だけどね、と笑い、雫は多紀に視線を向けた。

「ということになりそうだけれど、不服かい、多紀」

 話を振られた多紀は、複雑そうな顔をしている。この場で、戦力にならないのは自分だけだと十分わかっているのだ。そのことをもどかしく思っていることも。

「起こっていることを知っているのに、何もせず、ただ見ているだけというのは辛いです。私だけ、何もしないなんて」

 雫も多紀の思いがわからないわけではない。

 もどかしいのは、雫も同じだ。

 せっかく掴んだ手掛かりを、逃してしまった。

「多紀。戦うばかりが正しいんじゃないよ。私たちには私たちで出来ることがあるはずだろう? たとえば、あんたはそこの放っておけば突っ走りそうな男の拠り所になれる。男だけじゃない、ここへ来る全ての人の」

 そして、雫自身の拠り所も多紀のような、ごく普通の人達だ。

 魔女の自分を受け入れてくれた村人。

 親しくしてくれる友人とも呼べる存在。

 彼らがいてくれたからこそ、今の雫がある。ここへたどり着いたのは偶然で、拾ってくれた魔女の存在も大きかったが、周りが受け入れなければ、ここを出て行っただろう。

 元々、何かに執着するような自分ではなかったのだから。

 そんな彼女が、気がつけばここに住み着き、当たり前のように生きている。

 だから、この場所を守るための戦う力もない雫も、多紀と同じように内心では悔しい思いをしているのだ。その態度と表情では、そんなふうには見えないが。

「私もそうだ。鉱石を調べたり、薬草を作ったりすることは出来るけれど、戦うことは出来ない」

 本来の雫の魔力にしても、攻撃的なものではない。

「でも、それに意味がないわけじゃない」

「そうでしょうか」

「人はね、守りたいもの、譲れないものがある時、図太いくらいに強くなるんだよ」

 今まで、そんな人間をたくさん見てきた。遠い昔には、それがひどくばかばかしいことのように思えたが、今は違う。

 雫には確かに大事なものがあり、それを捨て去ることはできそうにない。

「そうでなければ、そこの男だって、戻ってきたりしなかった」

 雫に言われて、見上げた界は、いつのまにかその視線を多紀へと移していた。

「……私がいたから戻ってきたと、うぬぼれてもいいんでしょうか」

 自分を見る界の目は、どこか熱を帯びている。

 たぶん、多紀自身も。

 側には、雫や桐がいて、二人きりではないというのに、すぐにその答えを聞きたいと思ってしまう。

「ああ」

 短い答えに、それ以上の続きはなかった。

 それでも、十分に思いは伝わったと思う。

「ああいう状況ではさ、皆戻ってきたいと願うから、最後までみっともなくあがくんだ。僕だってそうだよ」

 死にたくないから、魔法を習った。

 不器用な保護者が悲しむのが嫌だから、強くなろうとした。

 桐にとって大切なものは少ないが、それでもこの魔法の力で大事なものが守れるなら、魔力があってよかったと思っている。

「この国を守るために、僕たちはいる。魔女は、僕たちに有益な情報や薬などで、結果的に僕たちを助けてくれる。でも―――」

「守るものがなければ、どれも意味がない」

 桐の言葉を引き取って、界はそう告げた。

「……それならば、守ってください。この国や、村――ここにある小さな森を。それで、界さんが強くあれるというのならば」

 多紀にできることは、そう願うことだけだ。

 それはひどくもどかしいことだけれど。

 もし魔王が本当に復活したのだとすれば、いずれは軍人もその被害を最小限に止めるために、駆り出されるだろう。軍人でないものも、戦えるものは武器を手にすることになるかもしれない。

 ならば、戦えない自分にできることは限られてくる。

「もし、戦うことになったら、何があっても、最後まであがいてください。あがいて、ここへ戻ってきてください。私は、待っていますから」

「ああ」

 必ず帰ってきてほしいとは言わない。それが果たされない場合だって、たくさんある。それでも、願わずにはいられない。

「多紀も私も、あんたを信じているよ。でなかったら、協力などしない」

 雫は結局最後まで界から目を逸らさなかった。

「……わかっている。多紀を泣かせたくないんだ」

 その言葉と、許しを請うような界の眼差しに、雫は満足そうに口元を歪め笑った。



 東方の王が、正式に『勇者』の存在を発表したのは、それから数日後のことである。

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