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33.むかしばなし

「なあ」

 どこか埃っぽい部屋の中、暇をもてあましていた青年が、女に声をかける。

 話し掛けられた相手は、青年から見て斜め端の随分離れた場所にいて、熱心に目の前にある怪しげな瓶や器具をいじっていた。

「気になっていることがあるんだけど」

 返ってこない返事を気にすることなく、青年は言葉を続ける。

「あんたって、魔女なんだよな」

 その言葉で、相手の動きが止まった。

 振り返り、大丈夫かと言いたげな眼差しを青年に向ける。

「なんだよ、そのあきれたような目は」

 青年はふてくされたようにそう言った。

「ような、ではなくて、あきれているんだよ」

 女――雫は、魔女だと青年に名乗っている。青年も、最初に訪れた時、雫に向かって魔女は得体が知れないと散々言っていた。

 なにをいまさらと思うと同時に、どうして彼がいきなりそんなことを言い出したのか気になってくる。

「桐」

 普段は呼ばない青年の名前を口にして、雫はにやりと笑う。

「気になることは、腹の中に貯めない方がいいんじゃないか」

 言っていることは優しいが、雫の表情は完全に桐の態度を面白がっている。

「別に貯めてなんかいない。それよりも、さっさと作業を続ければ」

 桐は、雫の前にある作業用の机を指さした。そこには、使い込んだ器具と、鉱石が置かれている。

「ちょうど休憩しようと思っていたところだからね。それより、そこで暇そうに人の邪魔をするつもりなら、言いたいことは言ったらいいだろう」

 そもそも、魔女の店にふらりと現れ、帰れといっても何かと理由をつけて居座っているのは桐の方なのだ。

 店番の多紀は今いないし、雫も相手をするつもりがないというのに、思い出したように話し掛けてくる以外は、ぼうっと雫の作業を見ている。

 見られているからといって、仕事が出来ないわけではないが、いい加減鬱陶しい。

「それが嫌なら、邪魔しないで家に戻るか、仕事に行けばいいだろう。それとも、そこで私を監視しているのが仕事かい?」

「それは」

 困り果てたように表情を崩して、桐は俯いた。

 軽そうな外見と、軽薄そうな口調のせいで誤解されるが、桐は案外わかりやすい。

 それが、ある程度顔見知りになった相手限定なのか、誰にでもそうなのかは知らないが、少なくとも、ここへ頻繁に訪れるようになってからの桐は、簡単に思っていることを顔に出すようになった。

「あんたは軍に所属しているし、この鉱石が何か国のことに関わるなら仕方ないとは思うけどね。こっちは、調べたことを隠したりはしないつもりだから、心配しなくてもいい」

「別に、あんたが隠し事するとは思っていない。監視という意味もないわけじゃない。でも半分は、魔女への興味かな」

 興味ねえ、と呟いて、雫は立ち上がった。

 作業台から離れると、桐の向かいにある椅子へと移動し、向かい合うようにして座った。

「で、実際に私に聞きたいことってなんだい?」

「魔女ってさ、それぞれ得意な魔法とかあるんだろ? 生まれ持っている魔法。少なくとも僕の知っている魔女は皆そうだ」

 軍にも魔女は所属しているし、魔法使いである限り、魔女と関わりを持たずにいるとうわけにもいかない。例え互いが相容れない存在だとしても、だ。

「そうだね。先代の店主は大地を潤す魔法が得意だったね」

 彼女の周りにはいつも緑があふれていた。今は多紀が世話をしているが、家の周りに咲く花も野菜も、先代が育てていたものだった。

 懐かしげに目を細める魔女に、桐は真剣な眼差しを向ける。

「あんたは? 魔女は自分から自慢したりはしないっていうけど、あんたが魔法を使うのは見たことがないな」

「見たってちっとも楽しくない、ろくでもない力だよ」

 雫には珍しく、どこか困ったような顔だった。

「少なくとも、この店をやるのには役に立たない」

「それでも、知りたいって言ったら?」

「困った坊やだねえ」

 そう言って、雫は近くの棚に手を伸ばし、そこに置いてある煙草を取った。

「別に、隠しておくことでもないけどね。ああ、あんたも吸うかい?」

 煙草に火を付けながら訪ねると、桐は頷く。同居人が吸わないせいで最近は減っていたが、桐も雫同様煙草好きだ。魔女の薬草などは胡散臭いといって口にしないが、独特の香りと味の特製の煙草は気に入っていて、ここへ来るたびに譲ってもらっている。

 そのせいで、雫は自分が吸うときに桐がいれば、必ず煙草を勧めるようになった。

 そのまま、お互いに、しばらく無言のまま煙草を吸う。

 そこにあるのは重苦しい沈黙で、自分から投げかけた質問にもかかわらず、桐は気まずそうにしている。

 そんな様子を眺め、雫はふっと笑った。

 本当に隠しているわけではないのだ。

 話せば相手が不快になるとわかっているから、言わないだけで、あの頃犯した罪も、無知さ故にしてしまったことも、全部覚えている。

「ひとつ、昔話をしてあげるよ」

 どこか遠くを眺めながら、雫は言った。



「昔のことだけどね、遠い国に、変わった能力を持った魔女がいたそうだよ」

 桐は黙って聞いている。

 それが昔話の名を借りた誰かの物語だとわかっているせいかもしれない。

「その魔女の母親も魔女でね、とある屋敷に仕えていた」

 ほとんどの魔女には主がいる。国そのものであったり、個人であったりと様々ではあるが、魔女は生まれ落ちた瞬間から、何かに仕えている。雫のように主を持たない魔女の方が少ない。

 だから、魔女の娘である赤ん坊も、当然のようにその主に仕えることになった。

 魔女から魔女が生まれる確率は多いが、必ずというわけではない。だからなのか、主は生まれた子供が魔女だったことを喜び、名付け親にさえなったのだという。

 そして、大きくなるにつれ、その魔女の持つ魔法が、変わっているということを主は知った。

「普通の魔女はね、火や水、大地に由来する魔法に秀でているものが多い」

 風を操ったり、大地を潤したり、などは桐もよく聞く。そのせいないなのか、相性の悪い魔法はまったく使えないということもあるらしい。魔法使いと違って、魔女の能力というのは、極端に偏っているのだ。

「でもその魔女は違った。その魔女はね、感情を操ったんだよ」

「感情? そんなこと、ありえるのか?」

 確かに魔法使いの中にも、人の意識に作用する魔法を使うものもいる。だが、人間の感情は複雑だ。どれだけこちらが強い力を持っていても、心底やりたくないことをやらせるのは難しい。

 もしそれでも強制的に魔法を使えば、同じかそれ以上の反動が自分に返ってくることもあった。

「そんなに複雑なことが出来たわけじゃない。たとえば、何かを選ぼうとして迷っている人間にちょっと刺激を与えることで、こちらが望むものを選ばせたりする。あるいは選ばせなかったりね」

「いや、それだけでも、十分すごいと思うけど」

 自分でも気がつかないうちに答えを選択させられるというのは、恐ろしいことだ。たとえそれが小さなことであっても。

「それでも、強い意志を持った相手には、難しいことだよ。こちらの魔力をかなり消耗するし、神経もすり減るものだ。それに、そもそも生死に関わることなんかは、無理」

「逆に言えばさ、その先に死が関わっているかもって知らなければ、魔法はかけられるってことじゃないの?」

 雫からの返事はなかった。

 わずかに上を向いて、煙を吐き出し、その行く先を目で追っているだけだ。

 何を考えているのだろう。

 桐がそう思った時、雫は口を開く。

「でも、人からすれば、いいものじゃないだろう。それに、問題はそこではなく、誰もその魔女に、人の意識を操る危険性を教えなかったことだよ」

 魔女の母親が生きていれば、何かが違ったかもしれない。

 だが、隔離された世界で、主は絶対だった。

 言われるままに魔力を使うことが正しいと信じ、疑うこともなかった。

「それに、その魔女の力は、人から見たらうす気味悪いものだったからね。主以外にその魔女に話しかけるものもいなかった」

 その主さえ、用がある時以外、こなかったけれども、と雫はわらう。

「昔話だよ。馬鹿な魔女が、無知なまま、いろんな人を不幸せにした。結局、それは魔女に返ってきて、魔女は誰からも愛されなかった。――主でさえも、愛してはくれなかった」

 それが幸せだったのか、不幸せなのかさえわからなかった。

 わからなかったからこそ、生きていけたのかもしれないが。

「魔女が自分のしていることがどういうことが知った時には、もう何もかもが遅かったよ。主が死に、用無しになった魔女は屋敷を追い出されてしまった。主の息子は、子供の頃から魔女のことを毛嫌いしていたからね。魔女は、自分の魔法を封じ、居場所を探してどこかへ消えてしまったそうだよ」

 それきり、その国でその魔女を見た者はいないという。

「……その魔女は居場所を見つけて幸せになった?」

「さあねえ。むかしむかしのお話だからね」

 そう言いながらも雫の顔は穏やかだ。

「……幸せかどうかは知らないけど、楽しそうに暮らしているんじゃないの。面倒くさいなんて言いながらさ」

 桐の言葉に、雫は笑った。

 普段見せる皮肉げな笑みではなかったことに、彼は自分の考えが間違っていなかったことを確信する。

 魔女のことは苦手だが、この店の雰囲気は嫌ではない。

居心地がいいのは、魔女だけではなく、もう一人いる存在も大きいのだろう。

 それでも、魔女が時折見せる穏やかな表情は、この店の雰囲気とよく似ている。

 きっと、それは魔女が今不幸せではないからだ。

 ここには、懐かしい家族の匂いがする。界と桐が知らない匂い――けれど、どこかで憧れていたものだ。

あの人が、他の場所ではなくここに通っていたのはそのせいもあるのだろうか。

 自身の養い親のことを思い浮かべながら、今頃何しているのだろうと、ぼんやりと思った。

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